EP 4
空きペットボトルは海の鯛を釣る
ポポロ村に足を踏み入れた拓哉は、異世界らしからぬ光景に目を丸くした。
のどかな農村風景の中に、見覚えのある看板がポツポツと混ざっているのだ。24時間営業らしきコンビニ『タローソン』に、ファミレスの『ルナキン・ポポロ支店』。
「ファミレスにコンビニ……すげえ、マジで日本みたいだな」
「これらは先代の王、佐藤太郎王が遺した叡智の遺産さ」
キョロキョロと辺りを見回す拓哉に、バルガスが誇らしげに胸を張る。
しかし、村を歩いていて拓哉はあることに気がついた。確かにインフラは整っているが、村を走り回る子供たちの手には、現代日本のような手軽なスナック菓子やジュースはない。農村ゆえに食材は豊かでも、「子供向けの甘嗜好品」はまだ値段が高く、日常的に手が出るものではないのだろう。
「ルルア、ちょっと村の子供たちを集めてくれないか? 村の食料解決にも繋がる、ちょっとした『遊び』を教えるよ」
「えっ? 分かりました!」
ルルアの呼びかけで、広場には十数人の子供たちが集まった。
拓哉はステータス画面を開き、『リサイクルマスター』を発動する。
【召喚:1.5L オレンジジュース(未開封・賞味期限ギリギリ)】
【決済額:100G】
ポンッ!と拓哉の手に、オレンジ色の液体がたっぷり入った大きなペットボトルが現れた。
「拓哉さん、それは何ですかぁ?」
リリスが興味津々に顔を近づけてくる。
「美味しい、甘いジュースさ。ほら、みんなコップを出して」
拓哉が人数分にジュースを注ぎ分けると、恐る恐る口をつけた子供たちの目が、カッと見開かれた。
「うめええええっ!!」
「あまい! なにこれ、果物よりあまーい!!」
子供たちの歓声が響き渡る。1.5Lのジュースは、あっという間に空っぽになった。リリスも子供に混ざって「おかわり! おかわりですぅ!」と騒いでいる。
「さて、みんな喜んでくれたみたいだけど……俺にとっての『本番』はここからだ」
拓哉は空になったペットボトルを掲げ、バルガスから借りたサバイバルナイフを突き立てた。
サクッ、と上半分を切り取り、飲み口の側を逆さまにして下半分にギュッと差し込む。さらに、周囲にいくつか小さな穴を開けた。
「これは『もんどり』っていう簡易的な罠で、魚を捕るのに使えるんだ。飲み口から入った魚が出られなくなる仕組みでね。これなら、子供でも安全に川の獲物を狙える」
「ほほう、こりゃあ面白い仕掛けだ!」
感心して見ていたゴン爺が、ニカッと笑って前に出た。
「それならワシに任せろ。ロックバイソンの丈夫な腱と、硬い木の棘を使えば、簡単な釣り針と糸くらいすぐに作れるぞい」
一行は早速、村の近くを流れる小川へ向かった。
拓哉が作った数個のペットボトルもんどりの中に、匂いの強い肉椎茸の端材などを入れ、川の緩やかなポイントに沈める。
その間、ゴン爺特製の釣り竿(しなやかな木の棒)を使って、ルルアや子供たちと一緒に釣り勝負が始まった。
「うーん、全然釣れないなぁ……」
「ポイントが違うんだよ。ほら、あの岩の影とか、流れが緩やかになってるだろ? あそこに落としてみて」
釣りの経験があった拓哉がアドバイスをすると、すぐに子供たちの竿がしなり始めた。
「釣れた! 釣れたよ兄ちゃん!」
そして夕方。
川に沈めていた『もんどり』を引き上げると、バシャバシャと激しい水飛沫が上がった。
中には、鋭い牙を持ちながらも鯛のように美しい鱗を光らせる『ピラダイ』が、一つの罠に十数匹もギッシリと詰まっていたのだ!
「やったー! 大漁だ!!」
「拓哉、すごいよ! こんなゴミ……ううん、不思議な道具で、こんなに簡単に魚が捕れるなんて!」
興奮したルルアが、思わず拓哉の両手をギュッと握りしめた。夕日に照らされた彼女の笑顔は、オレンジジュースを飲んだ子供たちよりも、さらにキラキラと輝いて見えた。拓哉は思わずドギマギして視線を逸らす。
その日のポポロ村の広場は、大宴会となった。
食卓には、村の野菜と共に、新鮮なピラダイの塩焼きがズラリと並ぶ。凶暴な見た目に反して、ピラダイの身はホクホクとして極上の旨味だった。
ふと、拓哉の脳内にあの電子音が響いた。
『――ピンポーン♪ 善行を確認しました。』
『ポポロ村の食料調達に多大な貢献をし、食生活を改善しました。ポイントが15,000G加算されます。』
「ぶふっ!?」
ピラダイを食べていた拓哉は、思わず咽せた。
(15,000G!? 100Gのジュース投資で、海老で鯛を釣るどころの騒ぎじゃないぞ! っていうか、命がけで魔物を倒した時よりポイント高いってどういうことだ!?)
心の中で突っ込むと、脳内のシステム音声が、どこか誇らしげなトーンで答えた。
『私、子供関連には甘くて』
「しゃ、喋りやがった!! コイツぅ!?」
ただのAIだと思っていたシステムが、まさかの私情を挟んできたことに拓哉は叫んだ。
「どうしたんですか? 拓哉さん。ついに頭がおかしくなったんですかぁ?」
隣でピラダイを骨ごと丸齧りしていたリリスが、ポカンとした顔で首を傾げている。
拓哉は頭を抱えた。この世界は、神もシステムも自由すぎる。
宴もたけなわとなった頃。
村人たちが陽気にイモッカを煽る中、片付けを手伝っていたルルアが、拓哉の隣にそっと並んだ。
「ありがとう、拓哉。あなたの故郷の知恵は、本当に素晴らしいわ」
「いや、ただのありふれた知識だよ。空のペットボトルなんて、俺のいた世界じゃ捨てるのに困るくらいのゴミだからさ」
拓哉が照れくさそうに頭を掻くと、ルルアは優しく微笑んで首を横に振った。
「でも、それでみんながあんなに喜んでくれた。私、すごく嬉しかった」
ゴミから生まれた甘いジュースと、そのゴミを再利用して得た川の恵み。
『リサイクルマスター』の力は、ただコンクリートブロックで敵を殴り飛ばすためだけじゃない。人々の日常を豊かにし、笑顔を生み出すこともできるのだ。
(悪くない……かもな)
借金はまだまだ残っているし、隣では相変わらずジャージ姿の女神が「もう食えないですぅ」と酔っ払って寝こけている。
だが、ルルアや子供たちの笑顔を見ていると、この理不尽な異世界で生きていくのも、案外悪くないと思える拓哉だった。




