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その6 「十歳/お父様からの提案」

 異世界に転生して早五年が経過し、私は十歳となった。

 この五年間、一日たりとも前の世界の家族を思い出さなかった日はない。

 けれど、元の世界に戻る方法も、その手がかりすらも分からない以上、私はこの世界で生きていくと決めた。そう決めたからには、生き抜く力を手に入れるしかない。

 最初は興味本位だった魔法の修行も、今ではこの世界で生きて行くために必要だと考えている。


 剣術も学ぶことになった。

 剣術を学び始めたのは七歳の頃で、リリサの提案だった。


 「魔法が上達していく一方で、エレナ様の身のこなしにやや未熟な点が見受けられます」


 「身のこなし?」


 「はい。魔法の詠唱中や集中時に、身体が硬直してしまう傾向がございます。いざというときの危機回避の経験として、剣術の習得が有効かと……」


 なるほど、たしかに私は魔法を使う時に集中していて周りのことにはあまり気を配っていないな。

 

 「いいね、剣術!やってみたい」


 彼女いわく、私は不測の事態に弱く、とっさの判断が遅れがちだという。

 

 (日本で危険なことに陥る事なんてあり得ないからね。身のこなしなんて考えた事もない)


 この世界には、魔王軍なんてのがいる危険なところ。

 だからこそ、どんな状況でも瞬時に動ける判断力と身体を鍛えておくべきだという事だ。

 リリサが父様に掛け合い、私は領内の騎士団に混じって剣術の訓練を受けることになった。ただし、膂力変換魔法はあれからずっと使用禁止。


 (たまにリリサに内緒で練習してるんだけどね)


 魔術の修行は、リリサからの個人指導。

 剣術は、三兄のギルバート兄様と騎士団の面々が手取り足取り教えてくれた。


 今では、一対多数の訓練も始まっている。最初は翻弄されるばかりだったが、少しずつ団員の動きを読み、攻撃をかわして立ち回れるようになってきた。

 戦いの中で、呼吸の合わせ方や足の運び――そういったものが、ほんのわずかずつ、身体に馴染んでいくのを感じる。


 そんなある日。

 父様から、ある提案がされたのだった――。


 「エレナ、明後日と急な話だが、近くの森へ騎士団の魔物調査に同行してみないか?」


 近隣の森で最近、魔物の数が増えているらしい。

 騎士団は領地の守りの要となるため、本来ならば冒険者を雇って調査をするような案件だが、今回は私の訓練も兼ねるということで、父様とギルバート兄様、そして騎士団の精鋭7名が同行してくれるそうだ。


 「いいか、エレナ。力がついたからといって、決して過信してはいけない。お前はまだ外の世界を知らない。これは、いい経験になるだろう」


 父の厳しい目が、私の胸を少しだけ引き締める。


 「わかりました、お父様」


 力試しを外でしてみたいと思っていたのでちょうどいい。父様と兄様に教えてもらえるチャンスだ。


 その夜、寝支度を整えている私のそばで、メイドのリリサがふと口を開く。


 「森では、得意の火属性魔法をむやみに放ってはいけません。周囲を燃やしてしまいますからね。それと、洞窟に入ることなったとしても、火属性は特に気をつけて下さい。酸欠を起こします。洞窟内では長剣は役に立ちません。短い物が良いです――よく考えて使うように心がけてくださいね」


 (……どうしてリリサは、そんなことまで詳しいのだろう?)


 胸の中で疑問が湧きかけたけれど、それ以上は聞かなかった。


 翌日は軽めの勉強と魔法の訓練をこなし、夕飯をしっかり食べて早めに床についた。


 ――けれど、なかなか寝つけなかった。胸の奥がわくわくして、まるで遠足を待ちきれない子供のように。


 (精神年齢は50歳になるんだけど…)



 翌朝――。


 朝焼けが屋敷の屋根を染め始めた頃、リリサが部屋にそっと入ってきた。


 「エレナ様、起きる時間ですよ」


 目をこすりながら起き上がり、支度を整え、朝食をしっかり取った後、リリサとともに練兵場へ向かう。


 屋敷の階段を降りると、玄関の間に母様が立っていた。


 「エレナ、ちょっといいかしら」


 母様が何やら神妙な面持ちで話しかけてきた。


 「はい、お母様」

 私は走って母様の側に行った。

 リリサは少し後ろにいる。


 「エレナ、今日はブレイジング家の三女として、重要な日です。危険な外の世界を知る機会です。お父様とギルバートの言う事をよく聞きなさい」


「はい、お母様」


 いつもは冷静なお母様だが、心配そうに頭を撫でてくれた。


 「貴族の女でも、生きていくためにある程度の力があって良いとブレイジング家では考えています。貴方の兄三人はもちろん、姉二人も同じように剣術や魔術を習わせて、外の世界を知るために同行させた事はあります。貴方も頑張りなさい。」


 そう言うと母様は真っ赤な宝石のついたアクセサリーを私にくれた。


 「これは大変希少な転移のアイテムです。恐らく世界に二つとないでしょう。私が両親から貰いました。使う事がありませんでしたが、二回だけ、今いる地から自身が行った事のある一番遠い地に転移できます。」


 アイテムの説明をすると私の首に優しくかけてくれた。

 たしか、祖父母は王都で商人をしていたと聞いた事があるな。私が生まれる前に二人とも病で亡くなられたそうだ。


 「遠い地に行ってしまうと貴方が困るでしょうから、私が魔力を込めました。魔力を込めた人間が生きている場合は、その者の側に転移します。」


 そんなすごいアイテムを私なんかに渡していいのだろうか。勿体無い気がする。

 だが、子を持つ親の気持ちはわかるつもりだ。


 「お母様、ありがとうございます。必ず無事に帰ってきます。」


 「宝石に魔力を込めて叩くとアイテムが発動します。貴方は強い子だから大丈夫。怪我のないように頑張りなさい」


 そう言うと、私の頬を撫でてくれて、母様は奥の部屋に行ってしまわれた。

 一瞬、母様の後ろ姿に何か威圧感のような物を感じた。


 「ねぇねぇ、リリサ、これすごくない?」


 側にいたリリサにアイテムを見せびらかした。


 「エレナ様、どうか無くされないように」


 何か私がすぐに物を無くすような言い方で不満だが、私は軽く頷いてアイテムを首にかけたまま胸ポケットに締まい、リリサと2人で練兵場に向かった。

 第2章その6は如何だったでしょうか。

 エレナは初めて領内から出る事になります。

 それが魔物調査という事ですが、ある事件が起こります。果たしてエレナは無事に屋敷に帰る事ができるのでしょうかーー!?


 次話は2025/7/10木曜日22時更新予定です。


 暖かく見守って頂けますと幸いです。

 少しでも「面白い」「続きが気になる」と思われましたら下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けますと嬉しいです。

 "感想".ブックマーク"お気に入り"もよろしくお願い致します。

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