内政への第一歩
色々調べてたら随分と手間取ってしまいました。しかも結果が芳しくなく、フィクションと曖昧な表現に逃れる羽目に・・・
「内政かぁ・・・ゲームだと、開墾とか治水とか町作りあたりを選んでさっさと終わるんだけど・・・現実は厳しい」
私は今、書類の山と格闘している。
兄上から、今後は内政を覚えて補佐をして欲しいと請われて、栃尾城から春日山城に移転してきた。
実乃さんは栃尾城主に復帰したので私の子飼いとして一緒に付いてきたのは弥太郎さんだけになる。
その弥太郎さんは内政向きではないため、取り合えず、数日晴景兄上の傍で簡単に習い、それで対応できる分だけを回して貰っているけど、これが中々どうして・・・
「よ、景虎! 励んでるか?」
私が悪戦苦闘していると、景康兄上が部屋にやってきた。
「元服間もないお前だけじゃ辛いだろうと思って手伝いに来てやったぞ」
続いて景房兄上も入室してきた。
「本当ですか!? 助かります!」
これまで色々活躍してきた脳内のチート能力も書類整理には発揮されずに困っていたところだ。
ステータス的には私の内政は86あるはずなんだけどなぁ。
「可愛い妹が慣れない仕事に苦労してるんじゃないかと思ってな。俺たちの仕事は家臣におし・・・任せてやってきたんだよ」
私が女である事は直ぐに晴景兄上から領内に触れが出された。
勘違いされたままというのは色々と面倒であるからだ。
そして、私が妹であったと知った、景康兄上と景房兄上は・・・デレた。
「でしたら、丁度良い所に来てくださいましたね」
私は2冊の帳簿を広げて、二人の兄に問う。
「これなのですが・・・同じ内容を報告しているように見えるのですが、書き方がバラバラなのです」
「ああ、それな。大体、そういうもんだと割り切るしかねぇ」
「そうそう。同じ内容の文を書くにしても、受け取り手によっては別の意味で捉えられたりするもんな・・・おい、お前! 俺の指示してたこと無視するなよ! とかな」
何の問題もないと言わん風な、二人の兄上。
少し待とうか。公式な文書として残る物がそんな雑でいいのだろうか?
アンサー=良くない。
よし、私は間違って何かいなかったんだ。
「そんなわけあるもんですか!!」
私の怒声に座ったまま器用に飛び跳ねる兄上達に滔々と語る。
いかに公に残る文書が大事であるのかを。
間違った解釈されてしまった物が前例になったら、どれだけ大変なことになるのか。
帳簿にしたって、見辛い物は計算するときに間違いを生みやすく、その間違い一つで戦に必要になる物資が揃わなくなることだってありうるのだと。
「そういうわけで、晴景兄上に相談に伺いました」
「いや、そうは言うが景虎よ。この書の内容は似てはいるが違う内容ではないのか?」
件の書と兄上二人を引っ張って、晴景兄上のもとにやってきたのですが、晴景兄上をしてもこの大事に気が付いてくれなかった。
そこで私は理解した。
私の脳内で翻訳されているが、兄上達の見ている文字は蚯蚓なのだと。その上で文法がいい加減なのでは間違うなという方が無理だったらしい。
「では、書いた本人を呼び出して確認いたしましょう。それではっきりするはずです」
そして確認作業が終わると・・・
「まさか、本当に同様だったとは・・・」
頭を抱えて項垂れる晴景兄上。
「これでお分かりですね。今のままでは正しい政など行うことは出来ないと」
私はそう言うと懐から書状を取り出して差し出す。
結果は私には分かり切っていたので、無為に時間を使わないように予め認めて置いたのだ。
「何々・・・一つ、今後公式及び重要な文書には楷書を用いること。用件を明確にするべく漢字と平仮名をなるべく用いるべし」
そう。大陸に倣うべく漢字ばかり使用するより平仮名を用いて現代の日本語のようにするのである。
「一つ。文書は、何時、誰が、何をし、それを誰が、どの様に、処したのかを明確に記すべし・・・」
文書がバラバラで難解なのは、漢字を多用したうえでこの書き方が出来ていないからだ。
だから文字さえ読めれば子供でも理解できる書式を用意したのである。
「これを越後守護代の名で領内に発布してください」
本当は帳簿も複式簿記とか導入したいんだけれど・・・私の通っていた高校は普通校で商業校ではないから習っていないので分からないのである・・・無念。
「平仮名は女文字と呼ばれ、武士は好まぬが・・・この事実を踏まえれば命じないわけにもいかぬか」
へぇ、そうなんですか。そういえば、謙信の手紙には平仮名が多かった事から女性説の根拠になっていたってこともあったんだっけかな?
「それにしても景虎は、女子故か我らにはない物の見方ができるのかもしれぬな。これからも何か思いついたら遠慮せずに申すがいい」
「でしたら、本格的な内政に着手していきたいと思います。農法改革に殖産振興、税の抜本的な見直しなどやりたい事は多くありますれば」
そう。私は現代で流布している技術の中で戦国時代でも可能な技術を幾つか知っている。逆行転生物の定番、内政チートであるそれらは、実際に手に付けるのは難しいかもしれない。私は専門家じゃないし、歴オタでもないから大雑把な概要しか知らないし。
ある程度の知識を提供し、この時代の専門家に任せるしかない。
その為には、手を出すなら早ければ早い方がいい。
「ほう? そんなにやらなければ多い事があるのか?」
「はい。ですので、色々と試すことができる領地を頂けないかと思います」
「直轄領で行えばよいのではないか?」
「お言葉ごもっともですが、失敗した際に取り返しがつかないことにはしたくないのです。我儘を言わせていただければ、その地を独立領扱いにして年貢も法も全て私が差配できるようにお願いいたしたいのですが・・・」
こんな事を言えば良からぬことを企てていると思われるのも仕方ないし、謀反を疑われても否定はしきれないだろう。成功するかどうかは別にしても。
「・・・・・・」
暫く黙想する兄上。
やっぱり無茶すぎたかなぁ・・・と上目づかいに見つめていたところ。
「よかろう。お前が言うのであれば、西頚城郡の能生を譲ろう。今後、能生は越後にして景虎の国ぞ」
兄上が決断した。
能生が何処かは知らないけど、有難い。
「兄上、本当に頂戴してもよろしいのでしょうか?」
「うむ。好きに使うがよい。ただし、お前の国であるのだが他国に臣従するとかはなしにしてくれよ」
と笑う兄上。
「もちろんですとも! 改革で成功した物は長尾家にどんどん還元していく所存なのですから!」
ちょっとテンションが上がった私は兄上の両手を取ってブンブンと振って応じてしまった。
よかった。話が分かる兄上で。
「そこまで喜んでもらえると儂も嬉しいぞ。ところで景虎よ、能生はおよそ1600石の領地になるが、お前に仕えてくれる家臣は居るのか?」
私の上下していた手がピシッと凍り付いたように止まった。
実験用領地が欲しいと漠然と考えていたけれど、その領地の税で自分の家臣を養わないといけないことを完全に失念していた~。
初めから土地に根付いている国人ならいい。彼らには一族がいるから。
でも、私は新規の独立領主。
縁故なしで今いる家臣を召し抱えるということは、知行を与えなければいけなくて・・・
弥太郎さんの知行は如何ほどだろう。四男とは言えども長尾一門の景虎側近衆で護衛を務める武士だし・・・
ああでも、知行を許しちゃうと私が思い描く政には差支えがあるしな・・・
ここは、思い切って。
「だ、大丈夫でございます! 私一人で何とかしてみせます!」
「本気で言っておるのか? いくら小領とは言えど村々を直接治める代官など必要になるぞ?」
目をまん丸くして詰問してくる兄上に、私は覚悟を決めた瞳で見つめ返す。
行けるはずだ。私は体調管理のチートを持っている。
やってやれないことは、ないと思う。多分・・・
「・・・ああ、分かった。お前の家臣については儂の方でこれまで通りの俸禄を支払うとしよう」
「え? それでは独立領主としては面目も何もないのではありませんか?」
「何、気にするほどでもあるまい。その様な些細な事でお前の為そうとする政が頓挫する方がよっぽど手痛いわ」
「兄上・・・! この景虎、兄上のような兄妹を持てて、真に幸せ者にございます」
「ははは、これは嬉しいことを言ってくれる。お前には期待しておるのだ。女子の目線から見た政や神仏の加護があると噂される景虎の国づくりにな」
打算もあるのかもしれない。
それでも破格の待遇を約束してくれた晴景兄上には感謝の言葉もない。
「とは申せど、お前の家臣には既に己の知行持ちも多い。そちらを疎かにされても困る故、次の評定でお前の家臣となっても良いという者を募ろうと思うが・・・それでよいか?」
「はい。これ以上の我儘は己の身を滅ぼしかねません。兄上のご随意に」
私は平身低頭する。
もしかすると監視の意味もあるのかもしれないけど、一人で政務を回すのは実際には厳しい。いくら私に肉体チートがあろうともこの身は一つ。やりたいことは沢山あるから、家臣を付けて貰えるのは願ってもないことだった。
評定の日まで、私は領地で行い事を思いつく限りに片っ端から書き出していた。
今できることも、出来ないことも含めてだ。将来的には出来るかもしれないという淡い期待を抱いておく。
そして評定の日、当日。
私は晴景兄上に最も近い上座に座っていた。本来なら景康兄上の場所なのだけど、今日は特別だ。
「皆の者、面を上げよ」
それぞれに顔を上げた面々には知った顔もあれば、初めて見る人も居た。
厳つい髭の人はもしかして柿崎景家さんかな・・・
と思ってると、また名前が表示された。
うん、間違ってなかった。
で、白髭のお爺さんは宇佐美定満さんだ。
そんな感じに私が観察していると、兄上の説明が終わったらしく、評定の間が不意に賑やかになった。
「というわけで、景虎は儂の家臣ではあるが西頚城郡能生で越後の支配を受けない独立領主として働くことになった。ついては、今の禄のまま景虎に仕えてくれる家臣を募りたい。しかし、知行を持つ者は自領の経営もあるので諦めてもらいたい」
「なら、オレは問題ありませんな。これまで通り虎様に従いますぜ」
真っ先に声を上げたのはやっぱり弥太郎さんだった。
彼の爽やかな笑顔を見るととても安心する。裏表がない人なのは十分理解しているし、私の理解者の一人だ。
「ほっほっほ。その様な面白きことに参加せぬわけには行かんのぅ」
次に名乗り出たのはなんと宇佐美さんだった。眼差しは鋭いけど好々爺然とした雰囲気を持った不思議な人である。
「な!? 抜け駆けはずるいですぞ宇佐美殿! そもそも枇杷島の領地が貴方にはあるではないですか!」
抗議は実乃さんから出た。
「そんなもの、せがれに譲るわ。あれも独り立ちせなければならんしの」
領地をそんなもの扱いするとは凄い人だ。
その言い分に皆が呆気にとられていると、実乃さんが再起動した。
「ならば、某は栃尾を長尾家に献上いたしまする故、何卒、景虎様のお傍にお仕えさせて下され!」
彼からもとんでも発言が出た。
私ってそんなに好かれるような事したっけかな?
いや、私になる前の景虎が好かれていたのかもしれないか。
それにしても彼には子供がいなかったけかな? 確か史実には居たと思うけど、まだ生まれてないのか? 栃尾に居た時にもあってないし。
まあ、居たとしても家督を継げる年じゃないのかもね。でも、いたなら、この発言は物凄い意味を持つぞ。
その後も喧々諤々したが、結局、この三人で話は纏まった。
「皆さん、不束者ですがよろしくおねがいいたします」
ん? 挨拶間違えたかな。みんな目が点になってしまっている。
実乃さんの嫡男は生誕年が不詳なのですが、謙信が1559年に上洛した際に同行していることから生まれてはいますが、未だ幼いのでまだ出会っておりません。実乃さんは自分が主人公に付いていこうと所領を献上しようとしたのは後見がいないからです。この選択がどうでるかは今後の展開で確認してくださいませ。