秋・王都③
(王都側の話です)
マルケリアから突然、辺境の民に水の生成魔法を教えることは法的に問題ないかという質問が来たことには驚いたが、彼女らしいと思う自分もいた。
辺境の地でも、彼女が彼女らしく過ごしているのだと思うと、安堵する。結果的に、王家が進めている神殿での治癒魔法の効率化を、北の辺境でも推進することができたのなら、これもマルケリアの功績となるだろう。
ルキウスは、レオニウスからの手紙で、マルケリアが北の辺境に水生成魔法をもたらしてくれたこと、増えた水魔法の使い手を彼女の意見で公衆浴場に配置することで、新たな雇用が生まれたことを知った。
マルケリア本人からの手紙では、彼女はそれを自分の功績と認めることはないので、こうしてレオニウスが本当のところを伝えてくれることは、ルキウスにとってありがたいことだ。
「マルケリア様は、北の辺境をずいぶんと栄えさせているようですな」
「ええ、神殿の治癒魔法の新しい常識といい、彼女の発想の豊かさには、いつも本当に驚かされますな」
「うちの領の農業についても、色々と調べ物をしてくれて、あの時には助けられました」
「アルヴェリア公爵、フルヴィオ侯爵、今日はわざわざ領地から呼び立ててすまない。今、王家はあなたたちの助けを必要としています」
ルキウスは、王宮の奥に位置する私的な応接室で、二人の領主と向き合っていた。どちらも現在は領地に引っ込んでいる、特に小麦の生産量が飛び抜けた、貴族派の大勢力だ。
「私のほうこそ、王家が大変な時に領地に閉じ籠り、長い間王家に不義理を働いておりましたこと、お詫び申し上げます」
「我々が王都から引き上げたことで、余計に議会が商人たちの勢力を強めて……その結果、マルケリア様が王太子妃候補から外されたと聞いて、後悔いたしました。彼女ほど、あなた様のパートナーに相応しい方はいらっしゃらないだろうに」
「そう言ってもらえるとありがたい。王家も、この件は対処が遅れた結果、出し抜かれた形です。今は、ロザリア嬢を推していた勢力も、彼女を持て余している。ここらで、議会派の勢力を少し削りたいというのが王家の本音だ」
二人の領主が言うのに頷いて、ルキウスはそう切り出した。
「国内で出回っている小麦の大半を生産している我々が王都の商会に圧力を掛ければ、議会派の議員を減らせると、王太子殿下はそういうお考えですね?」
「それもある。それと同時に、過去の政策については難しくても、今回の神殿の治癒魔法の効率化については、マルケリア嬢の意見から始まった政策だということを広めている。彼女の価値を知らしめて、彼女こそが王太子妃に相応しいと、改めてそういう流れを作っている途中だ」
「ロザリア様が王太子妃としての資質に疑問があるというのは、さすがに議会派も認めている『事実』ですからな。——彼女も、お可哀想に。あんな、見せ物のような……」
アルヴェリア公爵が、同情するような口調で言う。ルキウスも苦い顔で頷いた。
ロザリアは、議会派が彼女に自信を持たせようとするあまりに張り切って実施した、『学園に入学する歳の貴族令嬢ができて当然の教養とマナー』のおさらいを披露させようという企画で、ありえないほどの失態を大勢の前で見せて、その名誉が著しく毀損された。王妃と王太子であるルキウスは、ロザリアがお茶の席で何度注意しても足を組んだり、肘をついて飲食するのを直せない事実から、その実施を最後まで反対していたが、議会派がゴリ押ししたのだ。
その結果として、ロザリアは王太子妃教育のために王宮に上がるのを、完全に嫌がるようになってしまった。それまでは、教育からは逃げ回りながらも、王宮に来て王妃や王太子とお茶をすることだけは楽しみにしていたようなのだが、今では王宮に着くと頭痛や腹痛や動悸を訴え、そのまま自分の屋敷に帰ってしまうことがほとんどだ。
しかも、それで帰宅後に大人しく休んでいれば格好がつくのに、神殿へ行って治癒魔法を披露することはやめないため、完全に詐病で王太子妃教育をサボっていると、そういった噂が貴族たちの間で回ってしまっている。
神殿側も、ロザリアを正式な聖女として認定する動きを見せ始めてきていた。今のロザリアの聖女という呼び名は、あくまでも民たちが勝手に呼んでいるだけのものだ。しかし、神殿が正式に聖女としての称号を与えるとなると、その立場は単なる治癒魔法に適性がある貴族令嬢ではない、公的なものになる。
神殿が正式に称号を与え、認める聖女と聖人は、王族に次いで敬意を払われる存在となる。その代わりに、神殿の権威として政治からは引き離されるのが慣例だ。つまり、神殿所属の権威となるため、権力を持つ王族や高位貴族との婚姻は認められなくなる。
「このまま、聖女として神殿で祀りあげられることが、彼女にとっても幸せなのかもしれないですな」
「淑女としては失格と貴族たちの間で笑い者になっていても、どんな怪我人を見ても怯まないと、民の間ではますます人気が高まっておいでですからね」
「王家としても、穏便にそうなってくれることを願ってはいるが……。父親であるグラシエル公爵が、なかなか諦めが悪いようでね」
ルキウスが言うと、公爵たちは揃ってため息をついた。グラシエル公爵家は、王都の議会派の代表とも言える大貴族だ。
「マルケリア様だって、自分の娘であることに変わりはないだろうに」
「もし、西の大国ローデリオンに、フェリシアーナ様の遺児であるマルケリア様を不当に扱っているという情報が流れたら、我が国も、グラシエル公爵家も、無事では済まないというのに……嘆かわしい」
西の大国ローデリオン皇国は、この国にとって無視できない相手だ。ヴァレリオン王国は、魔法の呪文の技術では他より先行しているが、ローデリオン皇国は単純に面積が段違いに大きく人口も多いため、国力に差がある。同盟を結んではいるが、隙を見せてはいけないというのが国としての見解だ。
「そこは、今のところうまく情報統制を行なっているところだ。政治的な理由で、保護のために北の辺境へ置いているといった具合に」
ルキウスがそう答えると、二人の領主は安心した様子で頷いた。
「北の辺境と王族の絆は特別ですからな」
「フィニステラ辺境伯からは、私だけでなく他の貴族派の領主たちにも、王都に出てきて議会の議員になれば、辺境の魔物素材を優先的に卸すと、そういった手紙が届いているそうですね」
「魔物素材は貴重ですからね。どの領地も、喉から手が出るほど欲しいものだ」
「レオニウスには、本当に何から何まで協力してもらって、感謝に堪えないよ」
ルキウスは、心の底から感謝の気持ちを込めてそう言った。手紙一枚で、マルケリアの身を引き受けてくれたことといい、本当に彼の忠誠心に助けられている。
「それも、フィニステラ辺境伯と個人的な友誼を結んでいる、王太子殿下ご自身のお力でしょう」
「そのおかげで、来季は王族派と貴族派で、議会派の人数を上回ることができそうだ。そうなれば、ロザリア嬢が神殿を選びさえすれば、その後にマルケリア嬢を正式に呼び戻すことができるようになる」
「そのためにも、我々が協力する必要がある、ということですな。マルケリア様を未来の王妃として、再び王都を王家の権勢で上書きすることが、我々貴族派たちの望みでもあります」
アルヴェリア公爵が言うのに、ルキウスは頷いて見せた。
「くれぐれも、実際に動き始めるまで、議会派には情報を漏らさないように注意して欲しい」
「畏まりましてございます」
「殿下の仰せの通りに」
二人の領主は、恭しく礼をして応接室を出て行った。それぞれ、寄子である貴族家への根回しも頼んでいる。二大穀蔵地帯である二つの領地の領主が王家の味方についたことで、大きく王都の権勢は動くだろう。
ルキウスは、ようやくここまで来た、と手を強く握った。夏から少しずつ根回ししていたことが、ようやく形になってきた。後は、議会のメンバーを選出する冬に、盤上をひっくり返すだけだ。
「もう少しだ……マルカ」
ルキウスは人払いをして誰もいない応接室で、小さくそう呟いた。




