それから
ナツが日本を発ち、みずき荘が跡形もなく消され、その土地周辺に建築業者やとび職人が来るようになって、早1年が経つ。
トオルとサルは学校の寮に住むことにしたが、前々ほど会う機会はなくなった。
寮の廊下ですれ違うくらいで、お互いの部屋を行き来することはもうない。
互いが距離を置こうとしているわけでもなく、何故か自然とこういう形になっていく。
鈴本はまた別のアパートに住み、相変わらず部屋の中で絵を描いているらしい。
もちろん鈴本とトオルは、引っ越しをしたきり顔を会わせていない。
リンは単身赴任が終わり、地方に戻り、仕事を続けている。
管理人夫婦も田舎に引っ込み、老後暮らしをしていると記載された年賀状が届いた。
トオルは、パソコンを開く時間はあるものの昔みたいに応募をすることはなくなり、ましてやオリジナルの作品を完成させることはない。
毎日、学校に通い、同じ時間帯にご飯を食べ、シャワーで汚れを落とし、眠くなれば寝るといった生活を繰り返している。
あれから何も変わらない。
逆に前よりも脱力感が増しているようにも思える。
だが、これはトオルにとっては変わらない生活で、ハッキリとした夢もなく、卒業後どうしようかという不安で毎日が憂鬱である。
ナツが最後に言った雑用からなら雇ってもらえるかもと言う甘い言葉を心の片隅で大切にとっているトオルを見ると虚しくなる。
もしかしたら前みたいにアニメにどっぷりと浸っていた頃の方が、現実逃避という意味では幸せだったのかもしれない。それをトオルの頭からすべて消し去ったのがミユキ自身で、その空っぽになった頭の中に色々な感情や知識を植え付けたのが、鈴本やサル達で、決して恨んでいるわけではないが、もし彼らに出会わなければ今、少しはマシに生きているのかもしれない。
一年後、一ヶ月後、翌日でも今までの人生が変わる出来事が待っているかもしれない。
そんないつかは変われるなどと軽い気持ちを持ったままトオルは、東京の街をふらふら歩いていた。
人と肩がぶつかっても、謝る気はない。
すれ違う人達が何故笑いながら日々を過ごしているのか不思議に思える。
楽しいことがある?それは何?友達がいるから?友達って何?
そんなことを考えているとトオルの瞳から涙が流れる。
街中で一人、男泣きをしているのを周りの通行人が黙って見ている。
彼らは余計なことに関わりたくないのか決してトオルに声をかけない。
結局、人間は感情で動かされているんだな思ったのは、トオルがサルの部屋の前で名前を呼んでいる時だ。
扉を開けると俯いているトオルの姿がある。
これはネットの世界ではなく、現実世界なんだとサルの手のぬくもりがトオルに人の温かさを感じさせる。
「どないしたん?」
「いや、別に・・・」
「鈴本さん、呼ぼうか?呼んで、また一緒に鍋つつこうや。」
「男同士で?」
「たまにはええんちゃう?」
サルの少し強い口調の大阪弁が、今のトオルには十分なほど幸せを感じさせる。
この小さいながらも日本の都市と言われている東京の街の中で、トオルのような不器用な感情表現をしている人や何の目標もなく生きている人は必ずしも少ないとは言えない。
それでもこの命を繋ぐ心臓は早い鼓動で動いている。
トオルは横断歩道を渡っている途中で、右側にそびえたつ大きなビルに目を奪われる。
そのビルには、有名アイドルのニューシングル発売とときめき絶対無敵少女隊のDVD発売を知らせる特大ポスターが貼られている。
トオルはそれを下から見上げて、口元を細くし頬を上げる。
そして、点滅する信号機に気を配りこの横断歩道を渡った。
ー完ー




