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ある朝眼が覚めると溺愛されていました  作者: 朱居とんぼ
第四章 家族でもなく、妹でもなく、かけがえのないあなただから
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 ぽんと長椅子におろされて、おちつくからと甘いお酒を少しだけグラスにそそがれた。たちのぼる酒の香が妙に現実味がない。


 私は渡されたグラスを握りしめながら問いかけた。


「さっきの、何……?」

「ごめん、たぶんコスタス家を狙う誰かだと思う。ティルマンから聞いたでしょ。陛下が取り締まられたおかげで表立っての騒ぎはないけど。長年争ってきたいきさつがあるから、遺恨とか消えなくて。たまにあるんだ」


 すごくすまなそうに言うアドリアンの顔は、さっきの襲撃はこの国では何でもない日常風景だと言っていた。それ以上の問いを拒絶している。


 このはぐらかし方には覚えがある。

 アドリアンの両親や、本物のマリー・ブランシュに関わること。そして私が召喚された理由、何故水が怖いか、それをどうしてアドリアンが知っていたのかも含めて。聞いた時にいつもとられる態度と同じだ。


 私は唇を噛みしめる。

 悔しい。何も知らなくていいと思われていることが。


 でもティルマンの真っ青な顔や、オーギュストの冷たい眼差しを思いだしたら何も言えなくなった。

 私は彼らと違って一月ばかり前にここにきたばかりの新顔で、何も技能をもっていなくて、彼らの中に入る資格がないような気がして。


(違う。それだけじゃない)


 もしこれがマリー・ブランシュやアドリアンの両親に関わることなら、聞けば彼の古傷をえぐってしまうことになるかもしれない。それが怖い。だから。


「……うん、わかった」


 全然わかったりしてないけど、そう言う。


 沈黙が降りた。

 アドリアンが、私が納得していないと察しているのがひしひしとわかる。


 ちょっと何か言いたそうに口を動かしたアドリアンだけど、結局、何も言わずに立ちあがった。そのまま寝台まで歩いていって、剣をおく。


「……明日、結界は張りなおすよ。もっと丈夫なのに。だから今日は一緒に寝よう、リル」

(へ?)


 私の思考が停止した。だってアドリアンがおいでと招いているのは彼の寝台で。


 理解したとたん、一気に頭の中が灼熱の活火山になる。

 大爆発を起こした脳内が、さっきの重い空気の流れをきれいさっぱりすべて吹き飛ばした。


(うそっ、まさか一緒に寝る気―――っ?!)


 私は胸の中で絶叫した。


 いやいやいや、家族でもないのにそれはまずいでしょ! いや、兄妹だから家族か。


「どうしたの、リル。ほら、早く寝ないと朝起きれないよ」


 硬直したままだらだら汗をかいていると、アドリアンが哀しそうに眉をひそめた。


「僕、リルを怒らせた? さっき勝手に部屋に入ったから? そうだね、いきなりあんな目に合わせちゃったもの、もう僕のこと嫌いになったよね……」


 うるんだ眼で見られて、今度は私がたじろいだ。


「き、嫌いなわけないじゃないっ、だって、あれは襲われたからで、アドリアンは恩人で……」

「じゃ、好き?」


 は? 私は固まった。


(おちつけ、おちつけ、これはまたはぐらかそうとしてるだけ。のせられちゃ駄目、深い意味はないんだからっ)


 だから華麗に受け流さないと!

 必死に自分に言い聞かせる私に向かって、アドリアンがすがるように一歩踏みだす。


「お願いだよ、リル。僕が怖いんじゃないなら逃げないで」

「に、逃げてなんかないし」

「じゃ、どうして後ずさるの?」

「後ずさってなんかない」

「ほんとに? じゃ、絶対そこから動かないで」


 言って、アドリアンが近づいてくる。


(だ、駄目っ、我慢できないっ)


「そこで止まってっ」

「わかった。止まる。これ以上近づかない。そのかわり、手、つないでいい……?」

「え……?」

「今以上近づかない。でもここまで来たら手をのばせば届く。寝台まで手をつないで。駄目?」


 急に改めてこんなふうに聞かれると、抱きしめられるより恥ずかしい。


「だ、駄目に決まってるでしょ……!」

「駄目なの? じゃ、何だったらいいの、リル……」


 アドリアンが頼りなさそうにこちらを見て。頭が沸騰しそうになる。

 ぐるぐる回る頭を抱えていると、あまりの温度差のせいか、くしゃみがでた。


 そういえば今は秋で、でも暖炉に火を入れるにはまだ早くて、火の気のない部屋に自分は薄い夜着に化粧着一枚はおっただけで、裸足で立っていて。

 ぶるっとふるえると、アドリアンが真剣な顔になった。長い足を動かして、一気に距離をつめる。


「ごめん、リル」

「きゃっ」


 いきなり横抱きにされた。


「リル、このままじゃ風邪ひいちゃうから強引につれていくよ」

「ひ、ひとりでいけるってばっ。っていうか、客間とか別の部屋ないの、この邸っ」

「今からメイドを起こして用意させるのも可哀想だし、万が一、また襲撃があったら大変でしょ。お願いだから僕の眼の届くところにいて、リル」


 理屈はわかった。でも薄い夜着ごしだと、アドリアンの体がすごく硬く引き締まってるのがよくわかって……。


 真っ赤になっていると、アドリアンが眼をまたたかせた。


「……もしかして、リル、僕のこと意識してるの?」

「そ、そんなわけないじゃないっ、あ、あなたと私はただの兄と妹なんだしっっ」

「そっか……、リルの中じゃ、やっぱりそうなんだ……」

「って、なんて言ったの、ちょっと、アドリアンってばっ」

「何でもないよ、ただの本音の独り言。じゃ、リルが意識してないなら二人で寝て問題ないね」


 ちょっと怒ったような声で言って、アドリアンが寝台の上に私を降ろす。あわてて跳ね起きようとしたら、素早く抱きこまれた。そのまま二人でころんと枕に転がる。


(って、寝ちゃったよおお、二人でっ、一つの寝台でっっ)


 どうしよう。緊張のあまりすでに冷や汗すらでてこない。


 だけどただの兄と妹なんだしと言った手前、これ以上暴れるわけにもいかない。体を硬くしていると、背後でアドリアンがぷっと吹きだす気配がした。そのままくすくすと笑っている。


「……何がおかしいの」

「いや、だって、リルがあんまり可愛いから。すごく緊張してるのが伝わってくる」

「なっ」


 アドリアンてばこちらが意識していると知っていてわざとくっついている。


「は、離れてよっ」

「ごめん、でも今夜だけ我慢して、ね? こうしてしっかり抱いてないと、てれやさんなリルが僕が眠っている間にこっそり抜けだしてどこかにいっちゃいそうで不安なんだ。もしまた襲われたらって心配でおちおち眠れない」


 そんなふうに言われると逃げだせなくなる。だってアドリアンはただでさえ夜更かししていて、朝起きるのが早いのだ、理由はわからないけど、庭にある樹に花を捧げるために。そのうえさっきまた代償をはらったばかりで。


 ちゃんと睡眠をとってもらわないといけない。


 私は固く眼をつむって口を閉じた。じっと我慢の子になって、気持ちを逸らせるために他のことを考える。そうすると頭に浮かぶのはさっきの襲撃のことだ。

 眼を開けて、体の前にまわされたアドリアンの腕を見る。ところどころに赤い筋が残っているのは、〈代償〉を捧げたから?


 さらっと言っていたけど、あの犬たちの召還主は死んだという。


 魔術とは代償の他にもそれだけの危険をともなうのだ。

 もしあの炎と光の魔術が失敗していたら、アドリアンも何かしらの犠牲をはらうことになっていたのだろうか。なら、アドリアンはリルを助けるために、どれだけの犠牲を覚悟していたのだろう。聞きたい。


(そういえばアドリアンって私を召還するのにも代償をはらってるわけよね)


 召還する前にこの体をつくったのだから、その時点でもアドリアンは代償をはらっている。高度な術ほど希少な代償が必要なら、いったい何を。


(また、自分の血、とか?)


 そこまでして、どうして妹が必要だったの? 今、ここでは何が起こっているの?


 こうなってくると、アドリアンの〈妹が欲しかったからつくったんだよ!〉というあっけらかんとした言葉も疑わしくなる。裏にもっと深い意味がありそうで。


 私の思考を読んだように、アドリアンが固い声をだした。


「リル。しばらく邸からでないで。外は危ないから」

「アドリアン?」


 私は体の向きを変えると、彼の顔を見た。


 顔色が悪い。今は夜で、月明かりしかないというのもあるけど、ますますひどくなってる。明日の朝になったら、彼はきっと今以上に強固な結界を邸に張る。その代償は何? 


 そこまでして彼が守ろうとしているのは、そこまでしないといけない〈敵〉とはいったいなんなの? 彼の真意は、彼の心はどこにあるの。


 あなたは何のために私を召還したの?


 私はアドリアンの両頬を手でおさえると、問いかけていた。


「あなたは、どこにいるの?」


 私の手の中で、アドリアンがたじろいだように瞳をゆらした。そして眼を逸らす。


 結局、彼は何も言わなかった。言い訳も、ごまかしも。

 ああ、この人は自分のことはどうでもいいと思っているんだ。私はやっと理解した。だから恥も外聞もなく妹を溺愛する。自分の評判なんかどうでもいいから。


『幸せになる資格なんかないのに』


 前に聞いたアドリアンの言葉、それと関連しているの?


 わからない。

 知らなきゃならない。


 自分が知りたいからではなく、彼のために。私は覚悟を決めた。この国に、アドリアンにより深くかかわる覚悟を。



*******



 そして扉の外では、中にいる主兄妹が落ちついたのをみはからって、ティルマンが扉からそっと離れるところだった。


 ティルマンはほっと息を吐く。そして過去へと想いをはせる。


『僕なら皆を呼び戻せる』


 十四年前、ティルマンの前に立った幼い主は、生きることをあきらめた眼で言った。


 父母の死を確かめた翌朝のことだった。何も口にしていない体は限界だ。なのに彼は魔術道具がおさめてある地下室へ行こうとしていた。


「召還できるよ、父様や母様、それにマリーが旅立ってしまった、始まりの闇から、皆の魂を」

「しっかりなさってくださいませ!」


 ティルマンは泣きたいくらい細くなった主の腕をとる。彼がこれだけの衝撃を受けたのは、幼い身で家族を失ったからだけではない。これが二度目・・・だから。


 この人なら魂の召還も可能だろう。代償とすべき自分の血、命、魂にも執着していない。


 だから止めなくてはならなかった。彼に死を選ばせないために。父も死に、主夫妻も死んだ。自分に残されたのはこの人だけだったから。


 だからたった七歳とは思えない博識の彼に、口論を挑んだ。


「駄目です。魂だけもどしても、旦那さま方にはお体がありません」

「つくればいい。ぼくがつくるよ、時間がかかるかもだけど」

「それでどうするのです? 命にかかわる魔術は禁忌です。御二方の遺体は皆が見ています。 お二人を生ける死者として皆の好奇の眼にさらすおつもりですか!」


 あの時の自分は、彼の心をこの世につなぎとめようと必死だった。だから言った。


「父君と母君は無理ですが、マリー様ならまだ希望はあります」


 それは邪道。だがあえて口にした。


「ジョセフィーヌ様は不幸にも亡くなりましたが、腹の子は無事だった、子宮を切り裂いて取り出した、そう主張できれば……」


 無謀な賭けだった。でもそれしか方法はなかった。


 崩れ落ちそうな子どもの罪の意識を、復讐という不毛な道へと捻じ曲げた。そうすることで彼の命をつないだ。


 正当な手段で相手を告発するのは不可能だった。証拠は残っていない。

 だから言った。眼に見える証拠はなくても、相手の脳裏には記憶が残っていると。それを焙りだす策をとればいいと。無垢な子どもに、じっくりと時間をかけて相手を追いつめ、精神的に破滅させる道を教えた。その背後にうごめくバロワ家ごと。


 未だに何が最善だったかわからない。


 今でもアドリアンは復讐をやめれば生きる気力を失ってしまいそうで。庭の樹に花を捧げる彼からは追いつめられたような虚無を感じて。だから今さら復讐をやめろとは言えなくなった。


 けれど光明はある。今もアドリアンは生きてこの世界にある。

 そして、彼女・・が現れた。


 アドリアンを虚無の闇から救ってくれるのは、彼女しかいない。


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