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第三十七話(前編):谷底で魔法石を奪い返して死にかけだった件

森に潜む魔物、命を削る魔法、そして人智を超えた存在――。

この物語は、少年と少女、そして老婆の奇妙な三人組が、想像を絶する危険と対峙しながら、世界の片隅で生き延びようとする物語です。


彼らが歩む道は平穏とは程遠く、谷底の風、熱に満ちた鉄の匂い、夜の森のざわめきまで、すべてが生死の境界線を示しています。

だが、だからこそ――笑い、躊躇し、驚き、そして勇気を振り絞る瞬間に、真の物語が生まれるのです。


読者のあなたも、桃太郎たちと共に、恐怖と驚異、そして少しのユーモアに満ちた旅路を歩むことになるでしょう。

どうか心の準備を――この谷底の咆哮が聞こえたその瞬間から、あなたの冒険が始まります。

森で魔物に追い詰められ、命からがら逃げ延びたあの日から、三日が経った。


 桃太郎たちは、細い小川の流れる谷底で野営をしていた。


 白雪が川で獲った魚を、焚き火の熱で焼き上げる。


「ほら、焼けたぞ」


「ありがとう、白雪」


 手渡された魚を口に運びながら、桃太郎は魔法石を取り出し、その残量を見つめた。


 三日間の逃走と探索で、輝きは目に見えて濁っている。


「(……やばい。三日前より確実に減ってる。あと数回の演算でからになるぞ)」


 いつまたあの森のような魔物が出るか分からない。魔法が使えなくなれば、この「詰み」の状況をこじ開ける術を失う。



魔物に追い詰められ、命からがら逃げ延びたあの日から三日――。


「いや普通三日も逃げるか?」


 桃太郎は自分で自分にツッコミを入れた。


 現在、彼らは細い小川の流れる谷底で野営中である。

 野営というと聞こえはいいが、要するに「寝る場所がないのでその辺で寝ている」状態だ。


 白雪が川で獲った魚を、焚き火でじっくり焼いている。


「ほら、焼けたぞ」


「ありがとう、白雪。……いや手際良すぎない?三日でそのスキルどこから来た?」


「生きるためだ」


「重いなあ」


 軽い会話とは裏腹に、桃太郎はそっと懐から魔法石を取り出した。


 ――くすんでいる。


 誰がどう見ても、昨日より元気がない。石なのに。


「(やばい)」


 即座に結論が出た。


「(これ完全に“残り回数あと数回です”って顔してるやつだ)」


 三日間の逃走と探索で、魔法石の輝きは見るからに濁っている。


「(いや待て待て待て。これ切れたら俺どうすんの?)」


 ちらりと白雪を見る。


 魚を食べている。めちゃくちゃ美味そうに。


「(……あいつ戦力になるけど、たぶん“気合”タイプだよな)」


 嫌な予感しかしない。


「(詰んだなこれ)」


 桃太郎は、静かに現実から目を逸らした。


 隣では、マギ・オババが魚の骨を外しながら、桃太郎の焦燥を見透かすように口を開いた。


「……いいね、その減り方。無駄がない。極限状態の計算こそが魔法の真髄だよ」


 面白がっている。この老婆にとって、桃太郎の死線は単なる観測対象でしかない。


「(……やるしか無い!)」


 ぐぅ。


 決意と同時に、腹が鳴った。


「いや今かよ」


「食べないからだ」


 白雪が当然のように二匹目の魚を取り出した。


「あるの!?」


「ある」


「先に言って!?」


 桃太郎の決意は、一瞬で食欲に敗北した。


「いいねえ」


 マギ・オババは愉快そうに笑った。


「ここ、少し魔力が漂ってる試しみな!」



 桃太郎は、マギ・オババに急かされ、残りの魔力を一気に叩き込んだ。


「アルカナ数理魔法――プロ、マッピング!」


 視界にグリッド線が走り、虚空に地形の透過図が展開される。暗闇ではないが、太陽の下でもその「座標」は鋭く弾き出された。


「あそこだぁ!」


 指し示したのは、谷を隔てた向こう岸。剥き出しになった崖の中腹だ。


「ほらね。私の言った通り、こっちだっただろう」


 マギ・オババが満足げに頷き、白雪を促す。


「白雪、悪いが――桃太郎と一緒に取って来ておくれ」


 白雪は軽く伸びをした。

「了解。今度は落ちないように気をつけるよ」

「(……今度は、って言ったよな?)」


「大丈夫だ。三度目は成功する」


「その理論一番信用できないやつ!」


 白雪は軽く地面を蹴った。


 一瞬で、視界から消える。


「……え?」


 次の瞬間、対岸の岩壁に白雪の姿があった。


「ほら、いける」


「いけてるのはお前だけなんだよなあ!?」


 嫌な予感を抱えながら、桃太郎は崖の縁に立った。下は底が見えないほど深い谷だ。


「飛べるか?」


「いける」


 白雪の短い返事とともに、二人は同時に地面を蹴った。


 風が耳元で唸り、重力が消える。


「ヒェー高い!!」


 叫ぶ桃太郎の横で、白雪は空中で姿勢を制御し、崖の突起に指をかけた。そのまま猿のような身軽さで岩肌を駆け上がり、隙間に埋まった魔法石を掴み取る。


「よし、取った――」


 その瞬間、乾燥した岩肌が砕けた。


 足場を失い、白雪の体がふっと宙に浮く。


「……あ」


「やっぱりぃぃぃ!!!」


 落下。桃太郎は叫びながら、空中で白雪の腕を掴み、必死に杖を突き出した。


「アルカナ数理魔法――プロ、グラビティコントロール!」


 魔力を全開で叩き込む。魔法石にピシリとひびが入る。


 重力定数を書き換え、二人の落下ベクトルを強制的にねじ曲げる。


 ドサッ!!


 凄まじい風圧とともに、二人は谷底の柔らかな土の上に転がった。


「いってぇ……死ぬかと思った……」


「……生きてる。取れたぞ、桃太郎」


 白雪が、泥だらけの手で魔法石を掲げて笑った。

 その時だった。


 ふわり、と。


 二人の頭上を、影がよぎった。


「……え?」

 見上げれば、そこにはマギ・オババがいた。


 彼女は杖も使わず、ただ椅子に座っているかのように虚空に腰を下ろし、羽毛が舞い落ちるような速度で、音もなく降りてくる。


 計算も、詠唱も、焦りもない。


 ただ「そこに重力がないのが当たり前」であるかのような、圧倒的な魔力操作。


「……遅いねえ。計算に無駄が多すぎるよ」


 トスン、と。


 オババの靴が、塵一つ立てずに地面に着いた。


「(……いや、いつからそこにいた!? てか、その魔法で俺たちも助けてくれればよかっただろ!?)」


 桃太郎の抗議を無視して、オババは顔を上げた。


 その視線の先。人里離れた谷の底に、不自然に佇む古い民家がある。


 中から漂う、重苦しい鉄の匂いと熱気。


「……おや。いい匂いじゃないか」


 オババの瞳が、獲物を見つけた子供のようにキラリと光った。


その視線の先。切り立った岩壁を背負うように、巨大な鉄の塊のような建物が鎮座していた。


 家というよりは、**要塞化した巨大な「炉」**だ。

 無骨な石造りの壁には無数の亀裂が走り、そこから赤褐色の光が絶え間なく漏れ出している。


屋根からは不釣り合いなほど太い煙突が数本、黒い槍のように天を突き刺し、どろりとした灰色の煙を吐き出していた。


 近づくにつれ、空気の密度が変わる。肌を焼くような乾燥した熱気と、肺の奥まで重くなるような、濃密な鉄のさびの匂い。


 カン、カン、カン。


 家全体が心臓の鼓動のように脈打ち、地面を伝って足の裏を叩く。


「(……家っていうか、これ全部『工房』じゃないのか?)」


 桃太郎がふらつく足取りで、熱気に満ちた「家」の軒先へ踏み込むと、そこには**「岩塊」**のような男が座っていた。


 上半身裸で、背中から肩にかけて赤黒い羽毛が鎧のように生え揃っている。丸太のような腕でつちを振るう、梟人の鍛冶屋だ。


 男は、桃太郎たちが近づいても一度も手を止めなかったが、突如としてその首が音もなく真後ろ近くまで回った。


 炉の炎と同じ、濁った金色の巨大な双眸。


 その視線が、桃太郎の手にある、今しがた命がけで手に入れた魔法石を射抜いた。


「……それ、よこせ」


桃太郎の指先が、恐怖か、あるいは未知の予感か、わずかに震えた。


「(……これ、渡したら……俺、どうなるんだ?)」


 谷底に響くのは、ただ、ゴォォと唸る炉の咆哮だけだった。


まずは、ブックマークや高評価、コメントで応援してくださる皆さま、本当にありがとうございます。

皆さまの応援があるからこそ、こんな谷底で泥まみれになりながらも、桃太郎たちの冒険を書き続けることができています。


今回の章では、魔法石の残量や恐怖に震える指先、そして圧倒的な存在感を持つ敵――そんな場面を描きました。

皆さまに、少しでも息をのむような緊張感や、キャラクターたちの生き生きとしたやり取りを楽しんでいただけていたら嬉しいです。


次回も、谷底の咆哮が届くその先で、桃太郎たちの命がけの冒険をお届けします。

どうぞ楽しみにしていてください。


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