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その5 「五歳/魔法の修行」

 この世界に魔法が存在すると知ったとき、私は強く思った。


 ――使ってみたい。


 ただの憧れではない。


 前世では、魔法は画面の向こう側の力だった。

 漫画やゲームの中で、主人公が叫び、光が爆ぜ、敵を打ち倒す――そんな空想の産物。


 けれど、この世界では違う。


 火は生まれ、風は集まり、水は従う。


 ならば、挑戦しない理由はない。


 ある日の夕食後。

 長い食卓の上には銀の燭台が並び、揺れる炎が父と母の横顔を柔らかく照らしていた。


 私は深く息を吸い、背筋を伸ばす。


 「お父様、お母様。お願いがあります」


 二人の視線が私に向く。


 「魔法の修行がしたいのですが!」


 一瞬、静寂が落ちた。


 父様がわずかに目を見開き、母様も驚いたように瞬きをする。


 だが――すぐに、二人とも笑った。


 「ほう……」


 父様は顎に手を当て、私を見つめる。


 「よいぞ。だが条件がある」


 私は思わず身を乗り出した。


 「安全な場所で行うこと。無理をしないこと。そして――信頼できる者の指導の下で行うこと。よいな?」


 声音は穏やかだが、そこには当主としての厳しさがあった。


 「はい!」


 私はすぐに頷く。


 「それでは、リリサにお願いしようと思っております」


 父様の口元がわずかに緩む。


 「ほう、リリサか。あの子は魔法が上手い。礼儀も心得ている。よく教えてもらいなさい」


 「はい!」


 母様が静かに言葉を添える。


 「エレナ、始めるからには中途半端にしてはなりませんよ」


 その手が、私の頭を優しく撫でる。


 ――ああ。


 精神年齢は私の方が上のはずなのに。


 どうして撫でられると、こんなにも安心するのだろう。


 前世で、もう二度と感じられないと思っていた温もりに似ている。


 胸の奥が、じんわりと温かくなった。


 「はいっ! お母様、がんばります!」


 思わず声が弾む。


 父様が満足げに頷いた。


 「エレナも少しずつ成長しているな。魔法も剣も、やっておいて損はない。備えあれば憂いなしだ」


 認められた。


 そう感じた瞬間、背筋が自然と伸びた。


 ――この人たちに恥じない娘でいたい。


 ふと、以前から気になっていたことが胸をよぎる。


 私は少し迷ってから、口を開いた。


  「……お父様、お母様。お聞きしてもよろしいですか?」


 「父に答えられることなら、何でも聞きなさい」


 私は身を乗り出し、期待に満ちた目で二人を見つめた。


 「お父様とお母様の馴れ初めって……王都でも有名な物語だと聞いています。どんなお話なんですか?」


 その瞬間。


 空気が、止まった。


 父様の手がぴたりと止まり、母様の紅茶を持つ指先がわずかに揺れる。


 沈黙。


 ……ほんの数秒なのに、やけに長く感じる。


 やがて父様が、わざとらしく咳払いをした。


 「……こほん」


 そして視線を逸らす。


 母様も、ほんのり頬を染めているように見えた。


 「あら……そんな昔のお話を、どうして急に?」


 声はいつも通り穏やかだが、どこか落ち着きがない。


 父様が低い声で言う。


 「食事中にするような話ではないな」


 ……いや、絶対そういう理由じゃない。


 「……食事が終わったなら、部屋へ戻りなさい」


 声音はいつもより少しだけ硬い。


 でも、さっきのような冷たさはない。


 どちらかというと――


 照れ隠しだ。


 「……あっ、はい」


 私は素直に返事をする。


 けれど、立ち上がる前にちらりと母様を見る。


 母様は視線を逸らしながらも、口元に笑みを浮かべていた。


 その横顔はどこかくすぐったそうで、ほんのり頬が赤い。


 父様も、グラスを持ったまま妙に姿勢を正している。


 ……ああ、これは。


 (絶対、甘い話だ)


 戦場での出会いかもしれないし、王都での劇的な邂逅かもしれない。


 でもきっと――


 「有名な物語」と呼ばれるくらいには、少し大げさで。


 そして当人たちにとっては、思い出すと気恥ずかしい類の話なのだろう。


 私は小さく笑った。


 (これは、いつか絶対に聞き出す)


 きっとそのとき、父様はまた咳払いをして。


 母様は困ったように微笑むのだ。


 それを想像しただけで、なんだか胸が温かくなった。




 翌朝、私は早速、屋敷で一番信頼のおける人物に声をかけた。


 「リリサ、ちょっとお願いがあるの」


 「なんでしょう、エレナ様?」


 「魔法を教えて!お父様にはもう許可をもらった」


 リリサは目をぱちくりと瞬かせ、しばらく私の顔を見つめて、やがて静かにうなずいた。


「分かりました。私でよければ、お手伝いさせていただきます」


 こうして、この日の夕方から私の“魔法修行”が始まった。指導者は、私の身の回りの世話をしてくれているリリサ。練習場所は、屋敷の裏手にある誰にも見つからない静かな広場だ。


「ではまず、魔素について説明しましょう」


 この世界の人々は、空気中に溶け込んでいる魔素を、呼吸と共に体内に取り込んでいる。

 魔素とは、“マナタイト”と呼ばれる鉱石が放出している、この世界中に空気と同じように満ちている物質だ。酸素を目にできないのと同様、魔素もまた感覚で捉えるしかない。


 私は、呼吸を整え、自分の内側に意識を向ける。何度も何度も繰り返すうち、胸のあたりにかすかな“モノ”を感じた。


 「あったかい黒い物を感じた……」


 「エレナ様、すごいです。それが魔素です。大抵の方は感じるまでに数日はかかります。では、それを体内の熱を混ぜて“魔力”に変換してみましょう」


 リリサの優しい声に導かれ、私は胸の奥に力を込めるような意識を向けた。本に書いてあった“燃やすように”という言葉を思い出し、心の中で黒い物に小さな炎を灯すようなイメージを作る。


 その瞬間、体内にあった魔素がじわりと変化し、熱を帯びて全身を巡り始めた。


「……これが魔力…?」


 わずかな感覚ではあったが、私の中に確かに体内をグルグルと廻るような力が生まれた。

 

 「なんだか、体が熱い」


 それを見たリリサは 悲しそうな表情を一瞬だけみせたが、微笑んで教えてくれた。


 「エレナ様が今使われたのは"膂力変換魔法"です」


 リリサが続けて説明してくれる。

 

 「膂力変換魔法とは、魔力を体内の血管内に巡らせて、自分の力や速さを通常の人の何倍にもしてくれる魔法です」


 そう言いながら、リリサは私の腕にそっと触れた。 私の中を巡る熱のような感覚――かなり熱い。


 「エレナ様は、それを……無意識に使われました。正直、驚きました」


 リリサは真剣な目で私を見つめる。そして小さく息をついて、ぽつりと続けた。


 「この魔法を使える人は、世界に数人しかいないのです…」


 ――世界に数人しかできない魔法を、私が使った……。


 「それは、びっくりだね」


 私にもチート能力が身についたわけだと思うと嬉しかった。

 けれど、そんな私の心を見透かしたように、リリサは少し声を落とした。


 「でも……これは、あまり知られない方が良いかもしれません。使えると分かれば、いろいろと騒がれてしまいますから」


 普段見ないどこか悲しげなリリサの表情に私はこう答えるしかなかった。


 「……わかった。リリサがそういうなら、黙っておくね」


 「はい。ありがとうございます」


 リリサはにっこりと微笑み、私に頷いてみせた。


「話が逸れてしまい申し訳ありません。次は、魔法階級と魔力の“詠唱”と“イメージ”をお教えしますね」


 この世界の魔法には階級制度がある。

 といっても使える魔法によって変わるものではなく、単純に威力だけで決めるそうだ。

 階級は全部で5つ。

 初級、中級、上級、王級、神級となっている。

 リリサは水が中級で氷と火が王級らしい。

 実はかなりすごい魔法使いなのかと聞いたが、詳しくははぐらかされた。


 魔法は魔力を使って現象を起こす技術。そのためには、頭で想像する“イメージ”と、それに集中するための“詠唱”が必要となる。たとえば火を起こすには、火の熱さ、光、音、匂い──そのすべてを思い描かなければならない。


 「まずは手のひらに、小さな炎を宿すことを目指しましょう。詠唱はどれもあまり変わりありません。私に続いて詠唱して下さい」


 『天に住まう女神アルカナよ、我が願いは火球の顕現、その業火で敵を焼き尽くせ』


 私は草の上に座り、手のひらを前に差し出して目を閉じて詠唱した。

 心の中で火を思い浮かべる。焚き火の光、パチパチとはじける音、肌を焼くような熱。それらを五感で再現するように、丁寧にイメージする。


 そして手のひらに魔力を集め、炎の姿を重ねた。


 ──が、うまくいかない。熱は手の中にとどまらない。


「焦らなくても大丈夫ですよ。魔力は心の鏡です。心が揺らげば、魔力もまた散ってしまいます」


 リリサの言葉に励まされ、私はもう一度、息を整えた。今度はもっと小さく、静かに。掌の中心だけに意識を集中させる。


 やがて、そこに確かな熱が宿った。目に見えないが、空気が揺れる感覚がある。私はそっと目を開けた。


「……いけるかも」


 魔力を導き、火を“撃つ”イメージを重ねて、手を前に突き出す。次の瞬間、手のひらからふわりと小さな火球が現れ、空中に浮かんだ。


「できた!」


 火球は数秒でふっと消えてしまったが、それでも私の中に達成感が湧き上がる。火の魔法を、自分の手で生み出せたのだ。


 「エレナ様、すごいです。でも、今日はこのくらいにしましょう。魔力酔いを起こします」


 この世界の人々は、魔素を体内に取り込んで、魔力に変換するが、この魔素から魔力変換をやり過ぎると魔力酔いを起こしてしまうそうだ。

 酒に酔うのと同じで、使える量に個人差があるらしく、酒に強いからと言って魔力にも強いわけではない。使い過ぎると眩暈や吐気を催し、倒れる人もいるそうだ。


 「わかった。また明日よろしくお願いします」


 それからというもの、私はリリサと共に毎日修行を続けた。最初は不安定だった火球も、3日目には安定して宙に留めていられるようになった。微調整もきくようになり、火力の強弱もほんの少しだけ調節できるようになった。


「ここまでできれば、立派な初級火魔法使いですよ」


 そう言って、リリサは私の肩をぽんと叩いた。私は小さく頷き、手のひらに浮かぶ小さな炎を見つめた。


 まだまだ小さく、弱い火だ。でも、確かにそこに“ある”と感じられる、自分だけの力だった。


 魔法の世界への扉が、少しだけ開いたような気がした。

 お読み頂き、ありがとうございます。


 今回は魔法の世界観のお話でした。

 エレナは最初に火属性魔法が使えるようになります。

 これが彼女の1番得意な魔法となっていきます。


 彼女の戦いを暖かく見守って頂けますと幸いです。


 少しでも「面白い」「続きが気になる」と思われましたら下の☆☆☆☆☆を★★★★★にして頂けますと嬉しいです。

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