クローディア・ヴァレンタイン
『――というわけで皆さーん! 今日も第15層から生配信お届けしてまーす!』
スマートフォンの画面越しに、プロ探索者兼トップストリーマー・水無瀬マリンの明るい声が響く。
同時接続者数はすでに十万人を突破し、コメント欄は凄まじい速度で流れていた。
『もちろん、今日の裏目標もブレませんよ! 私の命の恩人……あの美しき救世主、【翠光の仮面】様の手がかり捜索です! リスナーの皆、何か新しい目撃情報あったらドシドシ教えてねー!』
《マリンちゃん今日も推し活乙ww》
《翠光様マジで何者なんだろ》
《目撃情報少なすぎるんだよなー》
《どこ住み? 年齢は? マジで詳細知りたい》
生徒会室のデスクで、生徒会長・神薙氷華はその配信画面をじっと見つめていた。
普段の冷静沈着な表情とは裏腹に、その青銀の瞳は熱っぽく潤んでいる。
(……ふふ、皆さんいくら探しても無駄ですよ)
氷華の脳裏に、先日の合同実習で絶体絶命の危機を救ってくれたあの神々しい姿が鮮明に蘇る。
あの時は興奮と感動のあまり意識が朦朧としていたが、記憶を何度も反芻するうちに、ひとつの決定的な事実に気がついていた。
あの日、助けに現れた翠光様は、いつも身につけているはずのマントを羽織っていなかった。
そして――身に纏っていたのは、間違いなくこの学園の女子制服だったのだ。
(翠光様は……この学園の女生徒……っ!)
あの一瞬は配信ドローンもなく、目撃者は自分ひとりだけ。
世間の誰も知らない、世界で自分だけが知る翠光様の秘密。
(必ず見つけ出してみせます……! 私の手で、貴方の正体を……!)
氷華は胸の前でぎゅっと両手を握りしめ、かつてない使命感と高揚感に頬を上気させていた。
◇
「……ぶるっ!?」
「ん? どうしたんすかノアちゃん、急に震えちゃって」
学食のテーブルで、リノが不思議そうに首を傾げた。
「いや……なんか今、背筋に強烈な寒気が走ったような気がして……」
「風邪ですかぁ? 先輩、夜々の温かいスープ飲むですぅ?」
「あはは、ありがとう夜々ちゃん。大丈夫だよ」
僕が苦笑いしながらスプーンを進めていた、その時だった。
「おいテメェ! 配信に俺たちの顔を勝手に映すんじゃねえよ!」
「あぁ!? なんだよ、学食は公共のスペースだろ! 撮影禁止ルールなんてねえよ!」
ガタンッ! と大きな物音が響き、学食の通路側で生徒同士の怒号が飛び交った。
見れば、スマートフォンを三脚につけて雑談配信をしていた男子生徒と、それに文句をつけた男子生徒が胸倉を掴み合い、一触即発の空気になっている。
「うわぁ、また揉めてるっす……」
「ひゃぅ……こ、怖いですぅ……」
周囲の生徒たちが遠巻きに見守る中、僕は小さく息をついた。
「……ちょっと止めてくるね」
僕が席を立ち、仲裁に入ろうと一歩踏み出した――その瞬間。
すっと、僕の小柄な頭上を巨大な影が覆った。
「――そこまでにしておきな、お前たち」
低く、だが驚くほど芯の通った快活な女声が響き渡る。
二人の生徒の間に割り込んだのは、背丈ほどもある超重量級の大剣を背負った、長身の女子生徒だった。
鍛え上げられたしなやかな肉体と、凛々しい顔立ち。土の魔力を微かに帯びた琥珀色の瞳が、揉め合う二人をカラリと見下ろす。
3年Aクラス、クローディア・ヴァレンタイン。
先日の合同実習で3位にランクインした、学園屈指の地属性大剣士だった。
「あ、く……クローディア先輩……!」
「配信で楽しくやるのは勝手だが、嫌がる奴を無理に映すのはただの野暮だ。文句を言う側も、いきなり胸倉掴むたぁ喧嘩っ早すぎるだろ? ほら、互いに非を認めて握手しな。これ以上騒ぐなら、アタシがまとめて裏の訓練場で稽古つけてやるよ?」
クローディアがニッと白い歯を見せて笑うと、二人の生徒はヒッと息を呑み、慌てて頭を下げ合った。
「す、すみませんでした!」
「俺も、言い過ぎました……!」
竹を割ったような見事な仲裁に、学食の空気が一気に和らぎ、周囲から小さな拍手が起こる。
「ふぅ……良かった。先輩が収めてくれたみたいだね」
僕が胸を撫で下ろし、リノや夜々と共にトレイを持って学食を後にしようと背を向けた、その時。
ガシッ。
「……えっ?」
背後から、僕の細い肩を強い力でガッシリと掴まれた。
「おい、そこの銀髪の小さなお嬢さん」
振り返ると、大剣を背負ったクローディアが、琥珀色の瞳を爛々と輝かせながら僕の顔をまじまじと見下ろしていた。
「アンタが先日の実習で1位をかっさらった、支援科Dクラスのノアだな? ……ちょっとアタシと、お話しないかい?」
「……え゛っ?」




