現実からの逃走
師走も半ばに差し掛かった頃、遅ればせながら先月のカレンダーをめくる。遂に今年も残すは半月、一浪としての浪人生活は残り二ヶ月強となった。唐突だが、今更ながらに、僕は初心に帰った。当たり前のことだが、浪人生に求められるのは結果のみ、最後に笑っていられる者が勝者だ。この一年を今後の飛躍に繋げるか、はたまた徒労に終わらせるか、決するのは三六五日分の自分なのだ。先月の一件以降、そんなことを自分に言い聞かせながら、勉強漬けの日々を送っている。
一方で予備校全体も日を追うごとに緊張感が増していた。先月の末から冬期講習の申し込みが始まり、その講習のラインナップには「センター試験対策講座」や「○○大学直前講座」なるものが名を連ねていた。また入学願書の取り寄せも本格化し、周りの友人たちも各個人の受験戦略に則って、様々な大学の願書を入手していた。このような出来事は僕ら浪人生に受験を強く意識させ、来るべきその日が近づいていることを実感させた。そして今日もまた――。
「今回こそは……大丈夫だろう……」
一階のロビーでその時を待つ。僕は手応えのなさ故、悪すぎなければ許容できるといった具合で構えていたが、隣の村野は違った。彼曰く、今回の模試はこれまでと比べても、良い意味で手応えが違うらしい。これで何度目の正直だろうか。毎回そうであるが、彼の大本営発表は全く当てにならない。自己採点より一〇点低く出ることはザラで、ひどいときは二、三〇点離れていたりする。無意識の内に自分に甘い採点をしているのか、もしくは現実逃避か、真相は藪の中だ。
「模試を返却しま~す」
覇気のない事務員の声が響く。その場に居合わせた人間はぞろぞろと動き出し、列を成す。
「ああ~、受け取りたくないな」
ポーズではない。思わず漏れた本音である。
「岩ちゃん、そんなに悪かったの?」
「今までで一番悪いかも」
「そりゃまずいな。あんまり気にしないことだぞ」
申し訳程度に慰められる。村野に慰められる日が来るとは思わなかった。少し癪に障る。
「お前、そんなに良いのか?」
「まあ見てろって! 早くしてくれ~」
村野の待ちきれない様子から察するに、今回は本当に良いのかもしれない。もし万が一そうであれば、成績を受け取った後、長々と自慢話を垂れるに違いない、それは面倒だ、さっさと退散しよう、そう心に決めたその時、
「次の方~」
順番が回ってきた。先に村野が受け取る。僕もそれに続く。
(どうだろうか……)
封筒から恐る恐る成績表を取り出す。薄目を開けながら数字をなぞる。
(ん? 思っていたより良いのかも?)
合格判定は上から二番目のB判定で、確かに夏よりは下がっていた。しかし内心では下から二番目のD判定も覚悟していたので、どこかホッとしている自分もいた。
(そう言えばあいつはどうなんだ……?)
やけに大人しい隣人に目をやる。彼は何も言葉を発さず、虚ろな目で成績表を見ていた。
「お~い、どうだった?」
声を掛けても返答はない。
「大丈夫か?」
恐らく思っていたほど良い成績ではなかったのだろう。こちらからするとそこまで驚くことでもなく、予想通りの感は否めない。だが本人は相当ショックを受けているようだ。
「うるせえな! 放っておいてくれ……」
目元を拭うと、彼は予備校を飛び出した。
「おい、ちょっと待てよ!」
僕は仕方なく彼の後を追った――。




