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第四十六話(後編): 罠の湖で死にかけてギビの実取った件

白雪は迷いを置いて進み、マギ・オババは限界の先まで手を伸ばし、桃太郎は立ち止まらずに歩き続ける。


それぞれが違う形で同じ方向を向いている、そんな場面を書きました。


大きく物語が動く回ではありませんが、この小さな前進が、どこかに繋がっていればと思います。

迷いは、森の境界線に置いてきた。


白雪の足が、最初に凍土を離れて氷の上へと乗る。


「……っ」


わずかに響く、硬質な軋み。


だが、その一歩に躊躇はなかった。


背後を守るべきマギ・オババは、すでにこの世界の住人ではない。


杖を握る指先が白く強張るほどに、その意識は「谷の向こう側」にある核へと繋がっている。


マギ・オババが歩むのではない。

探知の糸が、マギ・オババの身体を前へと手繰り寄せているのだ。


目の前に広がるのは、白銀の円盤。


遮るものも、隠れる場所もない。


ただ中央に、天を突く墓標のように一本の木が立っている。


「行くのだ」


白雪は自分自身に、そして無防備な背中を預けるマギ・オババに言い聞かせるように呟いた。


視界のすべてが敵になり得る、死の平原。


二人は一歩、また一歩と、音のない湖の深部へと溶け込んでいった。


その瞬間だった。


背後で、空気がわずかに歪む。


白雪の視線が反射的に動く。


(……後ろ?)


振り向くより早く――


バキ。


乾いた音が、氷の底から響いた。


二人は息を呑む。


次の瞬間。


バキバキバキ――!


後方の氷が、内側から砕けていく。


白い裂け目が一直線に走り、湖面を裂いた。


「……来るのだ!」


白雪が叫ぶと同時に、氷の“下”が動いた。


見えない何かが、湖全体を押し上げている。


逃げ道は、もう一つしかない。


「走れ!」


マギの声が落ちる。


その瞬間、足元の氷が崩れた。


白雪はマギの腕を引き、前へ跳ぶ。

背後で、湖が“沈むように”割れていく。

バキバキという音は一度では終わらない。

追うように、連鎖していく。


まるで――逃がさないと言っているように。


白雪は前方を見たまま、歯を食いしばる。


(湖そのものが、罠だったのだ)


氷の下で何かが動くたびに、足場が消えていく。


次の一歩が、遠い。


それでも二人は止まらない。


砕け散る氷の間から、黒い水が牙を剥くように跳ね上がった。


白雪は沈みゆく足場を蹴り、剣を抜き放つ。


水中から迫る巨大な影の顎を、一文字に切り裂いた。

強烈な衝撃が腕を伝い、剣の柄が鉄の匂いのする返り血と汗で赤く染まる。


「……今だよ、白雪!」


マギ・オババの声が響く。


白雪は最後の一跳びで、中央に立つ木から心臓のように脈打つ『ギビの実』をその手に掴み取った。


「……取れたのだな」


白雪は、砕けた氷の隙間から覗く黒い水に、汚れに染まった剣を静かに浸した。


凍てつく水の冷たさが、戦いの高揚で熱を帯びた指先を刺す。


赤く濁った汚れが水に溶け、本来の刃の輝きが戻るのを確認してから、彼女は無機質に剣を鞘に収めた。


桃太郎の元へ戻るための、彼女なりの儀式だった。


マギ・オババは杖を支柱にして、かろうじて立っていた。


「うん。取った……」


声は掠れ、瞳にはかつてないほどの焦燥が宿っている。


「死にはしない……。でも、一刻も早くここを離れるよ。空間が元に戻ろうとする圧力が、私たちを押し潰しに来る」


二人は崩落する氷の断片を、綱渡りのように進み続ける。


背後からは、すべてを飲み込む空間の破砕音が、どこまでも追いかけてくる。


死の予感と、掴み取ったばかりの小さな希望。


それを抱えたまま、二人は洞窟へと辿り着いた。


洞窟の中は、さっきまでそこにあったはずの“異常な重さ”だけが消えていた。


少し遅れて、桃太郎が意識を取り戻した。


「……ここは」


白雪がすぐに距離を詰める。


「動くななのだ。まだ回復途中なのだ」


そして、手の中で脈打つギビの実を、彼に届けた。


桃太郎はゆっくりと状況を理解し始める。


「……そうか。湖は」


マギ・オババが答える。


「取ったよ。ギビの実もある」


桃太郎は小さく息を吐いた。


「……そうか」


自らの計算ミスに絶望しかけていた彼は、仲間が持ち帰った事実を静かに受け入れた。


マギ・オババが杖を持ち直す。


「……行けるね」


白雪は頷く。


「行くのだ」


三人は、同時に洞窟の外を見る。


そこには、まだ何も解決していない世界が広がっている。


マギ・オババが小さく息を吐いた。


「じゃあ、続き」


白雪は剣を背に戻し、短く言う。


「おじいちゃん探しなのだ」


桃太郎は少しだけ目を伏せて、それから前を向く。


「……ああ」


三人は再び歩き出す。

おじいちゃんを探すという、旅の再開のために。


雪を踏む音は、三つ。


先頭を歩くのは桃太郎だった。


少しだけ速い。


その後ろを、白雪が追う。


言葉はない。


ただ同じ方向へ、同じ速度で進んでいく。


桃太郎は振り返らない。


白雪も呼び止めない。


それでも、距離は自然と保たれている。


誰も合わせようとはしていないのに、崩れもしない。


白い森の中を、三つの影が静かに進んでいく。


桃太郎は小さく息を吐いた。

「……そうか」


ふと、視線が外れる。


「……カリン達は、今頃どうしてるか」


白雪は呟く

「……先に着いてるかもしれないのだな」

ここまで読んでいただき、ありがとうございます。


今回は、極限の状況を越えた直後――それでも立ち止まらずに進んでいく、その一瞬を切り取った話です。


何かを手に入れても、すぐに次へ向かわなければならない。状況が好転したわけでも、安心できるわけでもない。それでも歩き出すしかない、という感覚を残したくて書きました。


物語としては、まだ途中です。探している人のことも、合流すべき仲間のことも、何一つはっきりしていません。


それでも進んでいく彼らを、この先も見届けてもらえたら嬉しいです。

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