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榧野茉唯は陶芸に使う土を採取していた。小学一年生の茉唯は、春休みを利用して曽祖父母の家に遊びに来ていた。曽祖父の榧野宗和は陶芸家で、茉唯が来ると陶芸を教えていた。
背後で枝が折れる音がして茉唯は振り向いた。そこにはヒルダが立っていた。もちろん初めて見るのだが、同じくらいの年頃に見えたので、茉唯は全く警戒しなかった。むしろ、金色の髪に興味を惹かれた。
「こんにちは」
茉唯は屈託のない笑顔でヒルダに話しかけた。アルマセレルにも挨拶はあるので、挨拶だろうということは想像がついた。それであればそのまま真似すればいいのだが、ヒルダは茉唯を少し観察することにした。
「えっと、ハロー……かな?」
ヒルダが何も言わないので茉唯は言い直す。
少し不安を感じているようだ。しかし、危険を感じているような様子は感じられなかった。
「コンニチハ」
あまり不安を煽ってしまわないように、ヒルダは茉唯の最初の言葉を真似してみた。茉唯の表情が少し柔らかくなったように感じた。通じたのだろうとヒルダは確信した。
「あたしは茉唯。あなたは?」
茉唯は言ったが、もちろんヒルダには理解できない。
ヒルダは先ほどの茉唯の不安げな表情を思い出し、少し首を傾げながら同じような表情をした。
「あ、やっばり日本語わからないんだね。どうしよう……日本語しかわからない」
茉唯はさらに困惑した表情になった。それを見てヒルダは少し安心した。何かあったとしても遅れを取るようなことはなさそうだ。演技をしているわけでもないだろう。
しかし、ヒルダには疑問も生じていた。ヒルダは二十八歳だ。生まれてからは三十三年になるが、最近五年間は仮死状態になっているのでその間の成長はない。ヒルダからは茉唯も同じくらいの年齢に見える。それにしては反応が幼い。まるで子供だ。
(肉体の成長速度が違う?)
ヒルダはその結論に辿り着いた。どのくらい違うのかはわからなかったが。
「茉唯」
ヒルダが思考を巡らせていると、茉唯が自身を指さして言った。名前を教えようとしていることは、ヒルダにも分かった。
どうするか。名前を教えるくらいなら問題ないが、むしろ名前を答えられなければ、色々と詮索されることはないのではないか。記憶を失っているとでも思われた方が都合が良いかもしれない。
ヒルダは無言で、自身を指さしながら茉唯を見つめた。
「あなたの名前は?」
茉唯は二度首を縦に振りながら言った。意図は伝わったようだ。
ヒルダはわかりやすく首を傾げた。それを見て茉唯の表情が曇った。
「名前、分からないのかな……」
茉唯は小さく呟いた。ヒルダは表情を変えずに茉唯を見つめ続ける。何かを訴えるように。
「困ったな……」
言葉がわからないだけではなく、何も覚えていないのではないかと茉唯は考えた。茉唯は救いを求めるように、曽祖父の家の方を見た。ここからでは見えないのだが、誰かがここに来てくれるのを期待した。誰かと言っても、その家には曽祖父母しかいない。
すぐに諦めた茉唯は、ヒルダに向かって手を差し出した。手を繋ごうという思いだが、伝わってくれるだろうか。
ヒルダは考えた。手を繋ぎたいのだろうということは理解できた。なぜ手を繋ぐのか。おそらく、どこかへ連れて行こうというのだろう。
(どこへ連れて行くつもりだろうか?)
茉唯が見ていた方向なのは想像できたが、そこに何があるのかはわからない。二人の人間がいるということはわかっている。目の前にいるのが子供であれば両親が考えられる。
ただし、それは単なる血縁だ。その二人が何をしているのかはわからない。ヒルダの方から近づいたのだが、まったく調査せずにこれ以上近づいて良いものか。
(三人だけならなんとかなるだろう)
ヒルダは差し出された茉唯の手を握る。
茉唯の表情は先ほどまでとは打って変わって嬉しそうだ。心が通じたとでも思ったのだろう。




