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ポツダム宣言策定で米国の内部対立激化。海軍、陸軍及び国務省の三者委員会が暗礁に乗り上げる。海軍の強硬派には手が付けられなかった。
海軍の強硬派には手が付けられなかった。
既にB29による日本国本土への無差別空爆を繰り返していた海軍の強硬派は、感覚が麻痺していたのかもしれない。
当時、空軍は無く航空機の殆どが空母を擁する海軍所属であった。
「日本国は、その全土を焼き払い灰燼に帰すべきである。当然、最も責任の重い天皇という存在も焼き払ってしまうべきである。」
千年の歴史を有する京都や奈良の寺社仏閣には敬意を払い一度も空爆しなかった海軍であるが、天皇という地位にあるだけの一個人に対しては敬意はおろか配慮も考慮も遠慮も全く何ら持ち合わせていなかったのである。
勿論、東京にある天皇の居住地、皇居は早い段階の空爆によって焼き払われていた。
天皇などと呼ばれる人間に対する特別な思い入れは、戦況当初から存在していなかった。
滅多に感情を表に出さない彼の眉間に苦渋の感情が現れていたのであった。




