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第三十話 (前編): 【悲報】修行の形見、スラムの少女に秒で盗まれた件

いつもお読みいただきありがとうございます。


前世は浪人生、現世は「努力オタク」の七歳児・桃太郎。


今回は、

剣の修行に明け暮れた過去を持つ少女・白雪しらゆきの視点から物語が動き出します。


平穏な日常に忍び寄るスラム街の影。


七歳になったモモの「計算」は、この不測の事態をどう読み解くのか。


三人の小さな冒険(寄り道)の始まりです。


ブンッ、ブンッ――!

剣が空気を裂く音が、寒風の中で乾いた音となって響く。


「もっと腰を落として!」


叱咤のあと、祖父は無言で小さな布袋を白雪の首にかけた。

「ワシが作った石盤のかけらを入れておいた。大事にな」

白雪は首元に触れ、その小さな重みを確かめた。


「気持ちが揺れたら握れ」


おじいちゃんの声が背後で飛んだ。


白雪の指先は凍え、裂けた手の痛みがまだ残っている。それでも止まらない。

(あの日の修行……寒さも痛みも、すべて自分を強くするためのものだった……)

雪山の冷たい空気、裂けた手の感触、必死の素振り。すべてが今の自分を支えている。


――しかし現実はここ、グリモワールド。

白雪は目の前の剣をそっと見下ろす。

「ここでは必要ない……」


リミバァの声が静かに響く。杖も手元にない。

けれど胸の奥で日課への思いは消えない。

「でも、毎日の日課はやりたいのだ……」


小さな声でそう告げると、リミバァは手元の小銭を白雪に手渡した。

「なら道具屋の『古道具・ラザロ』なら、代わりになる棒切れくらいは手に入るだろう。……だけどね」


リミバァは階段の上を見上げ、二階に向かって声を張った。

「桃太郎! 二階にいるんだろ? ちょっと降りておくれ! 白雪ちゃんをラザロの店まで連れて行ってやってほしいんだ!」

(ラザロ……? あのスラム街の入り口にある店……?)


ドタドタと階段を駆け降りてきた桃太郎が、踊り場で身を乗り出した。

「おばあちゃん、あそこは危険じゃないの!?」

必死な顔でリミバァを見上げる桃太郎に、リミバァは落ち着いた声で返した。

「そうね、あんたの言う通りだよ。……なら、カリンにも声をかけて行きなさい。三人で行けば、まあ大丈夫だろう」


その静かな一言が、子供たちの平穏に終わりを告げる「号砲」となった。


古道具の埃っぽい香りと、街のざわめきが、これからの冒険を告げているようだった。



古道具屋の扉を押し開けると、鈴がからん、と乾いた音を立てた。

店内は薄暗く、棚には瓶や布切れ、木片や古びた装飾品が雑然と並んでいる。埃が光に舞い、独特の匂いが鼻をくすぐった。


「わぁ……」

白雪の目が輝く。だが長居はできない。桃太郎が入口付近で周囲を気にしているのが分かったからだ。


白雪は棚の端に立てかけられていた木の棒を手に取る。重さを確かめ、軽く振る。

ぶん、と小さく風を切る音。

「これで、できるのだ」


小銭を差し出し、手早く買い物を済ませる。

カリンは静かに店主と目線を交わし、短く会釈した。



外へ出た瞬間、空気が変わった。

街のざわめきは消え、どこか湿った重たい気配が漂う。

道幅は狭くなり、建物の影が濃くなる。視線が、ある。


桃太郎の足がわずかに止まった。

(……人の動きが、妙だ)


数理魔法の補助線が頭の中で淡く走る。普段なら自然に流れる人の軌道が、どこか不規則に歪んでいる。


カリンも小さく呟く。

「風が、淀んでる」


白雪は棒を抱え、きょろきょろと辺りを見回す。

「……静かすぎるのだ?」


その瞬間、路地の奥で何かが倒れる音がした。

がしゃん、と。


三人の視線が同時に向く。


白雪の指先が、無意識に首元へ触れた。


ひやりとした、風だけが触れる。


「……あれ?」


布の感触がない。


首にかかっていたはずの、小さな布袋が消えていた。


数歩先、影のようにすり抜ける小さな背中。



桃太郎の目が鋭くなる。

(軌道――右へ逃げる!)


カリンの手元に風が集まる。

白雪は一拍遅れて叫んだ。

「ま、待つのだ!」



小柄な少女が跳ぶ。壁を蹴り、樽を飛び越え、路地の奥へ滑り込む。

息は荒く、目は焦点を定め、必死で守るものを握る手に力を込める。


(……捕まったら……終わり……絶対に守る……!)


振り返ると、追う白雪。横にはカリン。

怖さもある、でも止まれない。

破片は温かく、小さく震えて、少女の意思を後押しする。


角を右に曲がる。桃太郎の数理魔法の軌道が頭の中で光る。

(左、障害物二つ、減速〇秒)

少女は反射神経だけで回避。突風や障害物もすり抜ける。

(……ここで失敗したら……全部……)


白雪が枝を振る。カリンが魔法を詠唱する。

風が少女の足元をかすめ、軌道を乱す。だが彼女は身を翻して勢いを殺す。


(……怖い……でも……行く……!)

胸の鼓動が耳に響く。恐怖と覚悟が混ざった鼓動。

少女の小さな胸も早鐘のように打つ。

(私が、やらなきゃ――あの子達が、かりだされる)

息を整え、握った布袋に力を込める。


細い路地。袋小路が目の前に迫る。背後の追跡者たちの距離が詰まる。逃げ道はない。

桃太郎の補助線が淡く走る。少女の軌道の先に、微かに障害物があるのが見えた。

(……あれは……?)


少女の前に行き止まりの壁。その手前に、静かに石盤が置かれていた。


白雪が踏み出す。少女も前へ。互いの意思が交錯する。

「終わりです、返すのだ!」

目的は違う。譲らない。胸の中の覚悟がぶつかる。

「終わり? 甘いんだよ」

少女は最後まで敵意を崩さない。


少女が逃げようと振り向く瞬間――握った布袋が石盤に触れた。

石盤のかけらと共鳴し、淡く光を放つ。布袋も熱を帯びる。

少女は立ち止まり、一瞬迷いが胸をよぎる。

(……ここで……何か……)

それでも迷いを振り切る。

(……守る……絶対に……!)


白雪は立ち尽くす。悔しくて仕方がない。

追いかけたかった――でも、怒れない。

あの目に映るのは、自分と同じ、背負った強さを宿した少女だったから。

どうしても手を伸ばせず、ただ石盤の光を見つめるしかなかった。


桃太郎が低く声を落とす。

「帰るぞ。深入りするな」


少女はその隙に影へ消える。背中には守る意思だけが残った。

路地は静寂に包まれ、石盤の光も微かに揺れたまま。


白雪は悔しさを胸に、立ち尽くす。


桃太郎は小さく息を吐く。

(……嫌な予感しかしない……)


スラム街の奥で、何かが動き出している。誰もまだ知らないまま。


――こうして、三人の小さな寄り道は終わった。

しかし、それは平穏の終わりの前触れに過ぎなかった。


お読みいただきありがとうございました!

白雪の大切な形見を奪った謎の少女。

彼女が抱えていた「守るべきもの」とは一体何なのか……。


七歳になったモモが感じる「嫌な予感」の正体とは。

少しでも「続きが気になる!」


「モモの計算に期待!」と思っていただけましたら、ぜひブックマーク登録や、下の評価欄(☆☆☆☆☆)から高評価をいただけますと、執筆の大きな励みになります!


計算通りの面白さをお届けできるよう頑張りますので、よろしくお願いいたします。

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