新たな登場人物、援助打ち切り
僕がレイナルドの魔法により死にかけてから三日が立った。体の全治したものの妙なだるさが出て最初の一日目はベットから出る事が出来なかった。フィーナ姉は喜んで僕の世話をしてくれたけど……口移しで食べ物を流しこんだりしないでよ。体を拭くからって上半身裸にするのはいいけど拭き方がイヤらしいよ。ヘンなところを何度もいじらないでよ……変な気分になっちゃうから。
その日は仙道の修行をせず寝た。
二日目になってようやく体が動かせるようになったけどまだ、本調子じゃない、だるさが残る。それでも食事は自分でとるし体も自分で拭く。フィーナ姉が物陰から悲し気にこちらを見ていたけどやらせないよ、フィーナ姉。
頭がぼんやりするけど仙道の修行を再開する。簡単に丹田に氣を集中、武息、文息の呼吸法で氣を強化。すると乾いた土に水が染み渡るが如く氣が全身を循環し体のだるさが押し流されていく。しばらくやると体も頭もすっきりした。明日からは仙道修行再開出来そうだ。
そして三日目、事態が急変する。
その日は天気が悪かった。朝から黒々とした雲が沸き上がり、ゴロゴロという轟音が聞こえてくると同時に桶をひっくり返したような豪雨になる。こうなると僕たちの住居となっている離れは大変な事にある。雨漏りがひどく水滴が落ちる個所には底の深い食器や桶を置き対処にあらわとなる。僕とフィーナ姉がアワアワと動いているのをアルジュナさんが退屈そうに眺めている。
「……お主らは何をやっとるんだ?」
「何をやってるって雨漏りの対処」
「アルジュナ様、ただそこで浮いてるのなら手を動かしてください!」
フィーナ姉がアルジュナさんに怒鳴る。アルジュナさんは思わず首を引っ込める。
(この人神様だよね、フィーナ姉が崇めてるんだよね? 遠慮なくない?)
「使えるのなら神様でも使うか? お主らもっとワシを敬わんか……まあ、よかろう、手を貸してやるわい」
呆れ顔のアルジュナさんは呪文を唱える。
「空気よ、わが命に従え」
短い短文の呪文だけど効果は絶大だった。天井から滴り落ちる水滴が徐々に少なくなり最後には全く落ちてこなくなったのだ。外は未だに雨が降り続いているのに。
「アルジュナさん、何をしたんですか?」
「空気の精霊に命じて雨漏り個所を塞いた。もっと派手なのを使いたかったがこの前の様な余計な諍いは起こしたくないからの」
アルジュナさんは僕がレイナルドに大怪我を負わされて時の事を気にしているようだ。派手な事をすれば厄介事を呼び寄せてしまうと。確かにこの離れは父やレイナルドが生む屋敷までの距離は近い。ド派手な魔法を発動すればまたレイナルドやもっと厄介な事を呼び寄せてしまうかもしれない。注意するに越したことはない。だが、物事というのは何もしていなくても動くものでこうしている今も厄介事がやってくる。
それはアルジュナさんの一言で始まった。
「……誰かこちらに来るの」
アルジュナさんの知覚能力は凄まじくかなりの距離があっても気配を知覚する事が出来る。
「来るってこの豪雨の中をですか」
「ウム」
「また、レイナルド様でしょうか?」
「それはないと思うよ、フィーナ姉。兄さんもこんな豪雨の中をわざわざ来たりしないよ」
「だとすると一体誰が?」
「ちょっと待て」
アルジュナさんが目を閉じより精神を集中する。アルジュナさんの脳裏には離れに来る人物が映し出される。
「フム……年齢は五十くらいか。白髪にひげを蓄えておる。表情は巌の様に険しい、体格もいい、身のこなしもただものじゃない、何者じゃコイツ? お主ら警戒しておけ、レイナルドなど比較にならん強敵だぞ」
アルジュナさんはそう即するがこの言葉に僕とフィーナ姉にはピンとくるものがあった。
「アルジュナさん、その人怪しい人じゃないですよ」
「そうだね、お姉ちゃん、お茶の準備してくるよ」
台所へと走るフィーナ姉。
「何じゃ、お主らの知り合いか?」
「ええ、多分そうです」
豪雨の中を徒歩でこの離れにやて来た人物は居間で僕と対面して座っている。その体格ではとても小さく見えるティーカップを持ち、中のお茶を口に運ぶ。香りを楽しみコクリと飲み込むと強面の顔が微かに微笑む。
「フム……腕を上げましてね、フィーナ」
僕の後ろで緊張した面持ちで待機していたフィーナ姉はその言葉に顔が綻ぶ。
「ありがとうございます。アルフレッドさん」
「だが、そこで表情を出してはいけません。そこがちゃんとしていれば及第点ですたが……」
「すみません」
フィーナ姉が照れくさそうに舌を出した。
(フィーナよ、この御仁は何者じゃ?)
魔法で姿を消し、フィーナ姉の肩に止まったアルジュナさんが小声で尋ねる。
(この人は、アルフレッド・ウォーレンさん。ワルトハイム家に使える執事です。元はカイル君のお父様と取引があった冒険者の方だったようですが引退を機に執事になったようです)
(冒険者というと粗野なイメージがあるがこの御仁は違うようじゃの。動きは洗練しておるし、マナーにも詳しそうじゃし)
(そうですね。私にメイドのイロハを叩きこんだのもこの人ですから)
(何と、フィーナの師匠でもあるのか!?)
アルジュナさんと会話しているようだけどはた目には独り言を言っているようにしか見えない。それを見とがめたアルフレッドさんがフィーナ姉を注意する。
「フィーナ、何を独り言を言っているのです。アナタの失敗は主人であるカイル様の恥となるのですよ。行動の一つ一つに気を配りなさい」
「すみません」
フィーナ姉は頭を下げる。フィーナ姉に責はないと思った僕は助け舟を出す。
「ところで今日はどういった用件で?」
「その前に」
アルフレッドさんは僕をまじまじと見つめる。
「随分とお代わりになられましたな。私が知っているカイル様は風が吹けば吹き飛ぶような、それぐらい体の弱いお方でした。正直この離れに一人住まわせるという話が出た時私は猛反対しました。それでも旦那様の意志は固く私にはどうする事も出来ず、使用人を一人つけるよう説得するのが精一杯でした」
僕はびっくりしてフィーナ姉とアルフレッドさんを交互に見る。
「フィーナ姉と一緒にいれるようにしてくれたのアルフレッドさんだったの?」
「フィーナ姉……ですか?」
僕は思わず口を両手で塞ぐ。アルフレッドさんをチラリとみる。アルフレッドさんは息子に恋人が出来た事を喜んでいる父親の様な温かい目で僕を見つめていた。
「なかなか良い関係を築けたようですね。何よりです」
僕は気恥ずかしくなり横を向くとフィーナ姉がとても嬉しそうなくすぐったそうな顔で笑っていた。僕はそっちも見れなくなり正面に向き直る。
「そ・れ・でご用件は!?」
僕はこれ以上からかわれない為に語気を強める。アルフレッドさんの表情が目に見えて曇る。アルフレッドさんのこんな表情、僕は初めて見た。
「今日はとても残念なことを報告しなければならなくなりました」
アルフレッドさんは僕は知る限り冗談を言う人ではない。こう前置きをするという事は本当に厄介な事なのだろう。僕はゴクリと唾を飲む。
「それは……?」
「……ワルトハイム家からの資金援助を打ち切る事になりました」
タイミングよく雷が落ちた。




