その23 「二度目の運命の日」
だが――。
現実は、そんなに甘くなかった。
「ぐっ……!」
ザインの盾に、魔王ヴァルゼインの大剣が叩きつけられる。
ガァァン!
「まだ……まだだ!」
ザインは歯を食いしばり、盾を構え続ける。
何度目の攻撃だっただろう。
魔王の大剣を受けるたび、盾には無数の亀裂が走っていた。
「ザイン!」
レインが叫ぶ。
「まだ大丈夫です!」
「嘘つけ!」
ノンナが叫びながら魔王へ殴りかかる。
その瞬間――。
「邪魔だ」
魔王の腕が振り抜かれた。
「ぐあっ!」
ノンナの身体が吹き飛ばされる。
「ノンナ!」
私が叫ぶ。
だが、その一瞬の隙に魔王がザインへ迫った。
「これで、盾も終わりだ」
「っ!」
大剣が振り下ろされる。
「ザイン!」
ガシャァァァン!
耳をつんざくような音が響いた。
ザインの盾が砕け、吹っ飛ばされた。
長い間、私たちを守り続けてくれた盾。
それが、いくつもの破片となって床へ落ちていく。
「ザイン!」
私とレインが叫んだ。
その瞬間からだった。
私たちの戦いが、大きく変わった。
今までならザインが受け止めてくれていた攻撃。
それを、避けなければならない。
一度でも判断を間違えれば、致命傷になる。
そして、戦線に復帰したノンナがすぐに脱落した。
「ぐっ……!」
ノンナが魔王の攻撃をまともに受けた。
「ノンナ!」
ノンナは吹っ飛ばされた。
すぐに立ち上がれない。
私は駆け寄って回復しようとした。
「リサ!」
エレナの叫びで、足を止める。
魔王がこちらを見ていた。
「余所見をするな、聖女」
「――っ!」
私は慌てて杖を構えた。
エレナが魔王の前に立つ。
「二人は大丈夫だ!」
エレナはクラウ・ソラを握り締める。
その身体には、無数の傷が刻まれていた。
それでも立っている。
「エレナ……」
その言葉を聞いて、私はエレナを回復させることにした。
「……わかった」
私はレインと共にエレナを援護する。
「癒光!」
エレナの傷を癒す。
「ありがとう!」
「サンダーレイン!」
レインの雨のように降りそそぐ雷魔法。
「はぁぁぁ!」
その隙にエレナが斬り込む。
三人で、何度も何度も何度も――。
斬って、避けて、魔法を放って、傷を癒して、また斬る。
どれだけ時間が経ったのか、もう分からなかった。
魔王の間には、魔法が炸裂する音と金属音だけが響き続けていた。
「はぁ……はぁ……」
エレナの呼吸が荒い。
「もう少し……!」
「エレナ、無理しないで!」
「まだだ……!」
私は回復魔法を使い続ける。
だが、私の魔力も少しずつ減っていた。
レインも同じだった。
「リサ……」
「ええ……分かってる」
魔王も傷だらけだった。
再生能力にも限界があるのか、以前ほど傷がすぐには塞がらなくなっている。
確実にダメージは与えている。
それでも――。
「まだ……立ってる……」
レインが呟く。
私たちの目の前には、血を流しながらも立ち続ける魔王がいた。
そして私たちもまた、もう限界に近づいていた。
それでもエレナは、クラウ・ソラを握り続けていた。
「……絶対勝つ」
小さく呟く。
私はエレナの背中を見つめた。
血と炎に呑まれた魔王城の最奥。
私たちは、最後の死闘を続けていた。
魔王ヴァルゼインが立っているだけで、空気が重くなる。
剣が振り下ろされるたびに床がひび割れ、石柱が粉々に砕け散る。
私たちは身を捻り、致命傷だけを避ける。
そして、その隙を見つけて反撃を叩き込む。
だが――。
ガキィン!
クラウ・ソラの刃が、漆黒の甲冑に阻まれる。
「無駄だ、勇者」
魔王の低い声が響く。
「汝らの足掻きなど、我の前では塵に等しい」
黒い魔力の奔流が放たれた。
空気が裂け、床石を噛み砕きながら迫ってくる。
「くっ……!」
エレナはクラウ・ソラを盾のように掲げ、全身の魔力を注ぎ込んだ。
私とレインも魔法障壁を展開する。
だが――。
ズォォォォ!
「ぐっ……!」
衝撃が骨の奥まで突き刺さる。
視界が白く弾けた。
私は膝をつきそうになる。
限界が近い。
視界の隅には、傷だらけのエレナとレイン。
そして――倒れた仲間が二人。
ザインもノンナも、もう立ち上がることすらできない。
みんな、体力も魔力も底をついていた。
「それでも……私は――」
エレナが呟く。
その言葉を断ち切るように、魔王が嗤った。
「愚か者よ」
漆黒の巨大な刃が、稲妻のような速さで私の頭上へ振り下ろされる。
「――っ!」
ガキィィィン!
エレナは渾身の力で受け止めた。
「エレナ!」
膝が砕けそうになる。
「くぅぅっ!」
歯を食いしばり、必死に耐える。
魔王の力は、想像を遥かに超えていた。
一瞬でも力を抜けば、やられる。
剣と剣が噛み合い、金属が悲鳴を上げる。
黒剣から放たれた闇の瘴気がエレナの腕を這い上がり、その皮膚を焼いていく。
「ぐっ……!」
鼻を突く血と鉄の匂い。
視界が揺らぐ。
それでも――。
「まだ……まだだ!」
エレナは剣を押し返した。
魔王の瞳が、僅かに細められる。
地面が悲鳴を上げるように沈んだ。
「リサ……!」
レインの声。
「分かってる……!」
私ももう、魔力がほとんど残っていない。
それでも杖を握り直した。
私たちに残された手段は、一つしかない。
「レイン……あれをやるわ」
「……ええ」
レインが頷く。
私たちは互いに目を合わせた。
言葉は必要なかった。
「今よ、リサ!」
「女神アルカナよ――」
私は杖を掲げる。
「我が願いは炎神の顕現!」
赤黒い魔力が渦巻き始める。
「焼き尽くす炎を、今ここに――!」
魔力が爆発する。
「――『炎神王召喚』!」
炎の奔流から、一体の巨人が姿を現した。
鎧を纏い、炎を王冠のように纏った巨人。
炎神王。
私が使える攻撃魔法の中でも、最大の一撃。
『ウォォォォォ!!』
その咆哮だけで空気が焼ける。
「暴風の王!」
同時にレインが杖を突き出した。
大気が悲鳴を上げる。
巨大な竜巻が発生し、魔王を飲み込むように立ち上がった。
「なに……!」
魔王が初めて明確な驚きを見せる。
竜巻が天井まで届き、石畳を抉り、崩れた城壁を巻き上げる。
そして――。
炎神王が、その暴風へと飛び込んだ。
炎が風を喰らう。
風が炎を煽る。
二つの魔法が混ざり合い、巨大な炎の竜巻へと変わっていく。
「お、おおおおおおおお!」
魔王の咆哮が響く。
「おのれ……小癪な……ッ!」
視界が紅蓮に染まる。
魔王の巨体すら、炎の向こうへ消えていく。
「エレナ!」
渦の向こうからレインの声が響いた。
「今しかない!」
エレナがクラウ・ソラを握り直す。
残された魔力。
体力。
そのすべてを、剣へ注ぎ込む。
白い刃が震える。
淡い光が、徐々に強くなる。
「この一撃に……」
エレナが炎の竜巻を睨む。
「すべてを賭ける!」
そして――。
炎の中へ踏み込んだ。
「――ハァァァァァッ!」
クラウ・ソラが振り下ろされる。
炎と風が刃へ絡みつく。
一瞬。
真っ白な閃光が走った。
硬い感触。
その向こう側へ、刃が食い込んでいく。
そして――。
肉を断つ感触。
「……ば、かな……」
魔王ヴァルゼインの声。
赤黒い飛沫が舞う。
「この……我が……」
巨体が大きく揺れる。
そして――。
ドォン……。
魔王が膝をついた。
握っていた大剣が手から滑り落ち、床へ転がる。
カラン……。
広間に、小さな金属音だけが響いた。
静寂。
誰も声を出さなかった。
誰も動かなかった。
やがて――。
「……勝った」
エレナが呟いた。
「私たち……勝ったんだ……」
数百年にも及んだ魔王の支配。
それを――。
ついに終わらせた。
崩れた天井の隙間から、光が差し込んでくる。
その光が、エレナの白銀の髪を照らした。
「これで……やっと……」
レインが杖を支えにして立ち上がる。
「これで……やっと……平和に……」
力が抜けたのか、その場に尻餅をついた。
涙が頬を伝っている。
ノンナとザインも肩を組んで立ち上がる。
私も目を閉じた。
浮かんできたのは――養父母。
そして、あの村で一緒に暮らした人たち。
子供たち。
もう二度と会えない、大切な人たち。
私は胸の前で手を合わせる。
「……みんな」
私の声が震えた。
「終わったよ……」
その隣で、エレナも魔王の亡骸を見つめていた。
「お父様……」
静かな声だった。
「お母様……」
一つ一つ、名前を呼ぶように。
「お兄様たち……」
そして――。
「私は……仇を討ちました……」
エレナの目から涙が落ちた。
その姿を見ながら、私は思った。
――終わった。
これで、全てが終わったのだ。
そう思った。
その瞬間だった。
「――え?」
胸の奥に、何かが走った。
ズキン。
鋭い痛み。
「……っ」
私は胸を押さえる。
頭の奥が熱くなる。
何かが――。
何かが、開こうとしている。
目の前の景色が歪む。
魔王城ではない。
違う。
ここじゃない。
知らない場所。
知らない部屋。
知らない人たち。
それなのに――。
私は知っている。
「……なに……これ……」
次々と映像が流れ込んでくる。
誰かの声。
笑い声。
泣き声。
温かな手。
小さな手。
私を呼ぶ声。
――リサ。
――姉ちゃん。
――母さん。
――父さん。
「……っ!」
頭を抱える。
記憶が、私の中へ流れ込んでくる。
忘れていたのではない。
ずっと――。
ずっと、そこにあった。
ただ、封をして忘れていただけ。
最後の記憶が、私の中へ流れ込んだ。
私は――。
私は、この世界に来る前。
誰だったのか。
何者だったのか。
そして――。
私の目から、一粒の涙がこぼれた。
魔王を倒した瞬間、私の真の物語が、ようやく始まった。
読者の皆様、いつもありがとうございます。
次話は8/30日曜日22時に公開予定です。
引き続き宜しくお願い申し上げます。
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