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「ヒルダ」
茉唯が宗和の家を訪れた時、ヒルダは工房で花瓶を作っていた。
「チョット待ッテ」
ヒルダは声の主を振り返らずに言う。茉唯だということはすぐにわかった。花瓶があと少しで形になるので手を止めたくなかった。
今のヒルダは宗和の家での生活を楽しんでいる。言葉がわかるようになるにつれ、安全に情報機器を入手することが困難だと理解したからだ。宗和に購入してもらうのは難しいとしても、茉唯に借りられる日なら来るのではないか。時間はかかってしまうが、それが一番ではないか。そのためには、ここでの生活にできる限り順応した方が良い。ヒルダはそう考えていた。
茉唯は邪魔にならないように、少し離れた位置から花瓶を作っているヒルダを見ていた。
茉唯は嬉しかった。家に帰ってからもヒルダの様子は志津から聞いていたが、元気でいてくれたことが嬉しい。もしかしたら、いなくなってしまうのではないかと思っていた。自然に笑みが溢れていた。
そんな二人を、亜希子は工房の出入り口から見ていた。
(これでいいのかしら……)
茉唯の嬉しそうな表情と真剣なヒルダを見て、亜希子はヒルダはこのままにしておこうと思い始めていた。
「こんなところに立ってないで中に入ればいい」
工房の外にいた宗和は、工房の出入り口に立っている亜希子を見つけた。
「あ、お母さん」
宗和の声に茉唯が亜希子の方を見る。
「茉唯より上手じゃないかしら」
亜希子はずっと見ていたことを誤魔化して、ヒルダの方へ視線を向ける。
「ヒルダはあれからずっとやってたから。あたしは休みの時だけだもん」
茉唯は頬を膨らませてみせる。本気で怒っているわけではない。
亜希子は茉唯に近づく。
「夏休みの宿題は一緒にやったらどう?」
亜希子の言葉に茉唯は目を見開く。まったく想像していなかった言葉だ。
「いいの?」
「教えながらやればあなたの勉強にもなるわ」
ヒルダは当分の間学校には行けないだろうと亜希子は考えていた。それなら少しくらい勉強を教えてあげた方が良いのではないか。ヒルダの年齢はわからないが、同い年くらいならちょうど良い。
「そうだね。ヒルダにとってもいいかも」
茉唯はヒルダを見る。ヒルダは花瓶をほぼ完成させていたところだ。宗和がヒルダの花瓶を目を細めて見ている。良く出来たとでも思っているのだろう。
そのヒルダは実際には二十八歳だ。小学二年生の勉強をするような年齢ではない。
「亜希子、少しいいか?」
漁港の方に行っていた祐輔が戻ってきた。
「何?」
祐輔は無言でヒルダに視線を移す。亜希子はヒルダの話だろうと理解して工房から出ていく。
「捜索はされていないようだったよ」
祐輔は亜希子に看護師に聞いた話を伝えた。
「やっぱり帰るところはないようね」
亜希子は工房を振り返った。ここからでは中を見ることはできない。
「そうなるね。いつまでここで預かるかはおじいちゃんに任せよう。何か考えてはいるはずだから」
「そうだといいんだけど……」
亜希子は少し不安げだ。宗和にとってのヒルダは、小さな弟子くらいにしか考えていないように見える。ヒルダが陶芸の道を志すかはともかく、人としての将来を考えているのだろうか。
「茉唯の様子だと、毎回休みのたびに来ることになりそうだから、その時の様子を見て改めて考えればいいんじゃないかな」
祐輔が言う。
「呑気ね」
亜希子は言ったが、亜希子自身もそれでいいのではないかと思っていた。
「お父さん、お母さん」
茉唯が両手に湯呑み茶碗を持って二人に近づいた。
「それは?」
祐輔が湯呑み茶碗に気付く。なかなか味のある佇まいだ。
「ヒルダが作ったんだよ。二人にって」
茉唯は満面の笑みを浮かべる。
「あの子が?」
亜希子は驚いた表情を浮かべて工房の方を見る。ヒルダの姿は見えないが中にいるのだろう。
「良く出来てるなあ。てっきりおじいちゃんかと思ったよ」
湯飲み茶碗を受け取った祐輔はまじまじと眺める。少し言い過ぎたかなと思っている。
「そうね。おじいちゃんほどではないけど」
亜希子も湯飲み茶碗を受け取る。
ヒルダとしては、宗和や志津だけではなく、祐輔や亜希子も味方につけておきたい。そのために今できることを考えた結果だった。気に入ってもらえる必要はない。二人にも好意を持っていることを印象付けるのが狙いだ。
「恥ずかしいから代わりに渡してって頼まれちゃった」
茉唯はそう言ったが、本当は恥ずかしいわけではない。直接渡すことで魂胆を見透かされることを避けたかった。
「恥ずかしいねえ……なかなか良く出来てると思うけどな」
祐輔は茉唯の言葉を疑わない。
「年齢の割にはね。少なくとも茉唯よりは上手だわ」
亜希子は言ったが、もちろんヒルダの本当の年齢は知らない。
「それはもういいの」
茉唯が再び頬を膨らませた。




