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序章:沈む太陽、凍る数字

 冷たいコンクリートの感触が頬を刺した。散乱した決算報告書が顔に貼りついている。


 ――剣崎徹、四十二歳。

 

 企業再生コンサルタントとして数字に溺れ続けた男の、あっけない最期だった。


 意識が闇に沈む。


◆◆◆◆◆◆


 意識が浮上した瞬間、耳をつんざくサイレンが鳴り響いた。

 反射的に目を開ける。天井の白さが刺すように眩しい。


「……ここは?」


 上体を起こすと、窓の外でドローンが低空を旋回していた。スピーカーから無機質な警告音声が繰り返される。


『警告。第三租借区境界線に接近しています。住民は速やかに退避してください』


 租借区――? そんな言葉、俺の知る日本には存在しなかった。


 胸がざわつく。

 部屋のテレビが自動で点灯し、ニュース映像が流れ始めた。


 画面には、かつて見慣れた横浜の街並み。だが、巨大な鉄柵と監視塔が立ち並び、外国企業のロゴを刻んだ装甲車が道路を封鎖している。


『本日、横浜南区の追加区域が新たに租借地として開放されました。

 住民の移転は強制措置により――』


 アナウンサーの声が震えていた。

 そして、背後では抗議デモの群衆が押し寄せ、警備ドローンが催涙ガスを散布している。


「……嘘だろ」


 俺の知っている日本は、こんな姿じゃなかった。経済大国として胸を張っていた国が、まるで“切り売りされる資産”のように扱われている。


 さらに画面が切り替わる。


『政府は社会保障制度の崩壊を受け、二十年前に導入した“多妻婚法”の運用見直しを――』


 スタジオの空気が重い。キャスターは言葉を選ぶように口を開いた。


『富裕層による女性の囲い込みが深刻化し、若年層の国外流出は過去最悪を更新――』


 その瞬間、背筋が冷えた。この国は、俺が死んだあの時よりも、はるかに深く沈んでいる。


 鏡の前に立つ。映ったのは、十六歳の少年――九条湊。


 だが、その瞳の奥には、四十二歳で人生を終えた男の焦燥と怒りが宿っていた。


「……ここまで壊れてるのか、この国は」


 外では再びサイレンが鳴り、ドローンが住民を誘導するように光を走らせている。


 湊は、ゆっくりと口角を上げた。


「なら――直しがいがある」


 前世で見たどんな破綻企業よりも、この国の“決算書”はひどい。


 だが、だからこそ燃える。この国を、まるごと再生してやる。

 そう強く、静かに誓った。

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