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蛹の夢  作者: 金王丸
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おでん

 その日の帰り道、コンビニに寄った。寮の食事もあるにはあるが、食堂で人と会うのが億劫に感じられたので、今晩は自室で一人、食事にありつこうという魂胆だ。店内でしばらく買い物をしていると、陳列棚の向こうで銀髪の人間がいるのに気付いた。


 (金髪はまだしも、今時銀髪は珍しいな……)


 そう思うだけでその時は特別気にすることもなかった。やがて会計をするべくレジに向かった時、その銀髪と鉢合わせた。


 「石原さん……?」


 その人は髪色を変えた石原さんだったのだ。


 「おう!岩倉じゃん! 久しぶり! 元気?」

 「まあ……それなりには……」


 髪色は変わっていたが、石原さん本人は全く変わっていなかった。夏の一件以来、予備校で時たま見かけはしたが、なかなか会話する機会を持てないでいた。そして最近ではほとんど見かけなくなり、その消息について仲間内でも話題になっていた。


 「今から晩飯か?」

その問いかけにこくりとうなずくと、


 「ちょうど良かった! オレもなんだよ、一緒に食べようぜ!」


 気分は乗らないが、断るのも野暮だと思い、了解した。すると石原さんは店内に備え付けてあるおでんのお玉を持って、


 「お前も食べたい物あったら選んでいいぞ! 今日はオレのおごりだ」


 その言葉に甘え、卵と餅巾着を奢ってもらい、自分の会計も済ませると店を出た。



 「ここでいいか?」

コンビニ前のベンチに腰掛ける。僕もそれに続く。


 「最近どうよ? あれ、今日、ひょっとして模試だった?」

石原さんは買ったばかりのおでんを取り出しながら言う。


 「はい……」

 「どうだった? 出来た?」


 その問いに言葉が詰まる。その様子を見て、石原さんは事情を察したらしく、箸を止める。


 「まあ、気にするなよ。いつも調子が良いとは限らないさ」


 慰めの言葉を投げかけられるも、心の芯には響かない。石原さんが悪いのではない。僕の問題なのだ。僕が手元の食べ物にも手を付けず、相変わらず黙りこくっていると、石原さんはレジ袋から何かを取り出す。


 「ほらよ、お前、酎ハイは飲めるだろ?」


 そう言って缶酎ハイをくれた。僕はそれを受け取ると、流し込むようにアルコールを体内に掻き込んだ。


 「いい飲みっぷりだね~」


 笑いながら言う。そして再び沈黙が訪れた。その間に石原さんはおでんを食べ終わり、タバコをふかしていた。


 「大丈夫か? 顔赤いぞ」


 言われてみれば、さっきより身体が熱っているように感じる。どうやら僕は酔ってしまったらしい。


 「いや~大丈夫なんですかね?」


 思わず本音が漏れる。心の(たが)が外れてしまったのかもしれない。


 「えっ? どうした?」


 そこからはもう止まらない。夏以降の出来事を洗いざらい話し尽くした。自分の心に芽生えた慢心、邪念、苦悩、不安、その全てをぶちまけた。しばらく続いた一方的な心情の吐露を石原さんはただ黙って聞いていた。


 「なるほどね……」

そして石原さんは続ける。


 「終わったことを悔やんでも仕方ないだろう。何事も順風満帆に運ぶことはないさ」

 「でも明日は変えられる。だから明日からやるしかないじゃない?」

 「二浪するのは御免だろ?」


 自嘲気味に笑う石原さんを見て、僕は笑って良いものなのか困惑した。


 「ううっ……寒い……」


 突然、冷たい風が吹きつける。身震いするほどの冷たい風だ。


 「早くおでん食えよ。冷めたらおいしくないぞ」


 その言葉で何も食べていないことを思い出し、急いでおでんを口に入れる。長い間外気にさらしていたがために冷め切ってしまっているはずのそれらは、なぜだろうか、僕にはとても温かく、美味しく感じられた。



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