奮起
気付けば、僕は村野と二人、居酒屋にいた。
「なんでオレだけ……」
彼はさっきから繰り返しそう呟いていた。もう何杯目だ、アルコールをひたすら掻き込んでいる。顔の紅潮が甚だしい。
「もういい加減にしとけよ……色々面倒なことになるぞ」
この様子だとまともに歩けないだろう。それは彼を部屋まで送り届けなければならないことを意味した。先が思いやられる。
「オレだってよ、努力してるんだよ! 毎日、毎日、毎日、予備校通ってさ、一日中だよ、一日中勉強してんのに……なんでだよ……」
グラスをテーブルに強く置き、突っ伏す。僕はそれを軽くたしなめながら、驚きを隠せなかった。このように自暴自棄に振る舞う村野の姿を見るのは初めてだったからだ。
「まあまあ、落ち着いて……」
彼の感情を刺激しないように、慎重に言葉を選ぶ。故に突っ込んだことは言えない。当の本人は少し顔を上げ、こちらを見やる。覇気のない、虚ろな眼差しだ。
「取り敢えずさ、水でも飲んで落ち着こうぜ」
すぐさま水を注文する。ここで嘔吐されるのだけは避けたかった。
「今日のオレは酒以外受け付けねえ!」
そんなことを喚き散らしておいて、いざ水が届くとそれを一気に流し込むあたり、見栄っ張りな彼らしかった。その後しばらくは会話もなく、僕はただ彼の様子を見守っていた。
「大学、行きてえよ……」
突然、消え入るように彼はつぶやく。思わずこぼれたその本音に僕もしんみりした気持ちにさせられる。
「そうだな……そうだよな……」
大学に行きたい、僕もそうだ。浪人生は誰でもそうである。現役の時よりもその思いは強い。おそらくそれは「学生」の肩書を一度失った経験に起因するのだろう。不安定な立ち位置はその人の心身もろとも不安定にさせる。かつての僕も、今の村野も。
「オレは諦めないぞ……」
力こぶしを強く握りしめる。酔いに任せた発言ではない、彼の意地だ。根拠なんかなくたっていい、過信、盲信の類でも構わない、絶対に諦めないという不屈の精神さえ持ち合わせていればそれでいいのだ。村野は闘志の火を絶やしてはいなかった。それどころか、その火は勢いを増しているようにさえ感じられた。
「明日から出直しだな」
僕は笑って席を立つ。そろそろ帰らなくては門限に遅れてしまう。彼にも帰寮を促す。
「おお、ちょっと待て」
「どうした?」
彼はなんとか立ち上がることはできたものの、テーブルに手をついたまま動けないでいた。
「すまん、肩、貸してくれ……」
彼は笑っていた。それは間違いなく、いつもの村野だった。




