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世界を作り替えた者たちの記録【特別編】

裏のグリモワールド。


そこは、空が裂け、毒の雨が降り、大地すら安定しない壊れた世界だった。

森は歪み、生き物は形を保てず、ただ瘴気の中で蠢いている。


生きることは、希望ではなく消耗。

明日を迎えられる保証など、どこにもなかった。


それでも人はいた。


咳き込みながらも立ち上がり、

倒れる者を見捨てながらも前に進み、

いつか誰かがまともに息を吸える場所ができると、

根拠もなく信じてしまう者たちが。


これは――


そんな地獄の中で、

“世界そのものを作り替える”という無謀な賭けに挑んだ者たちの記録である。

 リミバァは囲炉裏の火を見つめながら、静かに、しかし力強い声で語り始めた。


「桃太郎、白雪、カリン、よく聞くのよ。


今の君たちの世界があるのは、私たちが400年前、裏のグリモワールドで石盤を集めたからなのよ。


裏の世界――あの場所は傷だらけで、魔力の瘴気が空を覆い、生きる者の息も絶え絶えの世界だったわ。

だが、私たち勇者四人――リミア、マギ、エドリック、そしてもう一人……カリン、お前さんのご先祖様。

私たちは、ある『使命』を帯びて旅していたのよ」


 リミバァが杖で炭を突くと、火の粉が舞い上がり、炎の中に四人の影が鮮明に浮かび上がる。先頭で巨大な魔物の牙を大剣で受け止め、不敵に笑う若き日の梟人の姿を見て、白雪がハッと息を呑んだ。


「見てごらんなさい。先頭で戦っているのが、若き日のエドリックよ。

彼は魔法を一滴も使えなかったけれど、その剣筋は誰よりも速かったわ。

魔力の障壁を物理的な速度でブチ抜き、私やマギが呪文を唱えるための『時間』を、その身一つで稼ぎ出してくれたのよ」


 その瞬間、ずっと黙って火を見つめていた白雪が、震える声で呟いた。


「……あ。……おじいちゃん」


 白雪の言葉に、桃太郎とカリンが驚いて顔を見合わせる。


 リミバァは悲しげに、でもどこか愛おしそうに目を細めて、白雪を見つめ返した。


「……そうよ、白雪。お前さんを裏世界で育ててくれたあのお方は、かつて私と共に世界を創ろうとした……私の夫なのよ」


 リミバァは再び炎に目を向け、カリンの先祖が映る場所を指し示した。


「そして、この方が……カリン、お前さんのご先祖様よ。

彼女もまた、魔法は一切使えなかったわ。

けれど、彼女は誰よりも世界の理を**『計算』**し尽くす天才だったのよ。

魔物の動きを数式で読み、地形を利用して罠を仕掛け、私やマギの魔法を、最も効率よく敵へ叩き込むための『道筋』を描き出したわ。

石盤に施された、魔法では解けぬ物理封印をすべて暴いたのも、彼女の指先だったのよ」


 三人は、身を乗り出すようにして火の中の光景に見入った。


 二人の魔法使い(リミア・マギ)の放つ輝きと、二人の魔法なき勇者(エドリック・ご先祖様)の知恵と武力。


「石盤とは、命と魔力の源を宿す神器。

これを集めることで、過酷な裏を捨て、君たちが今生きる『表の世界』を作り出すことができる。……はずだったのよ。


けれど、その道は決して平坦ではなかったわ。


裂けた大地、瘴気に歪む森、そして奇怪な生き物たちが蠢く**『エデン・ジェネシス』**……。

一つ石盤を手に入れるたびに、私たちは力と知恵を尽くさねばならなかったわ。


さあ、聞くのよ。

勇者たちがどのように裏世界を駆け、石盤を集め、表の世界を生み出したのか――。

それは、誰もが救われると信じて疑わなかった、冒険の始まりの物語よ」


 リミバァの瞳に、パチパチとはじける炭の爆ぜる音が重なる。

「……いい、みんな。当時の私たちにとって、石盤集めは単なる『宝探し』なんかじゃなかったのよ。

 空からは常に毒の雨が降り注ぎ、生まれたばかりの赤子が最初にする仕事が『生きるための咳き込み』だった……そんな時代の話よ。

 明日、誰が瘴気に呑まれて命を落としてもおかしくない。そんな絶望を終わらせるには、世界そのものを『引っ越す』しかなかったのよ。


 私たち四人はね、自分たちの命をチップにして、未来の君たちが太陽の下で深呼吸できる権利を買い取ろうとした……いわば、大博打に挑んだのよ。


 たとえ自分たちがその新天地の土を踏めなかったとしても、次に来る者たちが笑えるならそれでいい――。ロジカも、エドリックも、本気でそう笑いながら地獄の門を叩いたのよ」


 リミバァは再び、炎の中に映るロジカを指し示した。


「特にロジカは、一秒でも早く子供たちが安全に眠れる場所を作るために、寝食を惜しんで石盤のパズルを解き続けたわ。

 『計算が間に合えば、救える命が増える』……。それが、あの子の口癖だったのよ」


囲炉裏の火がパチパチと大きく爆ぜた瞬間、その火の粉は赤黒い空を舞う戦場の火塵へと姿を変えていた。


 ――400年前、エデン・ジェネシス。


「……来るわ! 伏せて、エドリック!!」


 泥にまみれたブーツで大地を蹴り、鋭い声を上げたのはロジカだった。


 彼女は手垢で汚れたノートを開いたまま、迫りくる紫色の瘴気を凝視する。その指先は、大気のわずかな震えを逃さず捉えていた。


「へっ、待ってたぜ、この瞬間をよぉ!」


 隣で巨大な鉄塊を担いだエドリックが、不敵な笑みを浮かべて前に出る。


 彼の背中には、魔法の加護など微塵も感じさせない、鍛え上げられた剥き出しの闘志だけが宿っていた。


 岩壁の向こうから、山のような巨躯を持つ甲殻の魔物が姿を現す。その咆哮だけで大地が揺れる。


「エドリック、左よ! 三歩下がって、突き上げを誘って!」


 ロジカが火薬玉を指に挟みながら、戦場の「隙」を言い当てる。


 エドリックはその言葉を疑うことなく、巨獣の懐へと飛び込んだ。硬い甲殻が火花を散らし、鉄と肉がぶつかり合う鈍い音が響く。


「リミア、マギ! 準備はいい!? 私の火薬が弾けた瞬間、あの魔物の足元に全火力を叩き込んで!」


 背後で杖を構える若き日のリミアが、短く応えた。


「いつでもいけるわ、ロジカ! あんたの合図、逃さないわよ!」


 ロジカは手にした火薬玉を、魔物の足元の岩盤へと正確に放り投げた。


 それは魔法ではない。けれど、彼女が読み切った大地の「脆い場所」を、その一撃が冷徹に撃ち抜く。


 轟音と共に地面が爆ぜ、巨獣のバランスが崩れた。


「今よ!!」


 ロジカの号令が、地獄のような戦場に響き渡った。


 轟音と共に足元の岩盤が崩れ、山のような巨獣がバランスを崩した。


「今よ、エドリック! 喉元の薄い皮を狙って!!」


 ロジカの鋭い声が、爆風を切り裂いて響いた。


 エドリックは返事もしない。ただ、弾丸のような速さで、崩れ落ちる岩片を足場に跳躍した。


 手にした大剣は、魔法の輝きなんて一切纏っていない、ただの重い鉄の塊。


 けれど、彼が全身のバネを使い、渾身の力で振り抜いた一撃は、魔物の分厚い甲殻を無理やり抉り開けた。


「ギャアアアアッ!!」


 魔物が苦悶の声を上げ、太い腕を振り回す。


 吹き飛ぶ土砂。エドリックはそれを紙一重でかわしながら、着地と同時にロジカの方を振り返った。


「おい、ロジカ! 奴の血が噴き出したぜ! 魔法を叩き込むなら、あそこだろ!?」


「ええ、計算通りよ! リミア、マギ!!」


 ロジカが即座に、背後で杖を構える二人に合図を送る。


 エドリックが命懸けで抉り開けた、魔物の「たった一箇所の傷口」。


 そこへ向かって、リミアとマギの魔法が、これまでにない密度で収束していった。


「……待たせたわね、ロジカ! あんたが作ったその隙間、逃さないわよ!」


 リミアの杖から放たれた紅蓮の炎が、エドリックの斬撃の跡を追うように、魔物の体内へと吸い込まれていった。


「ガァ、アアアアッ……!!」

 内側から焼き焦がされる断末魔が響き、山のような巨体が、内圧に耐えきれず音を立てて崩れ落ちた。


 同時にマギが杖を叩きつけ、重力の枷で残った瘴気を地面へと押さえ込んだ。


 爆風が吹き荒れ、立ち込める硝煙の中……ロジカは荒い息をつきながら、手垢で汚れたノートに素早くペンを走らせていた。


「……周囲の魔力濃度が下がったわ。道は、開いたわね」


 彼女は額の汗を乱暴に拭い、大剣を肩に担ぎ直したエドリックに視線を送った。


 エドリックはニヤリと笑い、親指を立てて見せたのよ。


「ったく、お前の言う通りに動けば、死ぬ気もしねぇな。……おい、リミア。ぼうっとしてんじゃないわよ。まだ一つ目の門だぞ」


「分かってるわよ! ……でも、今の連携、悪くなかったわね」


 リミアが少しだけ誇らしげに杖を握り直した。


 その四人の視線の先、瘴気が晴れた向こう側に……鈍く、けれど確かな威厳を持って光る**『第一の石盤』**が、崖の上の祭壇に鎮座していた。


「……見て。これが、一つ目の『ことわり』。


**『土の静謐せいひつ』**」


 ロジカが泥に汚れた指で石盤に触れると、それまで不気味に波打っていた大地が、まるでおまじないをかけられたように静まり返った。


パチィンと囲炉裏が爆ぜる音で、三人はハッと我に返った。


 カリンが震える指で畳に触れ、ポツリと呟く。


「……じゃあ、今この地面が揺れないのは、ロジカさんが見つけた石盤のおかげなの?」


 リミバァは静かに頷いた。


「そうよ。あの子が地獄の中から、この『静かな土』を掴み取ってくれたの。でも、これはまだ一枚目。世界を創るには、あと六つの困難を越えなきゃならなかった」


 リミバァは窓の外、かつては瘴気で見えなかった月を見上げた。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。


ブックマークや高評価、そして感想の一つ一つに、いつも大きな力をいただいています。

物語を書き続けられているのは、間違いなく皆さまのおかげです。


この物語は、「当たり前に存在しているものが、決して当たり前ではなかったかもしれない」という想いから生まれました。

そして、誰かの見えない選択や犠牲の上に、今が成り立っているのだとしたら――

その痕跡を、少しでも物語として残したいと思いながら書いています。


まだ旅は続きます。


彼らが辿り着く先と、その選択の結末を、どうか最後まで見届けていただけたら嬉しいです。


改めて、ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

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