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「いやー。こんなボクのために食事を用意していただき本当にありがとうございます。おかげでこの体が死ななくて済みそうです」
猫は小皿に盛られたキャットフードと牛乳を完食し、あぐらをかくように座っている。
30分前。空はクニツルを連れて、猫に記憶のことを頼もうとリビングに降りた。
空の目に入ったのは、倒れている猫の姿。
さらに観察すると、猫は体がやせ細っており、体毛もかなり汚れていた。
空はすぐ近くのコンビニへ走り、キャットフードを買ってきた。
ぬるま湯で濡らしたタオルで体を拭き、食事を与えた。
クニツルは離れたところで体をひねり、戦う構えを取り続けている。
「そうか。体に異常はないのか? ただ腹が減って倒れていただけか??」
「ええ。食事を取ったら力が湧いてきました」
「ならいいんだけどさ」
「お恥ずかしいです。生物は栄養が必要という知識はありましたが、この体ではまともに狩りもできませんでした」
「まあ子猫だしな。……で。なんで俺の家にきたんだ? クニツルを追ってきたのか?」
「クニツルというのは姉のこちらでの呼び名ですね? まあそれもありますが。本当の目的は違います」
クニツルは構えを解き、テーブルの脚の陰から様子を覗う。
空は訊く。
「本当の目的??」
「ええ。最近サキュバスがこちらへ逃げたという報告を受けていまして、それを追ってきました。そして、匂いを辿り、着いたのがここです。
そしたら姉の気配も感じて……。しかしおかしいですね。サキュバスの気配がない。あるのは匂いが少し……」
猫は腕を組んで首をかしげる。
そんな猫にクニツルが言う。
「サキュバスは俺様が倒したぞ」
「倒した? 姉さん、それはどこでですか?」
「空坊の夢の中でだ。サキュバス程度俺様の手に掛れば雑魚同然。必殺パンチで一発だったぞ! なあ空坊!」
クニツルは自慢げに体を動かす。
空は適当に相槌を打つ。
猫は空の顔を見上げる。
「空坊というのはあなたですね?」
「あ、ああ、そうだ」
猫は小さくため息をつき、安堵したように体を横にした。
「姉さんがやってくれたなら安心です。手間も省けました」
空はクニツルに目で合図を送る。
記憶の件について話をするという合図。
「なあ猫さん。ちょっと相談があるんだ」
「ボクにですか?」
「うん。そのサキュバスがさ、俺の記憶を消したんだ。川谷っていう人の記憶。それと女性に対して好意を向かなくさせるようななにかもされた。
それと。もう一人。桃木先輩って人がいるんだけど。その人はクニツルが記憶をおかしくしちゃってさ……。
クニツルは猫さんなら元に戻せるって言ってたから。なんとかしてもらえないか??」
猫は話を聞きながらクニツルを一瞬睨んだ。
そして体を起こしてあぐらを組む。
「空坊さんには恩があります。いいでしょう。ただその前に、詳しく話を聞かせてもらっていいですか??」
「分かった」
空は椿沢やサキュバスのこと。夢のことなど説明をした。足りない部分はクニツルが補足したが、そのたびに猫はクニツルを睨んでいた。
話が終わると、猫は目を細めた。
「ボクはさっき、姉さんがやってくれたなら安心と言いました。しかし、撤回します。姉さんの性格はそうでしたね。何でもかんでも力任せに解決するアホでした」
「俺様をまたそうやって馬鹿にするのか」
「ええ。サキュバスの屍骸は今も空坊さんの夢の中に置きっぱなしなんですよね??」
「…………そうだ」
「だからアホだと言っているんです! 授業でさんざん習ったでしょう? そのような悪魔の対処は、対象の外で行うと! やむを得ず中で行った場合はきちんと処理をしないといけないことも!
ボクはてっきり、姉さんは処理も行っているものだと思っていましたよ。はぁ」
「うるさい! あんなクソじじいの授業など聞いておれん!」
「おじいちゃんをバカにするな! だから追放なんてされるんですよ!」
このときクニツルの周りの空気が一変した。
これは空にも分かるほど禍々しい空気。空の脳裏には『殺意』という言葉が浮かんだ。
「その話はするな」
クニツルはおぞましい声でそう言った。
少しの間の後、猫は言う。
「まあいいです。サキュバスの処理はボクが行います。ただ、すぐに記憶は戻らないでしょう。本来記憶を操作するというのは禁忌とされています。それはボクも同じ。今回戻すのは特例です。
女性に対しての感情は、サキュバスを夢の中から処理すれば元に戻ります」
「あ、ありがとう。お願いするよ」
空は頭を下げて礼を言った。しかし、殺気を放っているクニツルに気がいってしまい、感謝の言葉には感情がこもっていなかった。
「夢の中に入る必要があるので、僕はここにいますね」
「わ、わかった」
猫は視線をクニツルに移す。
「姉さん! 禁忌を犯したことは許されません」
「なにを言うか。悪魔になった俺様に罪もクソもないであろう」
空は猫が強気に反論するのかと思った。しかし猫は悲しげな顔をしてこれ以上言葉を発することはなかった。
そしてクニツルはなにも言わずにリビングを出ていった。




