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ある朝眼が覚めると溺愛されていました  作者: 朱居とんぼ
第二章 家族ってこんなものですか?
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(うーん、どうすればいいんだろ)


 とりあえず教室に戻って考える。


 今ではここが心のオアシスだ。


 アドリアンの担任就任乱入とシスコン暴露、くわえて私がお嬢様の芝居を忘れてアドリアンに蹴りを放ったのが効いたらしくて、他の生徒が遠巻きにして近よってこないのが心地よい。


 普通こんな扱いを受ければ、いじめ? とはらはらするものだろうけど、今の私には究極ドライなこの環境がたまらない。

 なのに。


「え? 学院祭?」

「そうですの、年に一度、生徒の父兄に学院を開放して開きますのよ」


 隣の席で、〈委員長〉と書かれた腕章を巻いたロザがため息をついた。


「もう一か月後に迫ってますの。授業の一環で、学業を実践に試そうという主題があって、クラスごとに模擬店をだして売り上げを競いますのよ」

「お貴族様なのに、売上って、なんだか意外」

「そうでもしないと皆さん実践教育の場がない方々ばかりですから。各家の大人げない親が口や金をだしては収拾がつかなくなりますから予算は一律学院がだす額のみ、企画運営も大人の手が入っていないことを魔術も使って走査しますのよ」

「魔術まで使うの? 厳重ね」


 びっくりだ。

 この学院はお金持ち校だけあって、がっちり敷地は魔術で防御されていると聞いたけど。魔術は限られた者しか使えないし、普段眼にしないから存在を忘れかけていた。


 まあ、自分自身が魔術で召還されたうえに魔術でつくられた体と、実例のオンパレードなわけだけど。


「その年の優勝組は学院の花。陛下じきじきにお褒めの言葉をいただけますわ。だから各組、熱が入りまくりですのよ」

「え? 王様まででてくるの?!」


 それはすごい。さすがはお貴族様学校だ。


「で、この学院は一期年につき二組づつありますでしょ。特にこの同学年組間の競争がし烈ですの」


 初代担任教師の名を冠した、三期年の二つの組。

 ウィンダミアと、ラ・サーファス。


 何しろこの二つの組、大人の政争の世界を反映してきっちり宮廷派閥ごとにわけられている。昔、混合組にしていた頃、生徒同士の諍いからその父親たちも巻き込んでの一大政争に発展、流血騒ぎとなった過去があるため、学院側がわけたらしい。

 以来、校舎の端と端に互いの教室を配置するなど配慮されているのだけど。特別講義の移動教室とかは共用だから、会う時は会ってしまう。廊下ですれ違った時には、びしばしの敵意を向けられる。


「で、今年はうちの組、ロザが実行委員長なの?」

「ええ。新学期がはじまってすぐに委員長の位をいただいてずっと考えてきたのですけど、いい案が思いつかなくて。ここ三年惨敗ですの、うちの組」

「うわ、この学院って組替えなしの持ちあがりよね。それはきつい」

「でしょう? ちっ、毎年毎年勝ち誇ってくださったりして、あんの野郎ども」

「あ、あの、ロザさん? 人格かわってますけど??」

「ほほほ、私としたことが。まあ、そんなわけで今年こそは勝ちたいんですの。企画をだす期日が迫っていて。リル様って、ほら、秘密ですけど異国の出じゃないですの。何か変わった余興など、ご存じではありません?」

「うーん、そう聞くと協力したいのはやまやまだけど、私、記憶がないのよね……」


 とはいえ肝心の個別情報は覚えていなくても、この手のくだらない知識はあるのがこの私。腕を組んでしばし考える。学校、祭。模擬店。ここから連想できるのは何? 去年までの出し物は、女生徒有志による手芸販売店や音楽演奏会だったらしい。予算が少なすぎて、大がかりなことができないそうだけど。


 でもそれはあくまでお貴族様の感覚で、金額を聞くとけっこういろいろできそうだ。

 この国の貨幣価値は午後のドレス一着が百五十デュカス。

 刺しゅう入りの絹のハンカチが六バンスで、この前こっそり立ちよった市場で買ったクレープの肉包みが一個四ペスだったから……。


「……男女逆転、執事&メイド喫茶ってどうかな? 衣装は家から持ちよって、茶葉や焼き菓子は材料だけ買って自分たちでつくれば三日間分くらいかるくいけるけど」


 口にだして、ああ、しょうもなー、と遠い眼になる。

 どうして私はこの手のくだらない記憶ばかりあるのか。ため息がでた。


「ごめん、忘れて」


 言ったのに、ロザが眼をきらきらと輝かせている。


「ま、あ、そんなの、考えたこともありませんでしたわ。この私がへりくだったメイドや執事になってお客様をもてなすなんて。なんたる下剋上、倒錯の世界、ぞくぞくしますわっ」

「しかも手作り菓子だと? アドリアン兄上は絶対に客としてこられるわけだし、俺の手づくりを食べていただけるわけか?! 最高だ!」


 反対側の席で聞き耳をたてていたジョルジュまでが眼を輝かせてつめよってくる。

 え? そんなのでいいんですか??

 二人の盛りあがりように、かえって私はうろたえる。それどころか、遠巻きに会話を聞いていた他の生徒たちまでが、わっと歓声をあげる。


「そんな発想、我が学院はじまって以来ですわ。私、お父様や伯母様たちに来てもらえるようにお願いしますわ」

「一回限りの演奏会と違って喫茶店方式なら何度も客を入れ替えられる。入場料以外に茶菓代もとれる、人件費はかからないから安くあがるわけか。なるほど理にかなっている!」

「そうと決まれば俺は邸に出入りする商人に安価で材料を提供させるよう交渉しよう。厨房長に言って俺たちにもつくれる方式を調べさせなくては!」

「おい、声をひそめろ、廊下にもれて他の耳に入ったらどうする! こういうことは密をもって良しとする」

「そうだ、学祭統括委員会に案を提出するまで、情報が漏れないようにしなくてはっ」

「よし、企画書提出は俺とルネがやろう。提出締め切りぎりぎりまで会室の外で待ち、一気に持ち込む。これで模倣犯をふせげるはずだ!」

「飲食店を開いた史実など学院歴に存在しない。勝てる!」


 うおおお、と皆がもりあがる。


 味方の結束を強めるには共通の敵をつくればよい。そして士気を高めるには明確な目標と、自分も参加している、作戦の一員だと自覚させること。


 政治学の講義で聞いた言葉だが、本当だ。一気にクラスが団結した。確かに実践の場は教育に必要だ。実例を見るとするっと頭に入ってくる。


「マリー・ブランシュ様、私ども、未知の領域ですので、ぜひこれからもご教授くださいな!」

「さすがは外交関連を取り仕切るコスタス家の令嬢、不思議な知識をお持ちだ。あなたのことを誤解していた。今まで話かけずにいた無礼を許していただきたい」


 私の周囲にまで生徒たちが集まってくる。


 いつの間にか私は名誉顧問として、〈男女逆転執事&メイド喫茶〉をとりしきることになっていた。


(いいの? 本当にいいの?? だってあなたたち貴族の子弟でしょ? でもって勝負の結果はこの国の王様の耳にも入るんでしょ? なのにこんな低俗な案で本当にいいの??)


 私は今さらながらに青ざめるが、動きだした運命の歯車を止めることはできない。


(でも……これ、いい機会かも)


 アドリアンはこの組の担任で、催し物が成功するよう後押しする立場にある。


 相手のことを知るには仲良くなるのが一番。そして一つの目的のために団結すると親しくなれるのは眼の前の生徒たちが実証している。


「おい、誰かアドリアン様に許可もらいにいけよ。統括委員に提出する企画書には担任のサインがいるから」

「私、私がもらってくる! へたに教員室や他の耳があるところで企画を話すと他の組に対抗策を考えられちゃうかもしれないんでしょ。私なら一緒に暮らしてるし、絶対盗み聞きされない家の中で企画説明できるからっ」


 私は自分から手をあげて立候補した。


 かくして。

 貴族御用達の伝統ある聖バルトロ学院謝恩祭で、史上はじめて〈男女逆転執事&メイド喫茶〉なるものが開催されることとなったのだった。


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