↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
173/246

その16 「地下の大穴」

伝書鳩を放ったその日の夕刻。


里は穏やかだった。


だが、私の胸の奥には、小さな棘のような違和感が残っていた。


アスラ。


いや、先輩勇者アルス。


彼は何かを隠している。


確信に近い予感だった。


地下から残火の里へ戻るときに、ずっと壁を気にしていたからだ。


私は彼を呼び出し、再び地下へ降りた。


あの戦いの跡がまだ生々しく残る空間。


砕けた岩盤。


抉れた床。


静まり返った空気。


「アルス、単刀直入に聞く」


私は振り返らずに言った。


「何か隠していることがあるだろ」


「おいおい、今の俺はアスラだぜ?寝ぼけちゃったか?」


軽い口調。


「ここでは二人きりだ。アルスでいいだろ?」


「おいおい、二人きりとか言うなよ。俺を口説きたいのか?」


振り返る。


視線をぶつける。


「はぐらかすって事は、あるんだな?」


数秒の沈黙。


アルスは肩をすくめ、ため息をついた。


「……やれやれ」


いつもの軽さが、少しだけ薄れていた。


「エレナは、勘が鋭いよな」


「やっぱりあるんだな」


一歩、近づく。


「重要な事なんだろ?」


「……」


「話せない事なのか?」


アルスは壁へ視線を向けた。


戦いの余波で亀裂の入った、あの奥の壁だ。


「俺もな……いつ話そうか悩んでた」


低い声。


「このまま黙っておいたほうがと考えてた」


「……なんなんだよ」


私は腕を組む。


アルスはゆっくりと壁を指差した。


「そこの壁、壊すと奥に続いているって話したよな?」


「あぁ、覚えてる」


「その先の、更に奥――」


一瞬、間を置く。


「西方の守護者、白龍が眠っている」


「は?」


思わず声が裏返った。


「なんだって!?」


「白龍だよ」


「聞こえてる!何でこんなところに!?」


アルスは静かに目を細める。


「俺との約束さ」


地下空間の空気が、ひやりと冷えた気がした。


アルスは、淡々と語り始めた。


魔王撃退後。


荒れ果てた世界。


行き場を失った人々。


崖の上には何もなかった。


だが彼は、一冊の古びた書物を読んだという。


――西の地の地下深く。


――年中春のような気候の広大な空間。


半ば伝説のような記述。


だがアルスは、それを信じた。


「村を作ろうと思った」


静かな声。


「戦いが終わった後も、生きる場所が必要だったし、いつか船で義国へ渡ろうと思っていた」


入口を見つけ、地下へ降りた。


そこは本当に暖かかった。


地熱が満ちる巨大空洞。


外界とは切り離された、別世界。


数ヶ月もすると、これまで出会った仲間達が人々を連れてやって来た。


家を建て、農地を開き、井戸を掘り、“残火の里”は生まれた。


だが、ある日。


さらに奥へ続く洞窟を発見する。


「それが……ここか?」


「そうだ」


宝か、鉱脈か、資源か。


未来のためになる何かがあるかもしれない。


アルスは隊長となり、仲間数人を率いて探索した。


そして――


「奥の奥で、出くわした」


松明の火が、ふっと揺れる。


「白龍に」


空気が凍るような沈黙。


「探索は失敗だった」


白龍の氷は、絶対だった。


息をするだけで肺が凍る。


剣は凍りつき、地面は瞬時に氷原へと変わる。


「多くの仲間を、そこで失った」


アルスの目が、わずかに伏せられる。


「俺も死にかけたよ」


だが。


「なんとか一太刀入れた」


人間風情が、龍に傷を与えた。


その瞬間、戦いは止まった。


白龍が笑ったのだという。


――『うぬは人間風情だが、我に手傷を与えた』


――『長く生きてきて初めてのことだ』


――『褒めてやる』


そして、取引を持ちかけられた。


『もう、うぬらに手は出さん。その代わり――ここで眠らせてほしい』


「眠る……?」


私は呟く。


白龍は、かつて空を自由に飛び回っていた。


だがその膨大な魔力と氷の力は、制御が難しかった。


飛ぶだけで、山を凍らせ。


息を吐くだけで、川を封じる。


人も、森も、景色も、凍りつかせてしまった。


「それが嫌になったらしい」


千年前。


この地下空間を見つけ、引きこもった。


本来なら地熱で灼熱のはずの空間。


だが白龍の存在が、奇跡的な均衡を生んだ。


熱と氷。


拮抗。


その結果、偶然に人が住める環境が生まれた。


「俺にとっても都合がよかった」


アルスは笑う。


「里は守られる。白龍は眠れる。Win-Winだろ?」


「……軽く言うなぁ」


私は息を吐く。


「だから隠してたのか?」


「白龍は、ゆっくり寝ていたいそうだ」


静かな声。


「俺たちが一度、邪魔してしまった」


「だから、せめてもの詫びさ」


地下の奥。


岩の向こう。


千年を生きた氷の龍が眠っている。


私は腕を組んだ。


「……なるほどな」


納得はした。


偶然とは思えない出会いだ。


地下空間の空気が、微かに冷えた。


奥から、ほんの一瞬。


風のような、吐息のような冷気が流れた気がした。


「……起きてないよな?」


「さぁな」


アルスがニヤリと笑う。


「かなり奥深くだから大丈夫とは思うがーーエレナ、お前が騒ぐから、彼女は寝返り打ったかもな」


私は睨み、声を上げる。


「は?彼女ってことは?」


「白龍はメスだ」


さらっと言うな。


「状況はわかった。でも、それだけじゃないだろ?」


アルスが「えっ」と間抜けな声を出す。


その反応で確信した。


「赤龍や蒼龍を知ってる私に、白龍を隠す意味はないからな」


私は腕を組み、じっと見据える。


「話せ、アルス。話せば夕飯抜きはやめてやる」


「夕飯抜きとか、子供じゃあるまいし……」


「じゃあ、抜きだな」


「いやいやいや待て待て!夕飯は食べたいぞ!?育ち盛りなんだ!」


小さくなった体で必死に抗議する姿が少し面白い。


「じゃあ、話せ」


観念したように肩を落とすアルス。


「……わかったよ」


そして、低い声で続けた。


「白龍の眠る場所から、さらに奥に進める」


「奥?」


「大きな大穴がある」


私は息を呑む。


「そこから……恐らく魔界に繋がっている」


「魔界に!?マジか?」


思わず一歩踏み出す。


アルスは真顔で頷いた。


「白龍が言うにはな……あの穴の底から、異様に濃い魔素を感じるそうだ」


濃い魔素。


それは、魔界特有の濁った奔流と思われる。


私は無意識に喉を鳴らした。


「アルスは行ったことないのか?」


「俺か?」


肩をすくめる。


「里を作るのに忙しかったからな。白龍と別れて、それっきりだ」


「……なぜ隠した?」


アルスは一瞬、視線を逸らした。


「確実性に乏しいからだ」


「?」


「白龍の感覚頼りだ。俺自身が見たわけじゃない」


淡々と続ける。


「無駄足になる可能性もある。時間を浪費するかもしれん」


「効率が悪い、か」


「あぁ」


なるほど、と思う。


それはアルスらしい。


効率重視、結果を求める勇者。


だが――


私は鼻で笑った。


「そこに魔界があるとかないとか、どうでもいいんだよ」


アルスが目を丸くする。


「冒険者はな、冒険するのが仕事なんだ」


胸を張る。


「行って、確かめる。何があるか、何がないか、それを調べるのが冒険だ」


「……なるほど」


アルスがじっと私を見る。


「エレナは、そういう考えなんだな」


「アルスにはわからないのか?」


「知っての通り、俺は効率を求める」


即答だった。


やっぱり、違う。


同じ“勇者”でも、見ている景色が違う。


アルスは“均衡”を作ろうとした。


私は“未来”を作ろうとしている。


方法は似ているようで、まるで違う。


「じゃあ……エレナはそこへ行きたいのか?」


静かな問い。


私は即答した。


「あぁ、もちろんだ!」


胸の奥が熱い。


未知。


魔界に繋がるかもしれない穴。


それが本当なら地上と魔界を繋ぐ、もう一つの道になる。


戦争の道かもしれない。


だが、和平の道になる可能性だってある。


アルスは小さく息を吐いた。


「やれやれ……」


「止めないのか?」


「止めても行くだろ?」


「そうだな」


即答。


アルスは苦笑する。


「だったら同行するさ。放っておいたら何をやらかすかわからん」


「おい」


「だが条件がある」


アルスが真剣な目になる。


「白龍を起こすな。あいつは眠りたがっている」


「わかった」


私は頷いた。


奥へ。


白龍のさらに奥へ。


地下深く。


魔界へと続くかもしれない大穴。


胸が高鳴る。


恐怖ではない。


高揚だ。


そして、確かめたいこともある。


だが今は、一人の冒険者として。


「よし、決まりだな」


アルスが尻尾を揺らす。


「久しぶりに冒険らしいことをするか」


地下の奥から、かすかな冷気が流れてきた。


その向こうに何があるのか。


私は笑った。


「楽しみだよ、アルス」


私たちは、未知へと足を踏み出すことになった。

読者の皆様、いつもありがとうございます。

次話は5/3日曜日22時に公開予定です。

引き続き宜しくお願い申し上げます。

少しでも「面白い」と思って頂けましたら、ブックマークをよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。