番外編1
後日談の番外編です。読み切りですので、お気軽にお読みください。
私は不機嫌だった。とてもとても不機嫌だった。
やっとのことで叔父のクロードを撃退して、私の失われていた記憶も戻って、アドリアンとも仲直りしたというか深くわかりあえたというか、新たな関係を築いていこうということで合意して。
これで一件落着、後は楽しい日常を送って幸せになるばかりのはずなのに、私は盛大に顔をしかめていた。
だって。
「アドリアン、私に隠してることあるでしょ」
「え? そ、そんなことないよ。僕が大事なリルに隠し事なんてするわけないじゃないか」
「うそ。絶対何か隠してる。だって眼が泳いでるもの」
「……うん、ごめん。隠してることいっぱいある。でも言ったらリルにあきれられそうで。だから黙ってるだけで。別にリルにどうこういうんじゃないんだ。だから、ね、気にしないで」
「気になるに決まってるでしょう?! 言ってよ!」
「うーん、でも……」
「言って」
「本当にいいの? 言えばきっとリルは真っ赤になって耳を押えちゃうよ」
「いいから」
「しょうがないな、じゃあ、言うね。リルに言えなくて自分の胸の中だけにしまってること。どれだけリルが好きかってこと。実を言うと、はじめて君が眼を開けるのを待つ間、ずっと君の寝顔を見つめてたんだ。むにゃむにゃ寝言をいいながらぽりぽり頭をかいたり、ちょっと歯ぎしりなんかするところがすごく可愛くて、それから豪快に寝返りをうつところも……」
「うわああああああ、言わなくていいっ、黙ってっ」
私は真っ赤になって悲鳴をあげた。いつまでたってもこの羞恥心をかきたてられまくりの甘いのか暑苦しいのか分からない、一歩間違えれば変態ストーカー行為の告白な熱い言葉の羅列に体が慣れない。条件反射でまた蹴りか拳がでそうになる。
「アドリアン、もうそのくらいにして。拳がでちゃうから」
「わ、もう、リルってばでれやさんなんだから。じゃ、僕、黙るよ。もう行くね、また夕食の時に会おう」
「あ、待ってよ、アドリアン!」
こういう時だけは素早い。私がてれから覚めてあわてて声をかけた時には、すでにアドリアンは消えていた。
またていよく誤魔化された気がする。
そう、こんな感じで、このごろずっと、アドリアンは私をさけて、何かこそこそやっているのだ。とても気になる。
(もう、アドリアンってば何をやってるのよ)
別にかまってほしいわけじゃない。私はそんな子どもではない。ただ、いつも暑苦しいくらいにべたべたしてきていたアドリアンが急に近よってこなくなったとなると、妙におちつかないというか、気になるというか。
そう、アドリアンの挙動不審ぶりが気になるのだ。
あの兄馬鹿男の挙動不審は今にはじまったことではないけれど、それに輪をかけて挙動不審だ。何かあったのかもしれない。なら、妹として、家族として、心配するのは当然の真理だろう。
大義名分を得た私は、ジョルジュに相談してみた。
「あのアドリアンが私がお茶に誘ったのに来なかったのよ? 変じゃない?」
「……あのな。お前、それ、のろけか? アドリアン兄上にいかに愛されているかという」
私が不満をぶつけると、ジョルジュがすごく嫌そうな顔をした。
「え? ど、どこがのろけよ。私は事実を言っただけだけど」
「どこって、どこからどこまでものろけだろう。お前が誘えば兄上はいつだって応えてくれる、お茶につきあってくれる。なのに断るなんて変って言いたかったんだろう?」
ジョルジュがお行儀悪く音を立てて茶をすする。
私をたずねてくる名目でコスタス邸にやってきたジョルジュは、アドリアンが同席してくれなかったのが不満なのだ。あいかわらずのブラコンというか、従兄コンプレックスだ。
「だが確かに妙だな。あのアドリアン兄上が俺とお前を二人きりにして平気で席を外すとは。いつもなら、リルは渡さないよ? とか警戒しまくって、お前を膝に抱いて離さないのに」
「でしょう、でしょう、変よね?」
改めて他人の口からそう言われると恥ずかしいが、実際、その通りだからしょうがない。相手はどうせジョルジュなのだし、くだらない見栄や羞恥はこのさい無視することにする。
「執事のティルマンと一緒にこそこそやってるっぽいんだけど、ティルマンに聞いてもしらっとした顔で流されて教えてもらえないのよね」
「相手がティルマンなら、例の〈私はお嬢様なのよ、従いなさい!〉攻撃ができるんじゃないのか?」
「それ、やったんだけど効かないの。わざわざ三インチはある真っ赤ないかにも悪役令嬢か女王様のピンヒールまで用意して、階段の上からカツンっていばってやったのに」
これまた恥ずかしいが、この邸の執事操縦法はドsな女王様になって服従を強いることなのだからしかたがない。あまりにたくさんある特殊ルールに常識人の感覚が麻痺してきそうだ。
ジョルジュが紅茶のカップをおくと、腕を組んだ。考え深げにつぶやく。
「これは……探るしかないか」
そう言いつつ、彼の眼がきらきらと興奮に輝いている。
「ジョルジュなら相談したら乗ってくれると思ってた! さすがジョルジュ、ストーカー中のストーカー!」
「ふっ、褒めても何もでないぞ。よし、さっそく行動開始だ。兄上は主にどういったところにこもっているんだ?」
「ごめんなさい、それもわからないの。私が囮になって邸中の眼をひきつけるから、そこからさぐってくれないかな」
アドリアンは私を避けているし、この邸の使用人たちは皆アドリアンが大好きで彼の願いを叶えるために一致団結している。なので私はアドリアンの居場所を聞きだすことすらできていないのだ。
「私、邸中の皆を集めて、〈いろいろ心配かけてごめんなさい、そしてありがとう〉慰労パーティー開いてひきとめておくから。多分、ティルマンとアドリアンは欠席してこそこそするだろうから、ジョルジュ、後をつけてくれない?」
「了解だ」
そうして私とジョルジュのアドリアンの秘密を暴け作戦ははじまったのだ。
だが相手は手強かった。
私が「パンの作り方をおしえてほしいの」と厨房の皆や邸の女性陣を引き止めていても、アドリアンは馬丁の手引きで馬に乗って街へ出てしまった。そのまま夜まで帰ってこない。ジョルジュも行先をつきとめることができなかった。
次の日、私が「乗馬の練習をしたいの」と、アドリアンの外出をふせぐべく、厩舎の皆を引き止めている間に、アドリアンは「掃除をしますから」とジョルジュを邪険にあつかうメイドたちを隠れ蓑に、邸のどこかに隠れてしまった。
そのさらに次の日には、訪れたオーギュストとロザにお茶の相手を要求されて、リルとジョルジュは一日中、アドリアンを追いかける暇もなかった。
がくりとジョルジュが床に膝をついた。
「ふっ、さすがはアドリアン兄上。負けた……」
さびしげに笑ったジョルジュが、どこからともなく取りだしたマントをばさっと羽織る。
「このままでは勝てない。俺は修行の旅に出る。止めないでくれ、リルっ」
「そ、そんな、あなた無しでわたしはどうすればいいの、ジョルジュ、カムバーーック!」
すがりつく私を残して、ジョルジュは修行の旅へと旅立っていった。
もはや頼れるのは自分だけ。
私はくっと唇を噛みしめると立ち上がった。
****
ストーカーの達人ジョルジュにできないストーカー行為が自分にできるとは思えない。
覚悟を固めた私は、正攻法で行くことにした。
隠し事をされて哀しい気持ちをまっすぐにアドリアンにぶつけるのだ。そして彼に理解を得る。それこそが家族というものだと思う。
(それでもだめなら、秘密を教えてくれなきゃ妹の縁きってやるっておどしてやる!)
かっこいい決意の後に、ちょっと情けない姑息手段を考えつつ、私はアドリアンの居室に向かった。今日は珍しくティルマンのほうからすりよってきて、今ならアドリアンが部屋にいるとこっそり耳打ちしてくれたのだ。
「アドリアン、いる?」
ノックするのももどかし気に、声をかける。すると扉が内側から開かれて、満面の笑みのアドリアンが現れた。
「よく来てくれたね、リル! 待ってたよ!!」
「え、あ、あの……」
そんなふうにまばゆいばかりの笑顔で言われては、抗議してやると勢いこんでいた心もなえてしまう。
私がおろおろしていると、アドリアンが私の手をつかんで歩きだした。
「さ、こっちへ、リル! 見せたいものがあるんだ」
ぐいぐいひっぱるアドリアンに、半ばつんのめりながら必死についていくと、彼が邸の食堂の前まで来て止まった。
ここは夜の正餐の時にしか使わない。今はまだお昼だ。どうしてこんなところにつれてきたのだろうと首をひねっていると、アドリアンが大きく扉を開けた。
「ようこそ、リル! 誕生日おめでとう!!」
開いた食堂の中には、邸の皆が集まっていた。それにロザとオーギュストまでいる。
そして皆、ぱちぱちと拍手して、私をむかえてくれた。
「おめでとうございます、リル様!」
「おめでとう!」
背後のテーブルにはこんもり御馳走の山。壁には色とりどりの花で編んだ花綱がかけられていて、芳しい香りを放っている。そして中央にはでかでかと、「おめでとう、リル!」と書かれた看板がぶらさげられていた。
「これって……」
「君のお誕生日会だよ、リル」
アドリアンが、ティルマンに合図して、ウェディングケーキのような、六層もの高さになった誕生日ケーキののったワゴンをひきださせる。
「と言っても、本当の君の誕生日じゃなくて、この世界の戸籍に登録してある、マリー・ブランシュの誕生日だけど」
僕、あの時、君の誕生日までは聞きだせていなかったからね、とアドリアンが笑う。
私は自分の顔が真っ赤になるのがわかった。
嬉しすぎる。でも体がふるえて声が出てこない。
誕生日を祝ってもらえるなんて、何年ぶりだろう。しかもこんなに盛大にサプライズパーティーを用意してくれるなんて。こんなに熱い想いを向けられては、どんな顔をしたらいいかわからない。
口をぱくぱくさせている私の心境がわかったのか、アドリアンがそっと私の耳に顔をよせてささやいた。
「君はそのままでいいよ、リル。そのまま、思った通りの顔をしていて。怒ったり、笑ったり。その顔を見たくて僕が勝手にやったことなんだから」
そしてアドリアンが私の頬に、キスをした。
「ありがとう、リル。僕のところへ来てくれて」
にっこり笑って唇を離したアドリアンが、私の手をうやうやしくとる。
「さ、入って、リル。君の代好物ばかり集めたよ」
「おめでとうございます、リル様!」
ロザやオーギュスト、使用人の皆がぱちぱちと拍手してくれる。その中を、私はアドリアンのエスコートで入っていった。
「はい、これは僕からの贈り物」
アドリアンが大きな箱をさしだした。
開けて見ると、サイズぴったりなちょっと大人の女っぽい夜会用ドレスがはいっていた。
「リルってばティルマンが用意したお子様っぽいドレスに不満だったでしょ。だからこれ。ただし、僕がいる時しか着ちゃ駄目だよ? 妙な虫がよってきたら困るからね」
「リル様、これは私と兄からですわ」
ロザがくれたのは、綺麗な宝石箱だった。
「本当は耳飾りと首飾りのセットか、ティアラでもお贈りしようかと思っていたのですけど、アドリアン様に断られましたの。自分が贈るからいいと」
「だって、贈った宝飾品を自分の手で相手の耳や首筋につけてあげて、ぽっと頬を染めてはにかんだ相手から、ありがとう、なんて言ってもらえるのは兄の特権、王道だろう?! そんなおいしい真似、他の誰にもさせられないよ!」
あいかわらずの兄馬鹿ぶりに、私は笑ってしまった。
「でもせっかくのドレスなのに、飾りがないなんてさびいな」
ちょっと未練がましく、プレゼントされたドレスを広げて見る。大きく胸元が開いたドレスは、首飾りをつけたらきっと綺麗だろうに。
「安心おし、リル」
アドリアンが軽く片目をつむってみせた。
「今日の午後は君のお誕生日おめでとうお茶会を開くから。その時、耳飾りを贈るよ。そして今夜の君のお誕生日おめでとう夜会の時には、そのドレスを着て着飾った君の首に僕が首飾りをつけてあげるから!」
「……はい?」
今、アドリアンは何と言った?
「ごめん、よく聞き取れなかったんだけど。アドリアン、今ってお昼よね? で、ロザとオーギュストさんまで招待して、邸の皆、総出でお誕生日会ランチを開いてくれてるのよね? このうえ、午後に何を開くって言った?」
「だから、〈君のお誕生日おめでとうお茶会〉だよ」
「で、夜は?」
「もちろん、〈君のお誕生日おめでとう夜会〉。それが終わったら、いよいよ明日は〈今日こそが本番の誕生日、一日あげてお祝いするよ誕生会〉を開く予定さ。明後日には後夜祭も開くからね? 贈り物、楽しみにしててね!」
「……」
私は絶句した。
アドリアンの妹馬鹿をなめていた。
周囲を見る。招待されたロザとオーギュスト、それに邸の使用人たちはにこにこ微笑んでいるが、これから三日もつきあわされれば、皆、つかれてしまうだろう。
私はアドリアンに向かいあった。
「アドリアン」
「なんだい、リル」
「誕生日会なんて一回でいいのよ、何回もやったらありがたみがうすれるでしょうーー!!」
私はどなった。
ああ、やっぱりこの馬鹿兄には常に見張りが必要だ。眼を離していると何をしでかすかわからない。
ここまでおつきあいいただきましてありがとうございました。
またぼちぼち番外編を投稿するかもしれません。
その時はどうかよろしくお願いいたします。




