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第四十九話(中編③):世界を滅ぼす少女の手を掴んだら概念そのものが裂けた件

「悪役は、本当に最初から悪だったのか?」


アッシュは、

世界を壊したかったわけではありません。


失いたくなかった。


奪われたくなかった。


壊れていく命を、

どうにか止めたかった。


ただその願いが、

“人を守る”ではなく、

“変わらない記録へ固定する”という方向へ歪んでしまった。


だから今回の話は、

単純な正義と悪の戦いではありません。


「救いたかった者たち」が、

それぞれ違う答えへ辿り着いた結果の衝突です。


そして桃太郎は、

その全てを理解した上で、

それでもなお“個”を選びます。


世界ではなく。


理屈ではなく。


目の前で消えそうな少女を。


この章は、

能力バトルというより、

それぞれの“救済の形”を書いた話でした。


少しでも何かが届いていたなら嬉しいです。

自分の中で暴走している“何か”が、桃太郎すら巻き込み、この世界ごと喰い潰してしまう。


――なのに。


指先が、ほんのわずかに、その手へ伸びかけた。


助けてほしいという本能が、消えゆく自我の隙間からこぼれ落ちる。


その瞬間だった。


ドクン!!!!!!


石盤が絶叫した。


空間全体が、破裂寸前の心臓のように脈動する。


もはや物理的な衝撃波となったその振動は、立っていることすら困難なほどの質量を伴い、世界を内側から叩き割ろうとしていた。


セレナの背後で、無数の黒い根が暴風のように逆巻いた。


『触れるな!!』


アッシュの声。


初めてだった。


世界そのものを見下ろしていたはずの存在が、明確な“焦り”を滲ませたのは。


黒い根が、セレナを包み込むように殺到する。

それは拘束ではない。


崩壊しかけた彼女を、必死に繋ぎ止めようとしていた。


彼女という「記憶の器」が壊れれば、アッシュが望んだ新世界の設計図そのものが霧散してしまうからだ。


『それ以上、彼女へ干渉すれば――』


巨大な空間の裂け目。


その奥で、黒い繭が軋む。


そこから覗いたものを見て、エドリックの呼吸が止まった。


人影だった。


だが、もはや人ではない。


黒い根に半身を侵食され、胸郭は石盤と融合し、皮膚の下では黒い算式が血管のように脈打っている。


それでもなお、その顔には確かに“苦痛”が残っていた。


かつての友の面影を残したその異形は、もはや己を構成するパーツを維持することさえ危ういほどに摩耗していた。


『彼女は完全に、世界へ拡散する……!』


セレナの身体が、ぶれる。


輪郭が、砂嵐のように崩れ始めた。


肩が、髪が、指先が、黒い粒子となって空間へ溶けていく。


「……ぁ……」


セレナ自身が、初めて恐怖に目を見開く。


「や……だ……」


空間の至る所で、記憶が崩壊を始めた。


村。

炎。

家族。

涙。


彼女を構成していた凄惨な過去さえもが、意味を失い、原初のノイズへ還元されていく。


『私は、これを止めるために!!』


アッシュの声が軋む。


『壊れない世界を!! 奪われない器を!! 作ろうとしただけだ!!』


この不条理な世界で、大切なものを失い続ける痛みを終わらせるために。その偏った愛こそが、彼をここまで駆り立てていた。


その瞬間。


桃太郎の眼が、わずかに見開かれた。


エドリックも理解する。


(こいつ……)


アッシュは、最初から世界を滅ぼしたかったわけじゃない。


救おうとしていた。


壊れるものを。


失われるものを。


消えてしまう命を。


だが。


その方法が、世界そのものを歪めてしまった。


痛みを消すために、存在そのものを「静止した記録」へ変えようとしたその傲慢さが、今の崩壊を招いている。


セレナの身体がさらに崩れる。


ドクン!!!!


石盤が、彼女の感情へ完全同期を始める。


『もう遅い!!』


アッシュの絶叫。


『彼女は“核”になった!! 今ここで切り離せば、世界そのものが崩壊する!!』


黒い根が、桃太郎を排除するように唸りを上げる。

だが。


桃太郎は、動かなかった。


逃げない。


剣も抜かない。


ただ、崩れていくセレナだけを見ている。


「……だったら」


静かに。


本当に静かに、桃太郎は言った。


「世界ごと、引っ張り戻すしかねぇな」


空間が止まる。


アッシュの声も。


エドリックの呼吸すら。


次の瞬間。


桃太郎の足元から、これまでとは比較にならない量の黒い算式が、世界そのものへ爆発的に広がった。


それは暴力的な侵略ではなく、バラバラになりかけた世界の断片を一つに縫い合わせるような、緻密で執念深い「修復」の波動。


それは破壊ではない。


侵略でもない。


“再接続”。


崩壊した定義を、たった一人へ繋ぎ止めるための、異常演算。


世界が彼女を捨てようとするのなら、自分という座標へ世界そのものを無理やり固定し、彼女という「個」を強引に再構築する。


『……貴様、何を――』


アッシュの声に、初めて恐怖が混じる。


「全知」を自称した男の演算が、桃太郎の放つ「狂気的なまでの個への執着」によって塗り潰されていく。


桃太郎は、伸ばした右手をそのままに、静かに笑った。


「決まってんだろ」


そして。


崩れゆくセレナの指先へ、ついにその手が触れた。

瞬間。


世界が、真っ二つに裂けた。


それは物理的な破壊を超え、グリモワールドの「定義」そのものが剥離し、再構築される絶叫だった。


その凄まじい衝撃は、深淵の深部から迷宮の各階層へと、津波のような圧力となって駆け上がっていく。


エドリックの痕跡を追い、ルートを探索していた白雪たちのいる通路まで、その「震え」が到達した。


「――っ! 全員、伏せなさい!!」


リミバァ(リミア)の鋭い警告が響く。


時空嵐の震動とは明らかに違う、世界そのものがひっくり返るような地響きに、カリンやマキは壁に縋り付くのが精一杯だった。


逃げ場のない狭い通路で、限界を迎えた空間が悲鳴を上げる。

直後、強固なはずの岩壁が、内側から爆ぜるように音を立てて崩落した。


「……あ……」


白雪が息を呑む。

崩れ落ちた壁の向こう側、その裂け目の向こうに――。


本来なら届くはずのない、最深部の核空間が一瞬だけ、その全貌を現した。


吹き荒れる黒い算式と、砕け散った『記憶の石盤ルーンメモリア』の白光が混ざり合う、狂気の世界。

そこには、崩れゆく指先を必死に伸ばすセレナ。


その手を、世界の理さえも書き換える「異常演算」で強引に掴み取った桃太郎。


そして背後の裂け目から覗く、黒い根に侵食され、胸郭に石盤を埋め込んだ異形の姿――アッシュ。


「あそこだ……みんな、あそこにいる!」


一瞬の視界。だが、白雪たちの瞳には、絶望の深淵で対峙する三人の姿が、消えない残像として刻み込まれた。

ここまで読んでくださり、本当にありがとうございます。


今回の話では、

桃太郎、

セレナ、

アッシュ。


三人の「救いたい」が、

真正面からぶつかりました。


アッシュは、

失う痛みを止めたかった。


セレナは、

もう壊れたくなかった。


桃太郎は、

消えようとしている誰かを、

最後まで諦めたくなかった。


でも、

誰かを救おうとする行為は、

時として世界そのものを歪めます。


特にアッシュは、

優しさから始まったはずなのに、

いつの間にか“世界そのものを書き換える”場所まで行ってしまった。


だから今回、

桃太郎にやらせたかったのは、

「敵を倒すこと」ではありません。


“崩壊していく存在を、

世界側から切り捨てさせないこと”


でした。


そして最後に、

セレナが伸ばした指先。


あれは、

たぶん彼女が初めて、

「生きたい」と選んだ瞬間です。


次回から、

物語はさらに深部へ入っていきます。


壊れた世界と、

壊れた人間たちが、

どこへ辿り着くのか。


最後まで見届けてもらえたら嬉しいです。

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