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(あー、やっぱり人前でもこうなるのね……)
ロザとオーギュストの兄妹の邸に到着して。うやうやしく執事にとおされた客間で、私はため息をついた。
ロザの好みを反映してか、繊細な蔓模様の壁紙をはられた、しっとりおちついた客間だ。今の季節つかっていない暖炉には、緑のシダもあしらわれている。そんな豪奢だけど家庭的な雰囲気の部屋の長椅子に、私とアドリアンは座っている。
隣りあってではない。
私がアドリアンの膝にちょこんと腰かける形だ。
(は、恥ずかしいーーー、顔から火がでるくらい恥ずかしいーーーーっ)
でもアドリアンの膝から降りられない。
別にはがいじめにされて逃げられないのではない。アドリアンはリルの自由にまかせてくれている。だけど、降りられないのだ。
近頃のアドリアンは前とはちょっと違う。
召還されたての頃のようにいきなり抱きついたりと、馬鹿兄全開の迷惑行為はなくなった。
くっつきたいのは相変わらずのようだけど、蜘蛛がでた、みたいな突発事態以外で抱きつく時は、事前に一言断りを入れるようになったし、こちらが断ったり、膝にのってみたものの、やっぱり恥ずかしいから降りても何も言わない。
だけど、すごく悲しそうな顔をするのだ。
捨てられた子犬のような、胸が咎める顔を。
それでついつい私も膝に座りなおしたりして、結果、四六時中べたべたしていることになる。いくら兄妹でもこれはよろしくないと思う。
オーギュストが、ロザを膝にのせたまま、嘆かわしいと眉をひそめる。
「お前たち、いい加減にしろ、眼のやり場に困る」
「あなたにだけは言われたくありません」
しかしこの人にまでこう言われるとは、やはり異常なのか。
私はアドリアンの膝にのっかったまま、もじもじする。しかもこの頃この体勢も慣れてきたというか、人の肌ってあったかいんだなあと妙な境地に目覚めてしまったというか。前ほど嫌でなくなっているのも大変困る。
ゆっくりと茶の香を楽しんでいたロザが冷静な口調で指摘した。
「アドリアン様はきっと不安になられたのですわ。リル様が自分だけの妹でないと気づかれて」
「どういうこと、ロザ?」
「ほら、リル様、学院祭の準備で皆に慕われてますでしょ。あの様子をご覧になって、寂しくなられたのですわ。リル様にはリル様の世界がある。そう気づかれてしまったんですのよ。巣立ちの予感というやつですわね」
そういうものなのか、兄心とは。
(でも、もともと私は元に戻る方法がわかれば、ここからさよならするつもりでいるわけで、それをアドリアンは知ってるわけで……)
いつものように考えて、私は気がついた。
自分はこの国にきてから、ずっと帰ると言いつづけている。もしかしてアドリアンの溺愛はそのせいもあるのでは。いつか帰ってしまうから、せめて傍にいる間に一生分の思い出をつくろうとしているのでは。
そっとアドリアンを見る。こちらを見おろす青灰の瞳が切なげなものに見えて、良心がずきずき痛みだす。とまらない。
オーギュストがカップから口を離すと、アドリアンに渋く問いかけた。
「寂しいのか? 学院での妹の姿を見るのが」
「ちょっと違う」
アドリアンが力無く首をふる。
「リルは僕のために頑張ってくれてるんだよ。他の組の子が僕を賭けの対象にして挑発したから。邪魔なんかできないよ。というか頑張るリルはすごく可愛くて眼が離せなくて。でも近くで見ると邪魔になるから遠くからしか見られなくて。それが切ないんだ……」
「……立派にジョルジュの後継者だな。今度性能のいい遠眼鏡をお前の分も用意してやろう」
「お前の分もって、オーギュストはもってるの、遠眼鏡」
「当たり前だろう。遠眼鏡なしにどうやって学院にいるロザを見守るというんだ。基本だぞ」
「さすがだ」
二人の兄の間にきらめく友情の光が舞って、私の胸から良心の呵責が消えた。いつも絶妙のタイミングで、シリアスな雰囲気を吹き飛ばしてくれるのだ、この馬鹿兄は。
「はいはい、それでおちついたなら、私、ロザの部屋にいくね。二人で学院祭の詳細をつめるから」
私は立ちあがった。が、兄たちがここにいろとうるさい。しかたないので、同じ部屋の別のテーブルにメニューや試作品を並べてチェックすることになる。
「わ、このカップケーキ可愛い。上のアイシングを動物の顔にしたんだ」
「カロリーヌ様の作ですわ。あちらは小さな妹様と弟様がおありだから、その方たちの意見をお入れになったそうですの」
「へえー、カロリーヌってお姉さんなんだ、なんかわかるー。おっとりさんだけど、しめるとこはきっちりしめてくるもんねー」
相槌をうちながら、私は可愛い子犬ケーキを見る。つぶらな瞳は干しぶどうで、垂れた耳はアーモンドをスライスしたものをつかってある。黒々とした鼻と、もぎゅっとした口はチョコレートで描いたらしい。ぬいぐるみみたいだ。
猫や羊、熊もいる。
皆、もこもこふわふわで、食べるのがもったいない。
「見本に一個づつお皿にもっておこうか」
「いっそワゴンでサービスしてはどうでしょう。その場で望みの品をとりわけますの」
「いいね、それ!」
学院祭は明後日に迫っている。見落としていることはないか、修正箇所はないか、いくらでもすることはある。
「じゃ、メニューはこれで決まりね」
「ですわね。日持ちする焼き菓子はそれぞれの邸で焼きあげて、先に個別につつんでリボンをつけましょう。そうすればお持ち帰りとしても売れますでしょ?」
「わ、さすがロザ。あ、宣伝もかねてリボンに小さなカードつけるのどうかな、ウィンダミアって飾り文字で書いて」
二人できゃいきゃい言いながら試食とかしていると、ティルマンの来訪を告げられた。他家を訪問中なのに呼びにくるなんて、何事だ。
客間まで通されたティルマンの顔はいつもと違ってこわばっていた。
「ど、どうしたの、ティルマン」
「実は陛下よりの使者が邸に参られまして」
「へ、陛下よりの使者?!」
「どうか邸にお戻りを。急ぎ登城するようにとのお言葉なのです。ああ、リル様もお早く。コスタス侯爵においては、妹嬢とともに王宮に伺候するようにとの要請で」
「へ?!」
アドリアンはともかく、どうして私まで?
私は眼をまたたかせた。




