EP 5
「魂を打つ音叉と、月兎への贈り物」
「波長に同調する……親父の遺した知識で言えば、まさに『音叉』の原理と『ノイズキャンセリング』の技術だ」
薄暗い地下室の中、俺は右手から迸る【神鍛冶】の炎の形を、ゆっくりと変質させていった。
熱で物質を溶かすための「物理的な炎」ではない。
魔力の波長を極限まで精密にコントロールし、対象の周波数と完全に合致させるための「観測と干渉の炎」だ。
「ヒエン君、炎の色が……赤から、透き通るような青白さに変わった……」
少し離れた場所で、ビアラが息を呑んで見つめている。
俺は空中に浮かべた二つの素材――ルナミス帝国製ライフルの『照準器』と、死蜘蛛型から抉り出した『動力コアの破片』に、その青白い炎をまとわせた。
「スコープのレンズで魂の波長(目に見えない情報)を視覚化し、死蟲機のコアを受信機として周波数を逆算する。そして、俺の炎を『対象の呪いと完全に逆位相の波』に変換してぶつけるんだ」
カンッ……! カンッ……!
空間の金床を打つ音が、先ほどまでの重苦しい響きから、高く澄んだ音色へと変わっていく。
親父の現代科学の概念と、母さんの神話級の炎が、俺の頭脳の中でかつてない高次元の融合を果たしていくのがわかった。
「――仕上がったぜ」
炎がスッと消散する。
俺の手の中に残ったのは、無骨な金槌ではない。
二股に分かれた美しい白銀のフォルムを持つ、巨大な『音叉』のような形状をした小槌だった。
「音叉型のハンマー?」
「あぁ。名付けて『魂響の神槌』だ。これなら、外殻(肉体や物理法則)を傷つけることなく、内側に潜む『魂の呪い』だけに干渉できる」
俺はテーブルの上に置かれたガラスケースを開け、中に封じ込めていたギアンの『魔糸』を取り出した。
相変わらず、触れただけで吐き気がするようなドス黒い呪いと、道化師の悪意が渦巻いている。
「さぁ、実験と行こうか。ギアン、お前の呪い(プログラム)のバグ、俺がデバッグしてやるよ」
俺は青白い炎を『魂響の神槌』に纏わせた。
魔糸から放たれる「絶望の波長」を、ハンマーの先端が正確に読み取る。
脳内で波長のグラフが描かれ、俺はそれにピタリと重なる『逆位相の波』をハンマーに込めた。
「――打ち直すッ!!」
キィィィィィィンッ……!!
打撃音ではない。
まるで、極上のクリスタルグラスを合わせたような、あるいは教会の鐘のような、高く澄み切った『音』が地下室に鳴り響いた。
「わっ……!? な、なにこれ、すごく綺麗な音……!」
ビアラが驚いてウサギの耳をピンと立てる。
音が響いた瞬間、ドス黒かった魔糸から、泥のような「呪いの瘴気」だけがパラパラと剥がれ落ち、空中で霧散していった。
後に残ったのは、不純物が一切排除され、月の光のように美しく輝く『純度100%の魔力繊維』だけだった。
「……成功だ。呪いだけを相殺して、純粋なマナの糸に還元できた」
俺はホッと息を吐き、額の汗を拭った。
未知の領域だった『魂の構造』を、完全にハッキングして叩き直すことに成功したのだ。この『魂響の神槌』さえあれば、国境で操られていた兵士たちの呪いも、彼らを傷つけることなく解除できる。
「すごい! ヒエン君、本当に直しちゃったの!?」
「お前が『波長を合わせる』ってヒントをくれたおかげだよ。トンファーの打撃理論がなかったら、あと三日は詰まってた」
俺は還元された美しい銀色の魔力繊維を指先で絡め取り、軽く炎で炙って『細身のブレスレット』の形に編み上げた。
「ほら、これ」
俺は完成したブレスレットを、ビアラに向かって放り投げた。
「わっ。……え、これ私に?」
「ヒントのお礼と、美味い飯(深夜便)の対価だ。神話級の純粋なマナで編んであるから、お前の闘気とも相性がいいはずだ。お守り代わりにでもしてくれ」
ビアラは手の中の銀色のブレスレットと、俺の顔を交互に見つめた。
そして、少しだけ頬を朱に染めて、満面の笑みを浮かべた。
「……うん! ありがとう、ヒエン君! 私、これ絶対肌身離さず大事にするね!」
さっそく左手首にはめ、嬉しそうにブレスレットを眺めている。
そんな彼女の屈託のない笑顔を見ていると、徹夜の疲労もどこかへ吹き飛んでしまうようだった。
「さて、と。最強のデバッグツール(ハンマー)も完成したことだし、いつまでもこんな地下室に引きこもってる場合じゃないな」
俺は新造した『魂響の神槌』を腰のホルダーに収め、地下室の階段を上った。
宿屋の部屋に戻ると、相変わらずの光景が広がっていた。
「Zzz……ハッ!? いかん、今のリーチは熱かったのに!」
ロードがソファで丸まって寝言を言いながら飛び起きている。
「うぅぅ……またNの武器しか出ませんぅ……ルチアナ先輩のカードの枠がぁ……」
リリスが部屋の隅で体育座りをして、『エンジェルすまーとふぉん』の画面を見つめながら絶望の涙を流している。
(……この世界の神話級の連中、本当にどうなってんだ)
軽く眩暈を覚えつつ、俺はパンッ!と手を叩いて二人の注目を集めた。
「起きろ、ロード。リリスもガチャはそこまでだ。出発するぞ」
「おっ、にいちゃん。ついに引きこもり生活終了か。なんや、顔つきがスッキリしとるやないか」
ロードが欠伸を噛み殺しながら尋ねてくる。
俺はニヤリと笑って頷いた。
「あぁ。ピエロ野郎のクソみたいな仕掛け(呪い)を叩き壊す準備が整った。ギアンのコンパスが指し示す先――『アバロン魔皇国』の首都に乗り込む」
「魔皇都アバロン! ラスティアおばさん……じゃなくて、魔王様がいる国だね!」
ビアラがウサギ耳を揺らして合流する。
俺たちの目的は明確だ。
ギアンが国境の兵士を操り、ルナミス帝国と魔皇国の間に戦争を引き起こそうとしている。それを止めるには、魔族のトップである『魔王ラスティア』に会い、国境の異常事態を直接叩きつけるのが一番早い。
幸い、俺のポケットにはルーベンスから貰った特級官僚のフリーパスがある。
「魔王様の国……! 行きますぅ! きっと美味しいお菓子がいっぱいあるはずですぅ!」
「ワイは魔族のパチンコ屋がどうなっとるか、視察(という名の勝負)に行かなアカンなァ!」
ポンコツ女神とぐうたら竜も、それぞれ不純な動機でやる気を出している。
「よし、全員揃ったな。……親父が残した遺産と、母さんが護る国境を、これ以上神話の残党の好きにはさせない」
俺は宿屋の扉を勢いよく開け放った。
「行くぞ。魔皇都アバロンで、あのピエロの顔面に最高の『ハンマー』を叩き込んでやる」
俺の宣戦布告とともに、異端だらけのパーティーは、魔族が支配する闇と絢爛の国『アバロン魔皇国』へと足を踏み入れたのだった。




