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「この国は現在、リル様も見てわかられるように平和です。ですがこの状態になるまでには実に多くの犠牲をだしてきたのですよ」
王宮に向かう馬車の中でティルマンが、国の近況を私にざっと説明してくれる。
「現国王アロイス陛下は、不穏だった国内をわずか四年でまとめられた剣王であらせられます」
「賢王ではなく、剣王?」
ティルマンいわく、アロイス王はかなりの切れ者らしい。
この国は攻めるに難く、守るにやすい地形のため、昔から外敵の脅威が少なかった。そのせいか、国内の貴族豪族たちは互いに血塗られた争いを繰り返していたそうだ。
「そこへ現れられたのが、若くして王座につかれたアロイス陛下です」
家内の争いは国力をそぐと判断した彼は、かなり強引な政策をとったらしい。
内紛を起こせば、それがたとえ酒に酔ったうえでの些細な決闘騒ぎであろうと罪を問うと、はっきりと明文化した法令をつくり施行した。
それだけでなく、彼は実行力もともなっていた。
王には国内すべての民を裁く権限があるのをいいことに、眼にあまる内紛を起こした家へは単身乗り込み、その場で成敗と、審問をおこなう余地すら与えなかったとか。
「争いを起こした者は即両断、両成敗でしたからね。気持ちいいほどずばずばと。まあ、陛下は手を下される前に、密偵などをはなって情報を得ておられましたから、あながち横暴ともいえなかったわけですが」
おかげで恐怖を覚えた貴族たちは争いをひかえた。
国民たちも果断な強き王を歓迎し、かくして現在の平和な国内がある。
水面下では、長年にわたって培われた怨嗟の連鎖がぐずぐずとくすぶっているそうだが。
(知性派でもあるけど、行動が派手だから、武闘派って印象のほうが強い王様ってことか)
成敗! なんかかっこいい。
そんな型破りな王様だから社交界デビューもまだな私を王宮へ伺候させるのだろうか。でもなんのために?
(まさか私が偽物ってばれたとか……?)
緊張する。それに身ばれの問題だけでなく、純粋にどきどきする。記憶はないけど、前の体の時と召喚後とを含めて、王様なんて存在と会うのははじめてのはず。
(なんかこう、楽しみなのよね……)
だって王様なのだ、王様。
この国一番のハイソサエティ。王、王宮。ミーハー心がうずく。
むずむずする心が顔にでていたのだろう、アドリアンが不満そうに眉をひそめた。
「……リルは王様が好きなの?」
「うーん、好きっていうか、興味あるって感じ。だって王様なんて見たことないもの」
するとアドリアンが顎に手をあてて考えはじめた。真顔になって言う。
「ねえ、もし僕が王様になったら、リルは嬉しい?」
「……今のままのアドリアンのほうがいい。だから妙なことを考えないでね」
この男なら妹の関心をかうために王の座を狙いかねない。
馬車はやがて所定の馬車だまりへとたどり着く。ここからは徒歩だ。門一つ、扉一つを通り抜けるたびに、控えていたごたいそうな鬘をつけた侍従に取次がれて、さほど広くない部屋の一つに通される。
そこは正規の謁見の間ではなく、私的な遊技場のようだった。深い緑の天鵞絨を張った台に身を乗りだすようにして、一人の男が長い棒をかまえている。
鋭い鷹のような眼で見つめる先には小さな白い球。
こんっ、と棒でつくと、球が他の球を道連れにして、穴の中に落ちていった。
男がかるくおこなった一突きで、台の上にあった複数の球がすべて消える。跡形もなく。
ただの遊戯なのに、なんとなく私は冷や汗がでてくるのを感じた。
「さすがです、陛下!」
周囲にいた貴族っぽい親父たちが称賛して、男がゆっくり身を起こす。
この人が、王。
私は眼を丸くした。
獅子のように波打つ見事な赤毛、鮮やかな緑の瞳。
優雅な宮廷服に身を包んでいても、野性味にあふれている。剣王の名がふさわしい存在感。この人なら気にくわない臣下など指の一振りで処刑してもおかしくないというか、玉座で足を組んでふんぞり返っているのがすごく似合うというか。見事なまでの偉丈夫だ。
王がゆっくりと歩みよってくる。
アドリアンが丁重に腰を折った。
王に主従の誓いをたてた、優雅な貴族の礼だ。陛下に対する時のお兄様はちょっと違う。不覚にもギャップにときめいてしまった。
「久しいな、コスタス侯爵。宮廷に顔をだすのは何か月ぶりだ」
「陛下におかれましてはますますご健勝のほど、臣として誠に誇らしく存じます」
「ふん、心にもない挨拶などよい。教師になったそうだな。確か余が側近になれと打診した時は、若輩には荷が重すぎる、それに病弱な妹の世話があって邸をあけられないと断ったのではなかったか」
え? 王からそんな要請があるほど有能だったのか、アドリアンは。
「見たところ病弱な妹とやらもぴんぴんしているようだし、前途ある若者を導く教師がつとまるくらい年もとったのだ、そろそろ良い返事をきかせてもらいたいものだな」
「我がコスタス家の家職は外交。そちらで誠心誠意努めさせていただきます」
「王として、命じることもできるのだぞ?」
アドリアンは無言だ。
「ふん、相変わらず強情な。そういえばそなたの妹が聖バルトロ学院の祭で、おもしろいことをやるそうだな。模擬店の売上にそなたを賭けるとか」
そこでにやりと王が笑った。
「ならば、余も一口のってやろうか」
陛下、と周囲がざわつく。
それらに目をくれず、王がわざわざ私の前までやってくる。
「ただ命じるだけではつまらん。アドリアンを賭けて余と競わないか、マリー・ブランシュ嬢?」
アドリアンに、ではなく、彼は私に向かって言った。
誰の眼にも明らかなように、はっきりと名指しで。
「そなたは学院祭での出し物で。余はそうだな……半月後にある余の即位記念の夜会での余興を。客はかぶる、判定人には不自由せんだろう」
(は? ち、ちょっと待ってよっっ)
どうして王と私が?
王からいきなりそんな勝負をもちかけられて、私はとまどった。
いくらこの世界にうとい私だって、この申し出が異様っていうか、フェアじゃないってのはわかる。王に臣下が勝っていいわけがない。
それに学院祭りと王宮の夜会だなんて規模が違う。同じ土俵になんか立てない。不敬うんぬんとかいう以前の問題だ。予算から何からまったく違う。話にならない。
だいたいこんな異種間バトルが成立したとしてもこっちが不利だ。聖バルトロ学院は貴族御用達校だから客層はかぶるけど、彼らが公平な判定人になるわけがない。貴族とは王に仕える者。どこの世界に自分たちの王に負け票をいれる廷臣がいるのか。
「もちろん、公平でないというそなたの主張はわかるぞ、マリー・ブランシュ嬢」
王が私の顎をくいと持ちあげて、眼をあわせる。
近くで見るとますます迫力がある人だ。
「別に宴の規模を競おうというのではない。新規性、話題性、それらを競うのだ。我が密偵が公平にそれらの声を拾う。それならば可能だろう」
それならいけるかもだけど……こちらにメリットは何もない。
負ければそれを理由に王がアドリアンに何を言うかわからない。勝てば王の名に泥を塗る。
「なんだ、これだけ言っても承知せんのか? ではそなたのやる気をだすために、そうだな、余が負ければそなたの願いを一つ聞く、というのはどうだ。ああ、ついでだ、そなたが勝てば余が土下座してやるぞ」
「なっ?!」
思わず私は声をあげていた。だって王を土下座させるなんてどんな不敬か自分でもわかる。
(こ、これって挑発?)
周囲では居合わせた廷臣たちも息をのんで見守っている。
「これでも駄目か、マリー・ブランシュ嬢? 大声で命じなくてはならぬか?」
断ることは許さない。王の不敵な顔が言っていた。
王が他の廷臣たちに声が聞こえない距離に近づいたのを見て、アドリアンが唇を動かさずに、かすかな声をだした。
「……目立つ真似をなさいますね、陛下」
「本望だろう? コスタス侯爵」
王も唇を動かさずに答える。
どういう意味かわからずに私がとまどう間に、アドリアンと王が眼をあわせる。
アドリアンが他の者たちにも聞こえる声で優しく言った。
「安心おし、リル。兄は出世や俗世には関心がないから。断っていいんだよ」
「よくないでしょ、それは!」
別に自分は貴族の生まれではないし、高貴なる義務などというものは知らない。
だけど人間生きていくならいろいろしがらみもあるし、仕事もしないといけないということはわかっている。そしてアドリアンは王に仕える身だ。断ることは許されない。
(しかも陛下は学院祭の噂を聞いてこの話をふってこられたってことよね……?)
原因は自分だ。アドリアンは自分のせいで窮地に立っている。
ぞくりと体がふるえた。怒りと悔しさ、あと、名前のわからないいろいろな感情がわきあがる。今、アドリアンを守れるのは自分だけ。ならば責任をもってまいた種は刈る。負けない。もう二度と、あんな後悔をしない。
突き動かされるように私は口を開いていた。
「やります、陛下」
「ほう、いいのか」
「はい。私、陛下が公平な方と信じていますから」
私が言うと王が眼を丸くした。それから大声で笑う。
「釘を刺したか! とっさに余にそのような口をきける娘がいるとはな、気にいった。よかろう、その度胸にめんじて不正はせん、無理も言わん。王の名にかけて約そう!」
ほっとした。この人は信用できると直感する。彼は正々堂々とした勝負を望んでいる。それが遊び半分の余興であっても。
(……だったらやってやろうじゃないの。今の私はれっきとしたコスタス家の娘なんだから)
王だか何だか知らないけど、絶対ぎゃふんといわせてやる。
アドリアンのために、勝つ!




