第二十五話(後編):十年かけて鬼ヶ島を消した俺、なぜか犬役を召喚した件
読んでいただき、ありがとうございます。
この章では、主人公・桃太郎が十年越しの計算や解析を経て、まさかの犬役に変身してしまう――という、混乱と絶望の瞬間を描きました。
読みながら心臓が跳ねるような緊張、思わず笑ってしまうコミカルな混乱、そして仲間との連帯感を感じてもらえたなら、作者としてこれ以上の喜びはありません。
俺は思わず頭を抱える。
「違う、違うんだ!俺は平穏に隠居するはずだったんだ!鬼ヶ島とか、きびだんごとか――」
だが時すでに遅し。
石盤の魔法は完成しており、俺は犬役として召喚された桃太郎になってしまったのだ。
周囲の四人は、ただ茫然と立ち尽くす。
「あの、これ……どういうこと?」
ルルの声がかすかに震える。
「え、えーと、桃太郎、犬……?」
ミミも呟く。
ホーは目を見開いたまま、状況を理解できていない。
――俺は絶望した。
二浪の努力も、解析図も、十年分の隠居計画も、一瞬で“犬役召喚フラグ”に変わってしまったのだ。
そして目の前にいる少女――犬役召喚された白雪さん似――は、まだ何も言わない。
ただ、俺の方を不安そうに見つめている。その小さな手足が、宙にふわりと揺れるたび、心臓がバクバク跳ねた。
(……まずい、これはまずいぞ……!)
拳を握りしめ、頭の中で必死に次の手を考える。
光の粒が部屋を舞う中、ルルが杖を振り視線を俺に向けた。
「桃太郎……いや、犬……?どうすればいいの?」
その瞳には純粋な恐怖と困惑が混ざっている。
ホーは杖を握り直したまま後ろに下がる。
「……これは……魔法……の、発動か……?」
口ごもる声に、緊張がさらに増す。
限界が来た。
視界が揺れ、光が眩しく、声が遠くなる。
身体は重く、床に崩れ落ち――意識が途切れた。
石盤の光が消えたあと。
静寂が落ちた。
地面には、倒れた俺。
その隣に、白い髪の少女。
「……ももっち?」
カリンが膝をつく。
返事はない。
「気絶してる」
ルルが俺の頬をつつく。
「死んでねぇよな?」
「死んでたら困る!」
ミミが半泣きで叫ぶ。
ホーは少女の方を見ていた。
「……こっちも動かねぇ」
少女は眠っているだけに見える。
だが、石盤は砕け、地下の壁には亀裂が走っていた。
空気が、まだ歪んでいる。
カリンは即座に立ち上がる。
「ここ、長居しない方がいい」
判断が早い。
「ホー、ももっち担いで」
「え、俺!?」
「一番力あるでしょ」
即決。
ホーが俺を肩に担ぐ。
「重っ! 解析ばっかして動いてねぇからだ!」
「聞こえてるぞコラ……」
意識がないはずの俺が微かに呻く。
「生きてる!」
ミミが安堵する。
「ルル、白い子お願い」
「俺かよ!」
文句を言いながらも、ルルは少女を背負う。
軽い。
軽すぎる。
「……軽くね?」
「子供だもん」
しかし、妙だった。
さっきまで光の中心にいた存在が、あまりに現実的な重さしかない。
そして――浮かせようとするカリンの魔法は、すでに限界に近い。
微かに光が揺れ、床が時折、指先に触れる感覚がする。
「くっ……魔力が切れかかってる!」
カリンは小さく舌打ちしながらも、光を維持しようと必死だ。
ルルが少女を支え、わずかな浮力を補助する。
完全に宙に浮かぶわけではない。ちょっとした段差で揺れ、重力に引かれる感覚が伝わる。
それでも、地下の出口に進まねばならない。
浮遊の不安定さに、俺はホーの肩にしがみつき、少女もルルに抱かれて体を委ねる。
「……行くよ」
カリンの声は少し震えているが、決意を含んでいる。
通路が、歪んでいる。
来た道のはずなのに、壁がずれている。
「こんな曲がり角あったか?」
ホーが言う。
「ない」
カリンは即答する。
一瞬も迷わない。
「でも出口はあっち」
足元で、小さな石が浮いた。
一瞬だけ。
「今、見た?」
ミミが震える。
「見てない!」
ルルが即否定する。
見ている。
全員見ている。
世界が、わずかに軋んでいる。
その中心にいるのは――俺だ。
ホーの肩の上で、俺の指がぴくりと動く。
「……やめろ……」
寝言のような声。
「え?」
カリンが振り向く。
「何やめろって?」
返事はない。
代わりに、地下奥から石の崩れる音が響く。
ゴゴ、と低い振動。
「急ぐよ!」
カリンが走り出す。
全員続く。
曲がり角を抜けるたび、景色が少しずつ違う。
ひび割れ。欠けた天井。見覚えのない紋様。
まるで――誰かが内側から破ったみたいに。
出口が見えた瞬間、後方で轟音が響いた。
振り返らない。
振り返ったら、何かを見る気がする。
外に飛び出す。
森の空気。
夕暮れ。
静かすぎる世界。
背後で、地下への入り口が崩れ落ちる。
土煙。
沈黙。
「……なくなった」
ルルが呟く。
そこにあったはずの石の塔は、半分地面に沈んでいた。
ホーが俺を降ろす。
「おい、起きろ英雄」
俺は目を開けない。
少女も、眠ったまま。
カリンは崩れた地下室を見つめる。
その目に、恐怖はない。
あるのは――理解しようとする意志。
「……帰ろう」
誰も反対しない。
その帰り道。
やけに風が止んでいた。
森の奥で、何かがずれる音がした。
だが誰も言わない。
言葉にしたら、本当になる気がしたから。
ホーがぼやく。
「なぁ、これ鬼退治とか始まらねぇよな?」
ルルが笑う。
「鬼なんていねぇよ」
カリンは前を向いたまま言う。
「いないなら、作られない」
その言葉の意味を、まだ誰も理解していない。
俺は担がれたまま、かすかに眉をひそめた。
――俺は、何を壊した?
夕焼けが、やけに赤かった。
十歳。
鬼ヶ島はない。
犬役はいる。
世界は静かだ。
……イヤイヤ俺は一体何をやってる。
だが、わずかに背後で光が揺れた。
少女――どうやら、この世界だけの存在ではないらしい――の髪先が、ほんの一瞬だけ、まるで別の場所からやってきたかのように光った。
俺はまだ、それに気づく余裕すらなかった。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます。
ここでは、十年間の努力も計算も、すべて一瞬でひっくり返される――そんな主人公の絶望と仲間たちの必死の救出を描きました。
混乱の中で見えた小さな希望や、夕暮れの静かな世界の描写が、少しでも胸に残れば幸いです。
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これからも、桃太郎たちの世界を一緒に冒険していきましょう。




