第三十四話(中編):伝説の魔女に会いに行ったら、魔法が出ない本当の理由を見抜かれた件
ここまで読んでくださっている皆さま、本当にありがとうございます。
今回はついに、セレナが中央図書館の司書長リミアの紹介で、謎多き魔女「マギ・オババ」の工房を訪れます。
外から見ればただの洞窟。しかし中に広がっていたのは、常識が通用しない魔法の空間でした。
そしてオババは、セレナ自身すら触れられずにいた**“魔法が使えない本当の理由”**に踏み込みます。
セレナの過去、そしてあの火事の真実。物語の核心が、少しずつ動き出します。
それでは、本編をお楽しみください。
ギ、ギギィ……ッ。
静寂を切り裂く嫌な軋み音を立てて、古びた木製の扉がゆっくりと内側へ開かれた。
そこに広がっていたのは、洞窟の湿っぽさを微塵も感じさせない、異様な熱気と色彩に満ちた空間だった。
(……やばい、ここは『外』とは理が違う!)
桃太郎の脳内にある計算盤が、一瞬で真っ白に焼き切れる。
部屋の広さは、外から見た洞窟の容積を明らかに超えていた。空間そのものが魔法的に拡張されているのだ。
見上げれば、天井には地上では決して拝めない巨大な**「虚空の魔法石」**がいくつも浮遊し、オーロラのような光を部屋中に振り撒いている。
壁の棚には、時折まばたきをする「目玉が埋め込まれた魔導書」や、ひとりでに蠢く植物の根のような素材が所狭しと並んでいた。
「……何、この匂い」
セレナが鼻を寄せた先では、見たこともない色をした液体が、パイプを通じてフラスコからフラスコへと、重力を無視して移動している。
「あはは!ももっち、見て見て!あの椅子、歩いてるよ!」
カリンが指さした先では、四本足の革張りソファが、まるで犬のように部屋の隅を歩き回っていた。
「……礼節を欠いてはならぬが、この空気感……並の修練場より緊張するのだ」
白雪が濡れた剣の柄を握り直す。
そんな一行の戸惑いを切り裂くように、部屋の奥から**「カチャリ」**と乾いた音が響いた。
山のように積まれた古い羊皮紙と、不規則に「カチ、……パキッ」と節が動く多脚の金属魔道具の影。そこから、大きなとんがり帽子を深く被った、驚くほど小柄な老婆が姿を現した。
「……なんだい、あんたたちは。ここは見世物小屋じゃないんだ、勝手に入ってくるんじゃないよ」
しわがれた、だが部屋の隅々まで響くような鋭い声。
マギ・オババは瓶底のような分厚い眼鏡越しに、ずぶ濡れの四人を忌々しそうに睨みつけた。
「第一、どこの誰の紹介か知らないが、あんたたちみたいな子供が来るところじゃない。冷やかしなら、今のうちに帰りな! 水浸しの足跡をつけられるだけで迷惑だよ!」
ピシャリと言い放たれた拒絶の言葉。
あまりの剣幕に白雪がたじろぎ、桃太郎も「やっぱりな」と引き返そうとしたその時。
セレナが、ぐっと棒を握りしめて一歩前に出た。
「……中央図書館の司書長、リミアさんの紹介で参りました」
その名前が出た瞬間、部屋の空気がわずかに変わった。
追い払おうとしていたマギ・オババの手が止まり、眉がピクリと跳ねる。
「……リミア、だと?」
「はい。リミアさんから……ここでなら、私に足りない力を伸ばせるかもしれないと教わりました」
セレナは真っ直ぐに、マギ・オババの鋭い瞳を見つめ返した。
マギ・オババはしばらく黙り込み、「リミア」という名前を反芻するように口をモゴモゴと動かした。それから、ひどく面倒くさそうに大きな溜息をつく。
「……あの、本の虫め。余計な真似を……」
老婆は毒づきながらも、かけていた眼鏡を指で押し上げた。
そして、ようやく値踏みするように、セレナをじろじろと眺め始める。
「リミアの紹介なら、門前払いってわけにもいかないかねぇ。……だがね、お嬢ちゃん。本当に冷やかしじゃないんだろうね?」
老婆の声は低く、どこか試すような響きを含んでいた。
「……冷やかしじゃありません」
セレナは真っ直ぐに言った。
濡れた服のまま、棒を握る手にも力がこもる。
マギ・オババはしばらく黙っていた。
それから、杖をつきながらゆっくりとセレナの前まで歩いてくる。
カツ……カツ……。
静まり返った工房に、老婆の歩みが響く。
分厚い眼鏡の奥の目が、じっとセレナを覗き込んだ。
「……ふぅん」
老婆は鼻を鳴らす。
「魔力はある。それも、そこらの魔法使いよりよっぽど上等だ」
桃太郎が思わず眉を上げた。
(……このセレナが? 努力オタクの俺から見ても、彼女の魔力操作は未熟に見えたが……いや、そもそも『量』の次元が違うのか?)
「本当か?」
「当たり前だろ」
マギ・オババは即座に返す。
「だが――」
杖の先が、セレナの胸の前でピタリと止まった。
「流れてない」
セレナの表情がわずかに揺れる。
「……それは、集中力が足りないからで――」
「違うね」
老婆はぴしゃりと言い切った。
部屋の空気がぴんと張り詰める。
マギ・オババはゆっくりと、セレナの胸を杖で軽く叩いた。
コツン。
「詰まってるのはここだ」
セレナの心臓のあたり。
「お前、魔法が出ないんじゃない。出さないようにしてるんだ」
セレナの指が震えた。
「そんな……」
「火だろ」
その一言で、セレナの呼吸が止まった。
白雪が驚いてセレナを見る。桃太郎も目を細め、彼女の横顔を凝視した。
マギ・オババは淡々と続けた。
「大きな火。家が燃えた。……そしてお前は思った。自分がやったんだってね」
沈黙。
部屋のどこかで、フラスコの液体がぽこりと泡を立てた。
セレナの視線が床に落ちる。握っていた棒が、かすかに震えていた。
「……違うんです」
絞り出すような、小さな声。
「私は……ただ……」
言葉が続かない。
かつての黄金の記憶、それを焼き尽くした紅蓮の炎。
セレナの心に深く刺さったままの棘を、オババは正確に指し示していた。
マギ・オババはため息をついた。
「やれやれ。本当に厄介な子だね」
そして、はっきりと言った。
老婆の声が、研究室の隅々にまで響き渡る。
「よく聞きな。あの火事は、お前のせいじゃない」
セレナが弾かれたように顔を上げる。
「……え?」
その目をまっすぐ見て、マギ・オババは続けた。
「だがね。誰がやったかは教えない」
桃太郎が、たまらず一歩踏み出して問う。
「なぜだ? あんたは何か知っているのか?」
マギ・オババは肩をすくめた。
「そんなもん決まってる」
ニヤリと、意地の悪い、だがどこか慈愛の混じった笑みを浮かべる。
「自分で辿り着くことに意味があるからさ」
そして杖で床を叩いた。
コンッ。
その瞬間、床に刻まれた幾何学模様が青白く輝き、部屋の中央に巨大な魔法陣が浮かび上がる。
「まずは一つ目の試練だ」
老婆の目が、獲物を狙う鷹のように鋭く光る。
「セレナ。お前、自分の魔法と――ちゃんと向き合いな」
ここまで読んでいただきありがとうございます!
ついに登場しました、クセの強い魔女 マギ・オババ。
書いている作者としても、かなり楽しいキャラクターです。
そして今回明かされたのは、
セレナの魔法が「弱い」のではなく、
本人が無意識に封じてしまっているという事実でした。
さらにオババの口から語られた衝撃の一言。
「火事はお前のせいじゃない」
ただし真相は教えてくれないという、
いかにもオババらしい展開になりました。
次回はいよいよ、
マギ・オババの試練編が始まります。
セレナは自分の魔法と向き合えるのか。
そして桃太郎たちはどう関わっていくのか。
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感想もいつも楽しく読ませていただいています。
本当にありがとうございます!
それではまた次回でお会いしましょう!




