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2-3

 榧野(かやの)茉唯(まい)は陶芸に使う土を採取していた。小学一年生の茉唯は、春休みを利用して曽祖父母の家に遊びに来ていた。曽祖父の榧野宗和(そうわ)は陶芸家で、茉唯が来ると陶芸を教えていた。

 背後で枝が折れる音がして茉唯は振り向いた。そこにはヒルダが立っていた。もちろん初めて見るのだが、同じくらいの年頃に見えたので、茉唯は全く警戒しなかった。むしろ、金色の髪に興味を惹かれた。

「こんにちは」

 茉唯は屈託のない笑顔でヒルダに話しかけた。アルマセレルにも挨拶はあるので、挨拶だろうということは想像がついた。それであればそのまま真似すればいいのだが、ヒルダは茉唯を少し観察することにした。

「えっと、ハロー……かな?」

 ヒルダが何も言わないので茉唯は言い直す。

 少し不安を感じているようだ。しかし、危険を感じているような様子は感じられなかった。

「コンニチハ」

 あまり不安を煽ってしまわないように、ヒルダは茉唯の最初の言葉を真似してみた。茉唯の表情が少し柔らかくなったように感じた。通じたのだろうとヒルダは確信した。

「あたしは茉唯。あなたは?」

 茉唯は言ったが、もちろんヒルダには理解できない。

 ヒルダは先ほどの茉唯の不安げな表情を思い出し、少し首を傾げながら同じような表情をした。

「あ、やっばり日本語わからないんだね。どうしよう……日本語しかわからない」

 茉唯はさらに困惑した表情になった。それを見てヒルダは少し安心した。何かあったとしても遅れを取るようなことはなさそうだ。演技をしているわけでもないだろう。

 しかし、ヒルダには疑問も生じていた。ヒルダは二十八歳だ。生まれてからは三十三年になるが、最近五年間は仮死状態になっているのでその間の成長はない。ヒルダからは茉唯も同じくらいの年齢に見える。それにしては反応が幼い。まるで子供だ。

(肉体の成長速度が違う?)

 ヒルダはその結論に辿り着いた。どのくらい違うのかはわからなかったが。

「茉唯」

 ヒルダが思考を巡らせていると、茉唯が自身を指さして言った。名前を教えようとしていることは、ヒルダにも分かった。

 どうするか。名前を教えるくらいなら問題ないが、むしろ名前を答えられなければ、色々と詮索されることはないのではないか。記憶を失っているとでも思われた方が都合が良いかもしれない。

 ヒルダは無言で、自身を指さしながら茉唯を見つめた。

「あなたの名前は?」

 茉唯は二度首を縦に振りながら言った。意図は伝わったようだ。

 ヒルダはわかりやすく首を傾げた。それを見て茉唯の表情が曇った。

「名前、分からないのかな……」

 茉唯は小さく呟いた。ヒルダは表情を変えずに茉唯を見つめ続ける。何かを訴えるように。

「困ったな……」

 言葉がわからないだけではなく、何も覚えていないのではないかと茉唯は考えた。茉唯は救いを求めるように、曽祖父の家の方を見た。ここからでは見えないのだが、誰かがここに来てくれるのを期待した。誰かと言っても、その家には曽祖父母しかいない。

 すぐに諦めた茉唯は、ヒルダに向かって手を差し出した。手を繋ごうという思いだが、伝わってくれるだろうか。

 ヒルダは考えた。手を繋ぎたいのだろうということは理解できた。なぜ手を繋ぐのか。おそらく、どこかへ連れて行こうというのだろう。

(どこへ連れて行くつもりだろうか?)

 茉唯が見ていた方向なのは想像できたが、そこに何があるのかはわからない。二人の人間がいるということはわかっている。目の前にいるのが子供であれば両親が考えられる。

 ただし、それは単なる血縁だ。その二人が何をしているのかはわからない。ヒルダの方から近づいたのだが、まったく調査せずにこれ以上近づいて良いものか。

(三人だけならなんとかなるだろう)

 ヒルダは差し出された茉唯の手を握る。

 茉唯の表情は先ほどまでとは打って変わって嬉しそうだ。心が通じたとでも思ったのだろう。

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