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ある朝眼が覚めると溺愛されていました  作者: 朱居とんぼ
第二章 家族ってこんなものですか?
12/38

3

 アドリアンは毎朝、早くに目覚める。


 いつも地下室にこもっているから寝るのは遅いし、徹夜だってしたりするのに、朝の五時にはきっちり目覚めて洗顔などをすませ、着替える。

 そして庭にある大樹に花を手向ける。


 どうしてそんなことをするのかわからないけど、日課らしい。手入れされた芝の上に花を並べるアドリアンの表情は、とても寂しそうで、胸が痛くなった。


 知りたい。そう思った私はさっそく行動を起こした。

 とりあえずアドリアンの一日を観察する。


 改めて注目すると気づかなかったことがいっぱいある。例えば彼はいつもお茶にはミルクと砂糖を入れるけど、眼ざめの一杯は何も入れないストレートだとか。私につきあってケーキも食べるけど、一人の時は甘いものは口にしないことや。


 意外と仕事もしていた。


 地下室でいろいろ薬品を混ぜたりするだけでなく、書斎で難しそうな書類を読んだり書いたり、それに真面目な顔をした年輩の客たちと客間で面談したり。

中の会話を聞こうとするとティルマンに追い払われるから無理だけど、何か真剣な話をしているらしい。ちらっと扉の隙間からのぞいたアドリアンの横顔は、できる男といった感じで、はからずもときめいてしまった。

 いっぱい新しい発見がある。おもしろい。


(って! 何わくわくしてるの、私!)


 アドリアンの後をこっそり追いかけながら、私は自分に突っこみを入れる。


(べ、別に私、嫌がらせをやめたからって、おとなしくここにいるつもりはないんだし、こうして見張っているのだって、彼がどうして妹にこだわるのかを知って、そこを解決して、心おきなくおさらばするためで、これは良心の呵責なく彼に嫌われるための下準備で、別に彼が気になっているわけじゃないんだからっ)


 ……自分でもツンデレか、と言いたくなるこっぱずかしいいい訳をしたくなる。それくらいむずむず背中がかゆくなる。


 なのに……こそこそアドリアンの後をつけるリルを見守るメイドたちの眼が、妙に生温かい。


「ようやくリル様もアドリアン様の良さがお分かりになられましたのね」

「よかったですわあ」


 この邸の使用人は皆アドリアンが大好きなので、すべて好意的に解釈してくれる。


(アドリアンって皆に好かれてるんだ……)


 あの日の寂しそうな顔が忘れられないから、よかったね、とちょっと安心する。そしてまた自分に突っこみを入れる。


(だから違うんだってばっ。この頃おいしいパンをつくりに毎日厨房に通ってるのも、前ほどアドリアンと一緒に食事するのを嫌がらなくなったのも、すべて彼の真実を知るためでっ)


 頭を抱えて言い訳する。

 でも一番の問題は……。


「リル、何してるの?」


 カーテンの陰に隠れていたのに、見つかった。不思議そうな顔をしたアドリアンが、重い緞帳を持ちあげて、しゃがみこんだ私を見ている。

 

 そうなのだ。陰からこっそり観察したいのに、すぐにアドリアンに見つかってしまうのだ。


 アドリアンはのほほんとした天然馬鹿に見えて勘が鋭い。

 これだけ離れれば大丈夫だろうと、中庭の木陰から窓の中をのぞいてもすぐに気づいてしまう。こっそり隣室からうかがっても同じ。

 そして一緒に散歩しようなどと誘われてしまうのだ。


(これじゃいつもと変わらないよね……)


 結局、一緒に散歩しながら考える。これではこちらから誘いにいっているみたいだ。観察にならない。




  ******



「ということで、この場合どうすればいいと思う、ジョルジュ!」

「何、アドリアン兄上の追っかけをしたいだと?! よし、俺にまかせとけ!!」


 翌日の学院で。このさい、ストーカー歴の長い先輩に聞いてみる。彼はすぐにのってきた。


「直接視線を向けるからまずいんじゃないか? 自分の存在を見せつけるために後をつける時は別だが、視線を向けていることすら感じさせない、それがプロだぞ」


 アドリアンはまだしつこく聖バルトロ学院で教師をつとめている。教員室の斜め上の教室に陣どったジョルジュが、伸縮自在の棒をだして小さな手鏡を器用に取りつけた。


「これをこうしてだな……」


 窓枠の下に座りこんで、棒を外へだして操作する。くねくね曲がった棒は見事、手鏡部分を教員室の窓に向けた。視界は狭いけど教員室の中が見える。すごい技だ。


「さすがジョルジュ!」

「ふっ、隠密行為はまかせておけ。鏡の反射光に気をつけるのがポイントだ……、と、おかしいな。兄上が教員室におられないぞ」

「え? 移動したのかな。しばらくあの部屋で仕事するって言ってたけど」


 私が首をかしげたとたん、潜んでいる教室の扉が開いた。


「何をしてるんだい、リル。ジョルジュと二人だけで遊んでるなんてずるいじゃないか」


 アドリアンだ。

 気配を感じてわざわざ階上のこの部屋までやってきたらしい。


「……確かに観察するには難しい対象だな。俺一人でやっている時はここまでではなかったから、お前限定かな。勘がよすぎる」

「でしょ?」

「知りたいことがあるのなら、ずばり聞いてみたらどうだ」

「そんなことして詮索好きって思われたら嫌だもん」

「別にいいじゃないか。もともと嫌われたがっていたんだろ?」


 そうなのだけど、意図して嫌われるならいいけど、こんなことで嫌われるのは嫌というか。


「何を二人で内緒話をしてるの、いつの間にリルはそんなに彼と仲良くなったのかな?」


 いつもならロザが一緒だからか、ジョルジュと話していてもそこまで怒らないアドリアンだけど、さすがに密室に二人きりはまずかったか、向けられた暗い嫉妬の念が地味に怖い。


「ジョルジュ? 何か申し開きはあるかな?」


 アドリアンに嫌われたくない一心だろう、ジョルジュが私の鞄をうばって差しだした。


「ち、違うんですっ、こ、これ、できかけだけどっ、妹様が兄上にっ、俺、協力しててっ」


 そこには前に編みかけてそのままになっている怨念セーターが入っている。

 アドリアンの機嫌を直すには私の手作り品が一番。

 それをよく知っているジョルジュの策は効をそうした。鞄を受けとって中を改めたアドリアンが笑顔になる。


「これをつくってたの。ならそう言えばいいのに、あいかわらずリルはてれやさんだなあ」


 ただし釘を刺すのは忘れない。


「今日はこれで許してあげるけど。ジョルジュ、わかってるね?」

「は、はい、今後二度と密室で兄上の大切な妹君と二人きりになったりしません。やむを得ず同席する場合は事前に兄上にご報告の上、許可を得ます」

「よろしい」


 どうして級友と話すのに兄に許可を求めなくてはならない。

 私はため息をついた。

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