第5話、強く握られていた
五月十五日、金曜日
「せ〜んぱいっ!かわいい後輩と放課後デートの感想はどうですかっ?」
「あ〜はいはいうれしーうれしー。」
「普通にムカつきますね。」
両手に買い物袋をぶらさげながら、俺は雨雲とのたのしー会話を聞き流していた。
「そもそもデートじゃなくて買い出しな。生徒会の備品を買って来いってパシられてるの。」
「冷静になったら、なんでこんなことやってるんだってなりますね。」
「お前が『わかりました〜!任せてくださ〜い!』とか超いい笑顔で言うからじゃん。」
「なんですかそれ、私のマネですか?似てないです。気持ち悪いです。」
「うっせ。」
嫌悪感丸出しの顔で俺の方を見る雨雲。恐らく本当に気持ち悪いと思っているのだろう。解せぬ。
サポーターとしての……仕事がなかったからそう言っていいのか分からないが、一回目の会合以降、雨雲はこんな感じで来るようになった。
理由は単純。俺が図書室で雨雲の素を見てしまったからだ。もう隠す意味が無いと悟った結果、このように接してくるようになったのだろう。
てかこいつ、普通に口が悪い。
このクソ生意気なやつが世間では『優等生』として振舞ってるんだからなぁ……やっぱ見た目で判断しちゃいけないな。
目の前の現実から目を背けるように考え事をしていると、視界の端にゲームショップがあったことに気づいた。
今日の帰りに暇つぶしに寄ろうかと思っていたが、せっかくだから見ていってもいいだろう。というか一人になりたい。さっさと雨雲を学校に帰らせよう。
「雨雲。」
「なんです?」
「俺、ちょっとあの店寄るから。」
「……は?」
「だからほれ、荷物もって学校帰ってて。」
そう言いながら両手の荷物を雨雲に差し出す。
その荷物を数秒の間眺めた後、雨雲は口を開いた。
「怒られますよ?」
「だいじょぶだろ。俺『問題児』らしいし。」
自虐気味に、それでも重く捉えられないように笑いながら言う。
だが雨雲は笑うことなく、じっと俺を見つめたままだった。
あの〜……ここ笑うとこですよ。
「……先輩の『噂』ってホントの事なんですか?」
「あぁ、知ってたのか。否定するところがないな。」
「生徒を脅したとか、若い女性教員を拉致監禁しようとしたとか、文化祭を乗っ取ろうとしたとか。」
「ちょっと待て、全然知らない噂なんだが?」
多少の尾ひれは付いてもおかしくないとは思っていたが、幾らなんでも付きすぎだろ。
「……なんだ、やっぱ噂って当てにならないですね。」
「全部合ってるとも言わないが、全部間違ってるとも言わないぞ。」
「なんとなくですけど、先輩、噂ほど悪い人に見えないというか……。」
「そりゃまた、なんで?」
そう聞くと、雨雲は右手の人差し指を立て、顎下に持っていく。
「だって、『若い教員』って日野本先生の事ですよね?うちの学校で若いってあの人くらいですもんね。」
「……お前、それ絶対ほかの先生の前で言うなよ。」
さりげなく学校中の先生をぶっ刺していることに気づいて欲しい。
「普通、拉致監禁されかけて生徒と、あんなふうに親しげに会話しますかね?」
「確かに。」
「そもそもそんな問題を起こしかけた生徒を、学校側が放ったらかしにするとも思えないんですよね。」
「おぉー……。」
「なんで先輩が感心してるんですか……。」
かなり意外だった。
雨雲は噂を鵜呑みにするタイプでは無かったらしい。
「いや、意外だと思って。お前みたいなやつって、噂話とか好きだろ。」
「噂話自体は嫌いじゃないですけど、信じるか信じないかは、また別の話じゃないですか。それに……。」
そう言うと雨雲は、自信満々に胸を張った。
「私みたいな前例があるんですよ?」
「……確かに。」
なんて説得力のある話だろう。
今、雨雲は世間一般的に『優等生』だ。そこに誰かが『雨雲は本当は口が悪い。』みたいな噂を流して、どれだけの人が信じるだろう。割合的には信じない方が多いだろう。
「だから私は、ちゃんと関わってから判断しようかと思ってます。」
「噂通りだったらどうするんだよ。」
「そもそも本当だったらそんな事聞かないでしょう。」
それは確かに言えてる。
「ということで!私もあのゲーム屋さんに一緒に入ります!実は私、結構ゲーム好きだったりするんです!先輩がやってるゲーム教えてください!」
「うん。絶対やだ。早く学校帰れ。」
「この流れでなんでですか?!」
少しだけ、俺の雨雲を見る目が変わった日だった。
五月十八日、月曜日
「今日は仕事無いそうですよ。」
「あの人、手が回らないくらい忙しいって言ってなかったっけ?」
やっぱりあの先生、都合のいい労力を手に入れるために適当言っただけなんじゃなかろうか。
「多分ですけど、この集まりが出来たのが急だったから、どの仕事ならさせても問題ないか決まってないんじゃないですかね?」
「あーなるほどな。」
確かに、生徒会の仕事ともなれば口外禁止の資料とかもあるだろうし、納得ではある。
そもそも一番最初の仕事が買い出しだったからな。まじでパシられただけなんじゃねぇかコレ。
「せ・ん・ぱいっ!これ!一緒にやりません?」
「……お前それ……。」
自信満々に俺にスマホの向けてきた雨雲。
その画面には、モンスターを引っ張って弾いて倒す、人気ソシャゲが映っていた。
「この前私が勉強してる時にやってましたよね?わ・た・し・が!勉強してる時に!」
「トゲを感じるのは気のせいですか?」
だって仕事がない時にやる事が無いんですもの。
本当はそのまま帰りたかったのだが、毎回雨雲に止められ、結局雨雲が満足いくまで生徒指導室に残らされている。その間に俺がやる事が、本を読むかスマホいじるか、たまに雨雲に解き方を聞かれて教えるくらいしかないのだ。俺は悪くない。雨雲が悪い。だからジト目でスマホを押し付けてくるな。うっとおしい。
「お前、こういうのやるんだな。」
「この前言ったじゃないですか〜。私、こう見えてゲームやるんですよ?でも女子の友達ってゲームやる人いなくて、男子ならやってる人見かけたんですけど……その、ガツガツ来すぎというか……。」
「あぁー……。」
「その点、先輩ならアメーバだから問題ないかと!」
「おい、この前言ってたヤツと違うぞ。」
「気にしないでください!ジョブチェンですよ!ランクアップです!」
「ミジンコからアメーバはランクダウンしてんだよ。」
何故、多細胞生物から単細胞生物にしたのか。
これはあれか?単に俺を単細胞とでも言いたいだけなのか?
「ほら!早くやりますよ!今日限定クエストの日なんですから!」
「はいはい。」
俺は仕方がないと言ったふうにスマホのソシャゲを起動するが、自分の頬が緩んでしまっていることに気づくことはなかった。
五月二十日、水曜日
「こうして見ると、意外と校舎ってボロボロですね。」
「まぁ、新しくはないからな。」
俺と雨雲は生徒会の手伝いで、後者の見回りも兼ねて、破損箇所・危険箇所のリストアップをしていた。ここにきてようやく、それっぽい仕事を任されたのである。
「あっ、先輩。ここも危なくないです?」
「ん、んじゃ書いとく。」
「……あの、先輩。」
「ん?」
「なんでこんなに距離空けるんです?」
そう言われて俺は雨雲を見る。
俺と雨雲の間には五メートル程の空間が出来ている。
ふむ、適切な距離である。何か問題が?
疑問に思っていると、雨雲は五歩近づいてきた。それに比例して、俺はその分後ろに下がる。
「なんで逃げるんですか!」
「いや、単純に校内で俺に近づかない方がいいってだけの話。」
「なんでですか!」
更に距離を詰めるために、雨雲は半歩近づく、俺はその分下がる。
すると雨雲はしびれを切らしたのか、急に走ってこちらに近づき、俺の制服を掴む。
てか早いなコイツ。
「ほら!さっさと行きますよ!」
「……はぁ。雨雲。」
「なんです。」
「周りみてみろ。」
言いながら俺も周囲を見渡す。
そこにいた生徒、通りすがりの生徒達が、こちらをチラチラと見ながらひそひそ話を行っている。
うん。やっぱり見てて面白いもんではないな。
この環境に慣れてしまって、目の前でこのような光景が繰り広げられていても特に思うことがなくなってしまった。これは成長なのかな?
そんな俺に、心の中で苦笑した。
雨雲も今の状況が分かったのか、強く俺の制服を掴んでいた手を緩め、三歩俺から離れた。
「……納得いかないです……。」
「すまんな。」
彼女は俺の噂を気にせずに接してくれている。
恐らく、今の状況を彼女なりに心配してくれているのだろう。
俺に背を向けた彼女の両の手は、
強く握られていた




