幼少編 1
――そして違う世界で第二の人生が始まった。
「あのクソ天使め」
グサッとスプーンで刺したブロッコリーもどきがお皿の上で転がる。
「説明不足!」
お次は柔らかく茹でられた人参もどきが潰れた。
食べ物を怒りの矛先にするなど、前世では決してやらなかったが今だけは勘弁して欲しい。
思考タイムに入る度に込み上げてくる怒りの大きさからして、いっそ椅子でも投げ飛ばしてやりたいのだが生憎そうはいかない。久しぶりに手に入れた一人の時間を誰にも邪魔されずに有意義に怒り狂う為の苦肉の策だ。
「坊っちゃま?」
カチリと扉が開く。入室したメイドが近づきながら声をかけてきた。扉が開くと同時に咄嗟に表情を変えたが、荒んだ目付きを見られかもしれない。
「んー」
握りしめたスプーンでつぶれた人参もどきをわざと不器用にすくい、ぱくり。
うん、リンゴに似た味。
ゆっくりと咀嚼しつつ、「あー」とか言いいながらブロッコリーもどきも不器用にすくう。
暫く見つめていたメイドも、鈴菜による涙ぐましい努力で作られたいつもの食事風景に安心したのか微笑むと傍に控えた。
今メイドからは子供用の椅子にちょこんと座り、半固形状の幼児食を頑張って一人で食べるこの館の一人息子が見えているだろう。
そう、息子。
男の子
男!
せっかく生まれ変わったのに前世の記憶が残っているせいで中身と入れ物がちぐはぐ。将来の事を思うと今から胃が痛かったりする。
それもこれも、天使のあの一言から始まった。
自分の体が消滅してあぁ、終わったなと感傷に浸っていた。何だか暖かくてふわふわして眠くて、思考もうまく働かない中、脳内に直接語られた言葉がある。
――幾つか融通は効かせておきました。どうかお幸せに――
ちょっと待って。融通とは何なのか。お幸せにって私はもう死んだはず。いったに何が……。
色々聞きたいことはあったが、すでに体も無くたぶん魂だけの存在だった私は何一つ言葉に出来ない。
さらに押し寄せてくる睡魔の波に抗いきれず深い眠り入った。
で、目覚めたら不思議な音がする狭く暖かい場所にいて何処だろここ、とか思ったが不思議と安心出来る場所だったのでもう一度寝た。
その後も度々起きることはあったが、出来ることは壁を軽く蹴ってみたりするだけ。
思考が鈍くただ安全だから大丈夫だろうと直ぐに眠りについた。
今思うとそれが母親のお腹にいた時だったのだろう。
その後はまぁ、出てくるときに死ぬかと思った。頭が潰れたかと思ったが無事だったらしい。
目を瞑ったまま呆然としていたら逆さにされて背中を容赦なく張り手された。
――痛い!
と、私の悲鳴は言葉としてではなく泣き声として口から出た。
それが産声となり歓喜した父親と母親にキスされた時点で何故か記憶を持ったまま生まれ変わったのだと気付いたのだ。
そこからはまぁ、必死の情報収集だ。
1歳まではろくな成果は無かった。難しく考えようとしら途端に眠くなるのだから仕方ない。脳がまだ未発達なせいだろうと諦める。ついでに母乳を飲まされるのも恥ずかしいが乳児の勤めだと諦めた。
ただ、言葉を既に理解できることは助かった。多分天使の融通の一つだろう。
解ったことは、自分が男に生まれ変わったことと、でかいお屋敷に棲んでおり貴族的な家柄の長男として生まれたこと。
母の愛称がマリー、父がジル。そして自分はギル。
そして日本では無いこと。じゃあ何語を話てるんだと言われたらそれは解らない。解らないが大体は理解出来る。不思議だ。
あと父親も母親も若く物凄く美形だ。
母親は細身に色白の淡い茶髪をカールさせた綺麗系美人。緑がかった目が宝石みたいで見とれてしまう。なかなかに自慢の母親だろう。美人薄命の文字がピッタリで少し不安になるが。
父親はがっしりとした筋肉が付いた大柄な体型で元日本人の感覚からしたら引きがちかもしれないが、ダンディなおじ様と考えるととてもしっくりくる。金髪で青い目。屋敷に帰ってきた時は大概腰に剣を提げていて引き締まった体を見ていると妙な色気があり脳内鼻血が出るほどかっこいい。
この分だと自分の外形も恵まれたものになってそうだと予想出来る。
やれ天使のようだと両親やメイドからちやほやされるので間違いないだろう。“天使”と言われる度に不機嫌になり不思議がられたが。
なんやかんやと甘やかされ育ち、母乳から流動食へと代わりだした頃にまさかと思っていたことが決定的になった。
どうもこの世界は日本どころか地球でも無いらしい。
出てくる地名はどれも初めて聞く名前で、魔術が普通に使われていたりする。
夜はふわふわした丸い明かりが天井から部屋を照らす。消すときも自動で消したように見えるのでやけに不思議な照明だと思っていたが魔術だったらしい。
魔術が発達した分、科学技術などは地球より遅れをとっている感じだ。車変わりに馬だし。
じゃあ自分も将来魔法を使えたりするのかと胸をときめかした。