景虎、危機一髪
私の農村行脚もようやく最後の日程を迎えた。
もっとも私は歩いて移動はしてない。
馬にも乗っていない。
輿に乗って移動しているのだ。
輿で移動する戦国武将って、今川義元か、立花道雪かと言いたいところだけど、もちろん訳がある。
移動中、私はずっと瞑想しているのだ。
少しでも多くの民に恩恵が行き渡れば良いなと思ってるからである。
ただ、実際に恩恵を受けた人々やその噂を聞いた人たちが沿道で平伏したり拝んだりするのはやめてほしいのですが。
何気に私の輿を担ぐ人たちの鼻息が荒くて怖いです。何を思ってるんだろう・・・
と、偶にそんな事を考えつつも、めいそうしていたら、突然、お腹を激しく叩かれた様な衝撃に見舞われた。
「ッ!」
堪らずに体をくの字に折って耐えようとするも、堪えきれずに横倒れになってしまう。
目がちかちかし、激しい嘔吐感が込み上げてくる。
しまった・・・
内腿を伝わる生温い液体の流れに、私はあることを完全に失念していた事を悟りながら目の前が真っ暗になっていくのであった。
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「・・・ここは・・・?」
気が付いて目を開ければ知らない天井があった。
「おお、気が付かれましたか! この定満、気が気でありませんでしたぞ!」
顔を覗き込むように宇佐美さんが声をかけてきた。
そして、私が気を失ってからの慌ただしい一幕を語って聞かせてくれた。
先ずは沿道に集まった民を帰らし、直ぐに近くの村に駆け込んだそうだ。
ここは、そこの村長の家で直ぐに春日山城に知らせを送り医師の手配をしたという。
だいたい、半刻ほど私は気を失っていたらしい。
参ったな・・・現代でも私は重い方だったけど、意識を失ったのは初めてだ。これってレベル7の症状じゃなかったかな?
この世界に来て、生活習慣、栄養バランスは変わったし、きっと知らずにストレスも溜まっていたのだろう。
身体を起こそうとして、またバランスを崩して床に倒れ込む。
「無理はなさらないで下さいませ。医師が到着するまでは安静にしていてくだされ」
「・・・心配をかけました」
そこで私は気が付いた。服の上はそのままだけど下はスッポンポンだ。股に何か詰められてる感じがする他、お腹から足にかけてはザラザラとした感触。見れば藁束が被せられていた。
「・・・この処置は宇佐美殿が?」
「とんでもござらん! 女子の、しかも主のほとを覗き見るような真似は武士として適う者ではありせぬ! それは、ここの村長の女房殿が対処されました!」
そうか、流石に主人相手に穢れがどうのとかは言わないか。
しかし、どうしたものだろうか・・・戦国時代の生理事情何て流石に知らないよ・・・
痛みは未だ、腹パンを食らい続けてるみたいに感じるし、私じゃなかったら泣いてるね・・・脂汗は搔きっぱなしだけど。
ここは素直に聞くしかないか。
「宇佐美殿、この様な場合、如何にするのが良いのですか?」
「!? なんと、景虎様は初めてのご経験でしたか!」
驚きに困惑と百面相する宇佐美殿。
ああ、確かに聞き取り方によっては・・・というか、この場合、初潮を迎えたようにしか受け取れないかもしれない。
数え15,つまり14歳で初潮・・・うん、遅いね。
「言われてみれば何の準備もなされていませんでしたな・・・女性としての教育は受けられなかったのですな?」
「う・・・うむ。何せ、男として育てられました故・・・」
「拙者も此度のような仕儀に至っては経験がござらんが、姫であれば常に侍女が居りますれば、兆候が見られた時点で安静にしていただくというぐらいですかのぅ?」
「薬はないのでしょうか?」
「それならば、薬甘草湯でございますな」
漢方か。西洋医薬品なんてこの時代にあるわけないしね、そりゃそうか。
「薬は高価な物ゆえ、旅などに出る際には持ち歩きますが普段から身に着けておる者は少のうござる。しかし、此度の事を鑑みるに景虎様には必要不可欠やも知れませぬな」
白い顎髭を扱きながら瞑目しつつ宇佐美殿は言った。
知略95の頭脳をフル回転させて考えたんだろうな・・・おばあちゃんの知恵袋ならぬお爺ちゃんの知恵だしそうするかな。
あ、あと段蔵にも聞いてみよう。歴女だし現代人だし知略98だし。
彼女は今、実乃さんと一緒に能生で仕事してるんだよな・・・
「わかりました。しばらく休むので一人にしてください」
「では、医師が参りましたらまた来ます」
宇佐美殿が下がったのを確認してからお腹を強く抑えた。
何とか堪えたけど、滅茶苦茶に辛い・・・
いっそのこと、また気を失った方がまだ楽なんじゃないだろうか?
・・・意識を失ったのって初めてだよね・・・
ステータスはどうなったんだろう?
生命力998 体力977 精神力199
ああ、生命力減ってるぅ! 何で? 出血の所為?
体力も減ってるし・・・
精神力は変わってない?
気を失うのは睡眠にはやっぱりならないか・・・
と、がっくりした所で、私のモデリング画像でお腹の下あたりに赤い丸が点滅しているのに気づく。
意識を持っていくと・・・
『生理:行動能力99%減少』
の文字。
!
もしかして!
咄嗟に念じる。
『バッドステータス生理を治しますか?』
「YES!」
思わず、叫んでしまった。慌てて意味もなく口を押えてみたけど・・・
どうやら誰かが来る気配はない。
そうして様子を窺っているうちに気づいた。
「お腹が痛くない・・・」
ステータスを確認すると生理は消え、精神力が100に減っていた。
助かった・・・
最後の村で品種改良やら土壌改良してたら精神力が足らなくなってたよ・・・
安心したら眠くなったのでそのまま寝ることにした。
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夜が更ける頃、ようやく城から医師が到着したと起こされる。
見れば、禿頭の男性が汗を浮かべ肩を上下させながら宇佐美殿と一緒に座っていた。
「ご足労、ありがとうございます。ですが、私はもう直りましたのでお構いなくお願いします」
既に何ともないことをアピールする為に身体を起こしてお辞儀をしてみせる。
「え? あの、いや・・・月のものは数日は続くものですが・・・」
「薬師如来様に必死にお願いをしましたら治していただけました」
明らかに狼狽する医師に私はにこやかに告げた。
そんな医師に対して宇佐美殿はと言うと、少し身を乗り出して私の顔色を窺ってから感心したようなため息をついた。
「確かに顔色もようございますな。お休みになられる前は、今にもお亡くなりになりそうなほどでしたのに」
そこまで酷かったのか。
「では、血の方もおとまりになられてるのでございましょうか?」
「はい。もう履物を汚す心配もありません」
確認を取る医師にきっぱりと言う。
「しかし、薬師如来様のご加護とは・・・そのお力、ご自身の病以外も癒せるのでしょうか?」
「さて? 試したことがございませんが、按摩では効力を発揮しているようですね」
「景虎様の按摩は確かに凄まじい効果がありますぞ。目の疲れから、肩や腰の痛みまでやんわりと取り除いてくれるのじゃ」
宇佐美殿は自ら体験した感想を嬉々として語りだした。
やれ、食欲が出たとか、便通が良くなっただとか、遂には5年は若返った気がするとまで言い出した。
いや、流石にそこまでの効果はない。
「では、後日、私が診ている患者達を診ては貰えないでしょうか?」
そうだね、色々試すのは悪い事じゃない。
晴景兄上が病に倒れた時に救える可能性もあるかもしれない。
「わかりました。その患者さんを何名か、春日山城に連れてきてください」
「おお! ありがとう存じます!」
喜色満面の医師に私は苦笑する。
治るかどうかは未知数なのだ。
期待が大きければ、失敗した時の落胆も大きくなる。
その辺を釘を刺しておいたけど、何処まで効果があったのやら。
取り合えず、今日はもう遅いということで、医師もこの村で寝るところを提供して貰うことになった。
因みに現在のステータスを確認してみたところ生命力は減ったまま、体力は992に回復、精神力が400だった。
あれ? 睡眠をとったけど完全回復してない。
もしかすると瞑想と同じで睡眠時間で回復する量が決まってるのかもしれない。
そう考えながら朝までゆっくりと眠ることにした。
鶏の鳴き声で目を覚ました私は早速ステータスで精神力の値を見てみたが、700だった。
感覚的に1時間の睡眠で100位回復すると判断する。
「おはようございます。景虎様」
「ああ、おはよう、宇佐美殿」
「お召し物はこちらに用意いたしました。村長が朝餉を用意してくれておるので、お着替えがお済み次第いらっしゃられませ」
「そうですか、聞き忘れていたのですが、他の皆はどうしているのでしょう?」
「それぞれ、他の村人の住居に厄介になっておりまする」
うぇ。警備の兵を含め30人は居たはずなのに・・・村にとっては手痛い出費じゃないかな。
村の名を聞いた所、どうやら予定の最後の村らしいから、神通力を大盤振る舞いしようか・・・
色々と面倒をかけたからね。
そう決めて、種籾20俵と田んぼの肥沃度を5反ほど上げて恩返しをしたのであった。




