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無事企画も提出し、審査をへて許可がでて、模擬店準備活動が解禁になった初日。授業が終わると、さっそくそれぞれがさっそく持ちよった衣装を試し着することになった。
お嬢様お坊ちゃまにとっては初めての男装に女装、未知なるスカートにズボンなのだ。実際に身につけて動き回る練習をしなくてはお客様に給仕など無理だ。
といっても、男子生徒で女装するのは数名だけ。
さすがに名家の子息に女装は家族がうるさいし、本人たちの心理的ハードルも高い。そこで話し合いのすえ、有志数名で看板娘をつとめることになった。他の男子は裏方だ。
ちなみに女子にも救済措置をとろうとしたけど、男装女優の劇が都で流行っているとかで、皆のりのりで専用の執事服を仕立ててきた。家族も意外と太っ腹な反応だ。ロザ曰く、親もそれだけ勝負に勝ちたいということらしい。
「勝利した組はうまくいけば陛下に目通りできますもの。社交界デビュー前から陛下の眼に娘を入れることができるなど、王妃の座を狙う各家にとって、またとない機会ですから、そこをアピールすれば親も折れますわ」
ロザがころころ笑う。さすがは委員長、我らが司令塔だ。
そんなロザは体にぴったりの執事服姿が可愛らしい。ベストのポケットから金の鎖が見えていたり、釦に薔薇の刻印があるなど芸が細かい。オーギュストがデザインした特注品だそうだ。
私もティルマンからもらったズボンをはいてみる。
急に体が軽くなった。楽だ。他の令嬢は恥ずかしがってきゃあきゃあ言っているが、なじむ。胡坐をかいて床に座ってほっとした。
「ま、あ、マリー・ブランシュ様、そんな恰好」
「あ、ごめん、つい。私、家ではいつもこんなだから」
お嬢様ぶりっこもつかれるのでカミングアウトする。皆が眼をぱちくりさせてリルを見た。
「女子は条件の良いところへ嫁げるよう厳しく育てられるものですのに、自由ですわね」
「アドリアン様は妹君をお嫁にださずにずっと手元におくおつもりという噂、本当でしたのね。そんな溺愛されるなんてうらやましい……」
「え、えっと……」
女生徒たちの視線がうらやましいを通り越して、ちょっと恨めしげになっている気が。
とまどう私を、ロザが廊下にでようと誘ってくる。
「無理もありませんわ、家のしがらみのある方ばかりですし。家族がおありでも愛に満ちているとは言い難いので、リル様がうらやましくなるのですわ」
「ロザはそういう眼を向けないね、ほっとする」
「あら、だって私、兄からの愛でしたら満ち足りておりますもの」
「……そうだったね。ロザのお兄さんはアドリアン以上の兄馬鹿だっけ。当日、どうするの? オーギュストさん朝から押しかけてきそうじゃない?」
「そうですのよね。うちの喫茶を全日貸切にしてきそうで。それだと統括委員から反則と言われそうですから、当日は魔術の塔に手を回して騒ぎを起こさせようかと思ってるんですの。兄としては駆けつけざるを得ませんから。でもそれくらいであきらめるかしら」
「兄馬鹿、だもんねぇ」
二人でほうとため息をつく。溺愛される妹というものも悩みがつきない。
その時、聞きなれない少女たちの声が飛びこんできた。
「何ですの、それ。自慢? 素敵なお兄様がいると見せびらかしているの?」
振り向くと、廊下の真ん中に同学年を示す赤いクラヴァットの女生徒が数人、立っていた。
ラ・サーファスのお嬢様たちだ。
彼女たちがこちらを憎々しげに見て、挑発してくる。
「学院祭で喫茶を開くのですって? よくもまあそんな発想がでましたわね」
「しかも男女逆転なんて思いつき、なんてうらやま……、あ、いえ、破廉恥な!」
「私どもの正統派メイド喫茶でこてんぱんにしてあげますわ!!」
正統派メイド喫茶? どういうこと、学院祭で喫茶店を開くのはうちの組だけのなのに。
そこへ血相を変えたジョルジュたち男子生徒が駆けこんできた。
「大変だっ」
「どうしたのジョルジュ、今日発表の全組の模擬店内容を見にいってたんじゃ」
「それが……。俺たちだけじゃなかったんだ、〈執事&メイド喫茶〉の企画を出したのは」
「なっ?!」
「そこにいるラ・サーファスの奴らが、〈男女一斉メイド扮装喫茶〉の企画をだしてたんだっ。あきらかに俺たちの案を盗んでっっ」
「提出しにきたと見せかけてぎりぎりまで統括委員室に居すわって、俺たちの案を聞いたとたん、企画書を書きなおしたんだ、きっとっ」
私は振り返った。ラ・サーファスの女生徒たちは、堂々と勝ち誇った顔をしている。
「真似ではありませんわよ、何度も言いますけど、私どもの喫茶は〈メイド喫茶〉。あなたがたのところと違って全員メイドになるのですもの!」
「喫茶をやる発想、あなたがただけのものではありませんのことよ!」
そう彼女たちは主張するけど、学院祭史上初めての喫茶構想が同時に二組提出されるなんてどう考えてもおかしい。
でも証拠はない。
しかも全真似するのではなく、微妙に変えて、全員メイドなどと変化球を売ってくるあたりが姑息だ。これでは真似っこだと苦情申し立てもできない。
「妙な眼でこちらを見ますけど、あなたがたこそ私たち、ラ・サーファスの案を盗み聞きなさってまねされたのではありませんの?!」
「なっ、そこまで言うか?! 盗人猛々しいとはこのことだ!」
「そうだっ、卑怯だっ」
「ほほほほ、なんとでもおっしゃい、負け犬の遠吠えは気持ちいいわ。ところで、そこの小さなお嬢さんが噂のコスタス家の令嬢ですの?」
ずいとリーダー格らしきラ・サーファスの女生徒が前へ出る。
「ふ、ん、大胆なことを考えられるから、どんな大人びた令嬢かと思えば。十四歳にしてはずいぶん小さい方なのね。やはりああいう生まれ方をなさったから?」
どういう意味? 聞き返そうとした私をさえぎって、ロザが前へでる。
「で、あなたがた、ここへは何をしにいらしたの? 案を盗んでみたものの、私たちの反応が心配で見にこずにはいられませんでしたのね。恥知らずな小心者のなさりようらしいですわ」
「な、なんですってえ!」
ばちばちと火花が散る。ロザが堂々と言い放った。
「学院内の私闘は厳禁。学院祭の遺恨は学院祭ではらす。売上で勝敗を決めるというのはどうでして? 付け焼刃の盗人が、本家に勝てるはずないと思い知らせてあげますわ」
「言うじゃない。勝つのは私たちラ・サーファスよ。そうだ、どうせなら賭けるものがあったほうが楽しいわね。あなたたちが勝てば私たち、土下座して負けを認めてやるわ。そのかわり、私たちが勝ったらあなたたちのお兄様を一日貸しだしなさい!」
「え?!」
あんなのをどうするんだ、との言葉は飲み込む。隣でロザがにやりと笑っていた。
「私の大切なお兄様をあなたがたごときに貸しだせ、ですって?」
真紅の唇を三日月の形につり上げたロザはすごく怖い。
「よろしくてよ。きっちり盗人は自分たちと認めさせて、地面に這いつくばらせて己の分というものを思い知らせてあげますわ。あの兄を御せるのはこの私だけ! それを貸せなどとおこがましい! おーほほほほほほほほ!」
ロザが高笑いを披露する。
あなたそういう人だったの? まともな人と信じていたのに! 思わず私はつっこみを入れる。
でもロザはあのオーギュストと同じ血をひく妹。これくらいでないと逆におかしいのかもしれない。
かくして学院祭の名を借りた戦いの幕は切って落とされたのだ。




