30
彼女には昔ヒーローが存在していた。
彼女は生まれつき髪の毛が明るかった。白に近い金髪。
小さい頃はそのせいか周りからよく馬鹿にされていた。
彼女が小学校三年生の頃。
言葉だけだった嫌がらせが暴力に変わった。
それは小さな公園で起こった。
住宅街の一角にある公園。小さいながらも遊具が充実していて、小学生の人気スポット。
彼女は日曜朝に流れている魔法少女アニメが大好きだった。
木の棒を魔法ステッキ代わりにし砂場を走る。
彼女以外にも遊んでいる子どもたちはたくさんいる。
ブランコで高さを競っていたり、ジャングルジムを家に見立てておままごとをしていたり。
木の棒を持ち走り回る彼女を笑う者がいた。
ドッジボールをしていた同級生の男子グループだ。
「お前ダッセー。それ魔法少女ルティだろ。幼稚園に行ってるやつらが見るやつじゃん!」
彼女は頬を膨らまし無視をした。そして、場所を変えてまた走り出す。
しばらくして、小学校低学年の女の子たちがやってくる。女の子たちは砂場に駆け込み砂遊びを始める。
離れた場所でしゃがみ込んでいる彼女はそれを横目に見た。だが、気にせずに綺麗な石ころを探す。これは、魔法少女ルティに出てくる魔法石を探す彼女の遊び。
彼女の求める綺麗な丸い石ころを見つけた頃、砂場から女の子の泣く声が響いた。
ドッジボールの流れ弾が当たってしまったのだ。
彼女は立ち上がりその場に向かい声を上げる。
「ドッジボールは危ないから向こうでやんなよ!」
男子たちは彼女を睨む。
「うるせぇ! ドッジボールやってる側で遊んでるやつらが悪いんだろ! こいつらがどっかいけよ」
「男の子は女の子に優しくしなきゃダメなの!」
「そんなの誰が決めたんだよ!」
「ルティが言ってたんだもん!」
「アニメの話じゃんか! ダッセェ。キンパツのお前はもっとダッセェ」
そう言って男子は持っていたボールを彼女に向かって投げた。
ボールは顔に当たり、彼女は尻もちをつく。
男子たちはそれを見て笑う。さらに彼女を馬鹿にする言葉を吐き続ける。
「キンパツは不良なんだぞ! お母さんが言ってた。キンパツは悪い子だって」
「そうだそうだ! お前は悪い奴だ」
彼女はついに泣きだしてしまう。
「なんだよこの木の棒。折っちまおうぜ」
「こいつ悪い奴だからやっつけた方がいいよな」
「そうだそうだ、やっちまおうぜ」
男子たちはボールを拾い、彼女に向かって投げ始めた。一方的に。
彼女はただ泣きながらうずくまる。
すると公園に大きな声が響いた。
「やめろおぉぉ!」
男子たちは声の方を見た。
声を上げた人物は、ツンツンとした短髪で背中には竹刀袋をさげている。そして特徴的な丸眼鏡。
「なんだ。こいつの兄ちゃんじゃん」
「運動音痴だしナヨナヨのお兄ちゃんが助けにきましたよーって?」
「あいつも一緒にやっちまおうぜ」
彼女は泣きながらつぶやく。
「――空ニィ」
空ニィと呼ばれた彼は、今までにないほど怒りに満ちていた。
袋から竹刀を取り出す。
そして礼をし竹刀を構える。正眼の構えである。
剣先を視線の高さでピタリと止めた。
男子たちはボールを彼に向かって投げる。
しかし、ボールは竹刀によって簡単に叩き落とされる。
あまりの速さで男子たちにはなぜボールが届かなかったのか理解できない。
男子たちは走りだして空に殴りかかろうとした――。
「キエェェェェェ!」
「――うわぁ!」
空は鼓膜に突き刺さるような雄たけびを上げ、右足を踏み出し地面を強く踏み鳴らした。
男子たちは驚き後ずさる。そして、もたついた足が絡み尻から転んだ。
「キエェェェェェ!」
空は再度雄たけびを上げながら竹刀を振りかぶった――。
「悪かった! 俺たちが悪かったからぶたないで――」
空は振り下ろす寸前でピタリと止まる。
「このとおり謝るから。ごめん」
男子の一人が土下座のように頭を下げる。
「こっちに謝ってどうする。陸に謝れぇ!」
公園に大きく響く空の怒鳴り声。
男子たちは陸に謝り帰っていった。
陸は空に抱き着く。
「空ニィ。空ニィ――」
「もう大丈夫。一緒に帰ろう」
****
グラウンド裏の旧物置。オレンジの陽が差し込むが薄暗い内部。
ピンク髪の女子は彼女の腕を思い切り引き上げ、無理やり立たせる。
彼女は足が震えてうまく立てない。
まるで生まれたての小鹿。この姿を見た者は思わず笑ってしまうだろう。
彼女はそれほど震えていた。
しかし彼女を笑う者はこの中にはいなかった。
皆真剣な表情である。
彼女は何度も何度も心の中でつぶやく。
空ニィ助けて。空ニィ助けて。と。
しかし、その空ニィに届くはずもない。
ずっとこれまでのことを隠してきた彼女だ。
その空ニィには彼女が今現在危険だということを知る術はないだろう。
「いいからしっかり立てよ」
ピンク髪の女子は先ほどとは違う優しい声で言った。
そして、オレンジ髪の男子がなぜか彼女の前に正座をした。
続くように、女子たちも並ぶように正座をする。
彼女は呆気にとられる。しかし恐怖はまだおさまらない。
「――な。なん……ですか?」
皆彼女の問いには答えない。
しかし、彼女はこの後衝撃的な光景を目の当たりにする。
男子は地面に手をつき頭を下げた。女子たちも続く。
男子はそのままの体勢で大きな声を上げた。
「申し訳ありませんでした! もう二度と海山陸様にはちょっかいをだしません!」
ピンク髪の女子も声を上げる。
「海山陸様にはもう二度とあのようなことはしません! 申し訳ありませんでした!」
海山陸と呼ばれた彼女は困惑する。
なぜこの人たちは謝ってくるのだろうと。
陸は考える。
――女の先輩たちがリクに謝るのは納得できる。実際に嫌がらせをしたんだから。でも、香水臭男はなんで。ただリクに告白してフラれただけじゃん。
しかし三年生たちは、首をかしげる陸をさらに困惑させる
「だからと言っちゃなんだが。せめてものケジメだ。これで俺たちの頭を真っ黒にしてくれ!」
そう言ってカラー剤の箱を陸に差し出した。
陸は受け取らずに訊く。
「なんで急に謝ってきたのよ。あんなに嫌がらせしといていきなりこれ」
ピンク髪の女子が顔を上げ睨む。
「おめぇ先輩には敬語使えよ」
「よせ!」
男子生徒がすぐにピンク髪の女子を止めた。
陸はしまったと焦る。
「敬語とかはどうでもいい。急にこうなっているのも変に思うかもしれない。でも理由は言えない」
陸は謝られて少し恐怖はなくなっていた、しかし、納得がいかない。
「リクは謝ってもらったし、嫌がらせがなくなるならもうそれでいい。髪は自分たちで染めてよ」
「――な!」
ピンク髪の女子がまた睨む。
「おめぇな! 先輩が頭下げて頼んでんだ――」
「よせ! ……頼む。頭を染めてくれ。じゃないと――」
男子は泣き始めた。
陸はもう意味が分からなかった。
「――俺たちは殺されちまう……。あんなのはもう嫌だ。助けてくれ! お前が俺たちの頭やってくれたらそれでいいんだ。助けてくれ、頼む」
沈黙が訪れる。
頭を下げ続ける三年。
ただ立ち尽くしている陸。
校舎から鐘の音が聴こえてくる。
「理由――」
陸が沈黙を破る。
「理由を教えてくれたらやってあげる。聞いたことは誰にも言わないし。だから教えて。……その殺されるってのも気になるから」
男子は顔を上げ、しばらく悩んだ後首を縦に振った。




