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クニツルが桃木になにかをして丸一日が経った。
依然クニツルは無反応。
昼休みになり、空は購買に向かうため廊下に出た。
すると、少し先から椿沢が向かってくる。
空は桃木のことも気になっていたので、手を上げて歩み寄った。
「椿沢さん。桃木先輩は?」
「そのことでここに来ました。あとこれを渡しに」
椿沢は手に包みを持っていた。
チェック柄の布で包まれた物。
「これは?」
「お弁当です。……嫌でしたか?」
「俺に?」
「空さん以外に誰がいるというのですか」
空は照れながらも弁当を受け取る。
「桃木杏を病院に連れていきました。お医者さんが言うには、外傷などもないし、一過性のものではないかと……。症状は一日ほどでよくなると言っていました」
「そうですか」
空はクニツルのせいでこうなっているのを知っている。医者に診せたところでどうにもならないということも。
「学校にはきてるんですか?」
「ええ。とても嫌がっていましたけれど、同行してくれた茶木英里子が金子南はゲームの達人だって教えるとすんなりでした」
「そうですか」
「学校では茶木英里子と金子南がいるから一応安心だとは思います。わたしの家に泊まるのも問題はないですし。しばらく様子を見ましょう」
空の背後から小清水が近寄ってくる。
そして、がっしりと肩を組んだ。
「おーおー熱いねー。学校でも仲よくしてると妬いちゃうねー」
「春君か。驚かせるなよ」
これを見た椿沢の表情が変わる。
頬を赤らめてまどろんだような瞳。両手で口を押えている。
「お前の持ってるそれなに? パッと見弁当っぽいけど…………あ。察したわ」
「…………」
「お前ばっかりずるいぞ! 一口おかずをよこせ」
「――あ!」
小清水は空から弁当を取り上げた。
包んでいる布をはずし、弁当を開ける。そして、卵焼きをひとつ指でつまんだ。
卵焼きが小清水の口に運ばれ、上下の歯がそれを噛もうとするその瞬間。
消火器の底が顔面にクリーンヒットした。
「――あだぁっ!?」
ガコンと重い金属音を鳴らしながら消火器は転がる。
小清水は顔を手で押さえながら転がる。
卵焼きも柔らかい音を立てて転がる。
空は慌てて消火器の飛んできた方向を見る。
「――つば、きざわさん!?」
美しいフォロースルーを維持した椿沢がそこにはいた。
「そのお弁当は空さんに作ったものです。空さん以外が口にするのは許しません!!」
小清水が顔を押さえたまま立ち上がる。
「――おま、俺を殺す気かー!? 口で言えば分かんだろー。消火器投げるとか……下手したら死ぬぞ!?」
「まだ生きていたようですね。殺す気で投げましたから。……というのは冗談です」
椿沢は踵をかえしてその場を後にした。
椿沢が見えなくなると小清水が空に尋ねる。
「お前ほんとにあんな女がいいのかよ?」
「…………春君には分からないよ」
空は下を向いて言った。
「へーいへーい。どうせ俺には分からんよ」
帰りのホームルームが終わり、放課後。
川谷は足早に教室を出ていった。
小清水が湊に話しかけようと横を向いたとき、怖気づいたように驚く。
視線は湊の後ろ、教室の入口。
「――げ!! 暴力女!! 俺は弁当つまみ食いなんてしてないからな!」
椿沢である。
教室に残っている生徒はどよめく。生徒会副会長が教室にきたのだ。生徒たちはその矛先を見極めようとする。自分たちは悪いことなどしていないはずだ。と。
そんな生徒たちにかまいもせず、椿沢は真っすぐ空の元へ。
「空さん帰りましょうか?」
「え?」
教室がさっきとは違うどよめきになる。
「空さん携帯繋がらないですから。……それとも、こういうのは嫌でしたか?」
「いえ。そ、そんなことはないです。と、とりあえず教室を出ましょうか。はは……」
空は椿沢の手を引いて生徒玄関まで走った。
「椿沢さん。それより桃木先輩は?」
「今日は金子南の家にいくそうです。金子南の家は豪邸だそうで、部屋も余っているらしいですよ」
空は色々と気になる所もあったが飲み込んだ。
「それより空さん。今日もお邪魔していいですか? わたしも空さんの手料理食べてみたいです」
椿沢は胸の前で手を合わせながら言った。
空は少し考えた後返事をする。
「いいですよ。食材がないのでピッピ―マートに寄ってもいいですか?」
「もちろんです」
****
足早に学校を後にした川谷。スマホ片手に道を行く。
向かっているのはピッピ―マート。
スマホはメールの受信画面が開かれている。
差出人の欄には『おばあちゃん』と表示されている。
本文には食材を買ってきてほしい旨と、欲しい食材が書かれている。
川谷は早歩きになる。
夕食時には混んでくるからだ。早く食材を買わなければいけない。
ピッピーマートに着き食材を選んだ。
会計を済ませ店を出ようとしたとき。
川谷はボッチパワーを発動した。
川谷の目の前を二人の高校生が通る。二人はボッチパワーを発動している川谷に気づかない。
丸眼鏡の男子生徒が隣の女子生徒に話しかけている。
「俺って口が和食なんですけどいいですか? この前椿沢さんが作ったのは洋食だったので」
「和食も好きですよ。でも、和食って作るの難しくないですか?」
二人は楽しそうに話しながら店の奥へと進んでいった。
川谷はそれを確認すると足早に店を出る。
買い物袋を提げた川谷が着いた場所は、木造の古い定食屋。
引き戸に手をかけて開けようとするが、うまく開かない。
川谷はこの扉を開けるのが苦手であった。
すると店の中から声がした。
「花菜ちゃんかい? ちょっと持ち上げるようにして開けてごらん」
川谷は言われたとおりにすると、スムーズに開いた。中に入る。
「おばあちゃん。この扉直した方がいいよ」
「そのうち直すっておじいちゃんが言ってるんだけどねぇ。もう5年は経つねぇ」
川谷は買ってきた食材をカウンターテーブルに置いた。
「まだ混んできてないみたいだね。まにあってよかった」
「ありがとうねぇ。おじいちゃん食材あるって言うから買い出しいかなかったの。そしたら食材ないの。ボケてきてるのかねぇ」
川谷は袋から食材を出しておじいちゃんに渡していく。
おばあちゃんはテーブルを拭きながら川谷に話かける。
「花菜ちゃん。北海道の空気にはもう慣れてきたかい?」
「うん」
「札幌っていっても向こうと比べたら田舎だろうさぁ。東京に帰りたくなったりしないかい?」
「私は札幌好きだよ」
「そうかいそうかい」
「ねーおばあちゃん。今日はここでご飯食べていってもいい?」
「もちろんいいよぉ。でも、いいのかい?」
川谷は下を向き、油揚げを持ったまま止まる。
「……うん。今日は大丈夫。きっとここには来ないから」




