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4-4

「ヒルダ」

 茉唯が宗和の家を訪れた時、ヒルダは工房で花瓶を作っていた。

「チョット待ッテ」

 ヒルダは声の主を振り返らずに言う。茉唯だということはすぐにわかった。花瓶があと少しで形になるので手を止めたくなかった。

 今のヒルダは宗和の家での生活を楽しんでいる。言葉がわかるようになるにつれ、安全に情報機器を入手することが困難だと理解したからだ。宗和に購入してもらうのは難しいとしても、茉唯に借りられる日なら来るのではないか。時間はかかってしまうが、それが一番ではないか。そのためには、ここでの生活にできる限り順応した方が良い。ヒルダはそう考えていた。

 茉唯は邪魔にならないように、少し離れた位置から花瓶を作っているヒルダを見ていた。

 茉唯は嬉しかった。家に帰ってからもヒルダの様子は志津から聞いていたが、元気でいてくれたことが嬉しい。もしかしたら、いなくなってしまうのではないかと思っていた。自然に笑みが溢れていた。

 そんな二人を、亜希子は工房の出入り口から見ていた。

(これでいいのかしら……)

 茉唯の嬉しそうな表情と真剣なヒルダを見て、亜希子はヒルダはこのままにしておこうと思い始めていた。

「こんなところに立ってないで中に入ればいい」

 工房の外にいた宗和は、工房の出入り口に立っている亜希子を見つけた。

「あ、お母さん」

 宗和の声に茉唯が亜希子の方を見る。

「茉唯より上手じゃないかしら」

 亜希子はずっと見ていたことを誤魔化して、ヒルダの方へ視線を向ける。

「ヒルダはあれからずっとやってたから。あたしは休みの時だけだもん」

 茉唯は頬を膨らませてみせる。本気で怒っているわけではない。

 亜希子は茉唯に近づく。

「夏休みの宿題は一緒にやったらどう?」

 亜希子の言葉に茉唯は目を見開く。まったく想像していなかった言葉だ。

「いいの?」

「教えながらやればあなたの勉強にもなるわ」

 ヒルダは当分の間学校には行けないだろうと亜希子は考えていた。それなら少しくらい勉強を教えてあげた方が良いのではないか。ヒルダの年齢はわからないが、同い年くらいならちょうど良い。

「そうだね。ヒルダにとってもいいかも」

 茉唯はヒルダを見る。ヒルダは花瓶をほぼ完成させていたところだ。宗和がヒルダの花瓶を目を細めて見ている。良く出来たとでも思っているのだろう。

 そのヒルダは実際には二十八歳だ。小学二年生の勉強をするような年齢ではない。

「亜希子、少しいいか?」

 漁港の方に行っていた祐輔が戻ってきた。

「何?」

 祐輔は無言でヒルダに視線を移す。亜希子はヒルダの話だろうと理解して工房から出ていく。

「捜索はされていないようだったよ」

 祐輔は亜希子に看護師に聞いた話を伝えた。

「やっぱり帰るところはないようね」

 亜希子は工房を振り返った。ここからでは中を見ることはできない。

「そうなるね。いつまでここで預かるかはおじいちゃんに任せよう。何か考えてはいるはずだから」

「そうだといいんだけど……」

 亜希子は少し不安げだ。宗和にとってのヒルダは、小さな弟子くらいにしか考えていないように見える。ヒルダが陶芸の道を志すかはともかく、人としての将来を考えているのだろうか。

「茉唯の様子だと、毎回休みのたびに来ることになりそうだから、その時の様子を見て改めて考えればいいんじゃないかな」

 祐輔が言う。

「呑気ね」

 亜希子は言ったが、亜希子自身もそれでいいのではないかと思っていた。

「お父さん、お母さん」

 茉唯が両手に湯呑み茶碗を持って二人に近づいた。

「それは?」

 祐輔が湯呑み茶碗に気付く。なかなか味のある佇まいだ。

「ヒルダが作ったんだよ。二人にって」

 茉唯は満面の笑みを浮かべる。

「あの子が?」

 亜希子は驚いた表情を浮かべて工房の方を見る。ヒルダの姿は見えないが中にいるのだろう。

「良く出来てるなあ。てっきりおじいちゃんかと思ったよ」

 湯飲み茶碗を受け取った祐輔はまじまじと眺める。少し言い過ぎたかなと思っている。

「そうね。おじいちゃんほどではないけど」

 亜希子も湯飲み茶碗を受け取る。

 ヒルダとしては、宗和や志津だけではなく、祐輔や亜希子も味方につけておきたい。そのために今できることを考えた結果だった。気に入ってもらえる必要はない。二人にも好意を持っていることを印象付けるのが狙いだ。

「恥ずかしいから代わりに渡してって頼まれちゃった」

 茉唯はそう言ったが、本当は恥ずかしいわけではない。直接渡すことで魂胆を見透かされることを避けたかった。

「恥ずかしいねえ……なかなか良く出来てると思うけどな」

 祐輔は茉唯の言葉を疑わない。

「年齢の割にはね。少なくとも茉唯よりは上手だわ」

 亜希子は言ったが、もちろんヒルダの本当の年齢は知らない。

「それはもういいの」

 茉唯が再び頬を膨らませた。

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