第一章 リサイクルマスターの再起 〜負債100万からのゴミ拾いサバイバル〜
ブラックバイトから解放されたら、女神の負債を背負わされた件
「つ、疲れた……な、何だってこんな目に……」
鈴木拓哉、20歳。ごく普通の経済学部生である彼のライフゲージは、現在完全にゼロを指していた。
原因は明確だ。バイト先のコンビニで、店長が夜逃げしたのだ。結果として、拓哉は「怒涛の72時間ワンオペ」という、労働基準法が裸足で逃げ出す地獄を味わうハメになった。
フラフラと千鳥足で深夜の帰路につく拓哉。視界は霞み、脳内ではレジの電子音が幻聴となって鳴り響いている。
その時だった。
「にゃーん」
アパートへ向かう交差点。横断歩道のド真ん中に、小さな黒猫がうずくまっているのが見えた。
そして、その横から猛スピードで突っ込んでくる大型トラックのヘッドライト。
「危ないッ!!」
疲労困憊の肉体が、アドレナリンの爆発で奇跡的に動いた。拓哉はアスファルトを蹴り、黒猫を助けるべくトラックの前にダイブする。
腕の中に、その黒い塊を抱え込んだ瞬間。
カサッ……パシャッ。
「……ん? これ、ただの黒いゴミ袋じゃねぇか……!」
過労による完全な見間違い。幻覚。
己の視力の低下と疲労を呪ったのも束の間。
プァァァァァァンッ!!!
無情なクラクションと共に、鈴木拓哉の20年の生涯は、あっけなく幕を閉じた。
「……う、ん」
次に目を覚ました時、拓哉は土の匂いに包まれていた。
むくりと起き上がると、周囲は見渡す限りの鬱蒼とした森。アスファルトも、コンビニも、排気ガスの匂いもない。
「ま、まさか……流行りの異世界転生ってやつか……?」
自分の体を見下ろす。制服は着たままだったが、痛みはどこにもない。
混乱する頭を、経済学部で培った冷静な論理的思考で落ち着かせる。
「パニックになっても仕方ない。まずは水を探さないとな。サバイバルの基本だ」
喉はカラカラだった。拓哉は微かな水音を頼りに、名も知らぬ森を歩き出した。
数分後、開けた場所に出ると、透き通るような美しい池を発見した。
「よし、水だ……!」
駆け寄ろうとした拓哉の足が、ピタリと止まる。
「アバババッ! アババババッ! た、助けてぇぇぇ!!」
池の中央で、何かが激しく水しぶきを上げて溺れていた。
よく見ると、初心者マークの刺繍が入ったピンク色のジャージを着た、金髪の美しい少女だ。なぜか足元には健康サンダルを履いている。
「何やってんだ!? ほら、捕まって!」
拓哉は慌てて池の淵に立ち、腕を思い切り伸ばした。
少女が必死にその手を掴む。ぐいっと引っ張り上げた反動で、拓哉のズボンのポケットから何かが滑り落ちた。
ポチャンッ。
「あ」
全財産が入った財布が、美しい弧を描いて池の底へと沈んでいった。
「えへへ……ぶぅえっくしょん! あ、ありがとうございますぅ~」
ずぶ濡れのジャージを絞りながら、少女はへにゃりと笑った。頭には天使のような小さな輪っかが浮いている。
どう見てもただの人間ではない。神か、それに類する存在だろう。
「あー、いや、無事で良かったけど。俺の財布が……」
拓哉が池を覗き込んでいると、少女はどこからともなくカンペのようなものを取り出し、チラチラと見ながら咳払いを一つした。
「エヘン。えっとえっと……そこの正直者の青年よ! 貴方の落としたクレジットカードは、この『金色のカード』ですか? それとも『銀色のカード』ですか?」
「……いや、君のせいで落としたんだろ。それに、俺が落としたのは限度額10万の普通の学生カードだ。ていうか、カードだけじゃない! 中の現金も免許証も全部だよ! 全部返して!」
拓哉の容赦ないツッコミに、少女は「ふぇ!?」と情けない声を上げ、再び慌ててカンペに目を落とした。
「しょ、正直者の貴方には……ご褒美として、このユニークスキル『リサイクルマスター』を授けましょう!」
「何でそうなるんだよ!? 会話のキャッチボールしろよ!」
抗議する拓哉の前に、光り輝く一枚のカードがフワリと降りてきた。
見れば、ステータス画面のようなものが空中に浮かび上がっている。
【ユニークスキル:リサイクルマスター】
・地球のゴミ(中古品・廃棄物)を自在に召喚できる。
・使用には『ルチアナ名義・魔導クレジットカード』の枠を消費する。
・現在の限度額:1,000,000G
・【警告】現在のご利用残高:900,000G。残り利用可能額:100,000G
「……ん?」
経済学部の血が騒ぐ。拓哉は嫌な汗をかきながら、さらに下にある赤い字の注釈を読んだ。
※月末の支払いが滞った場合、ただちにシーラン国の『マグローザ漁船(強制労働)』へ送られます。
「……おい」
拓哉の声が、地を這うように低くなった。
「限度額100万のうち、もう90万使われてて、残り10万しかないんだけど!? しかも『マグローザ漁船』って絶対ヤバいやつだろ! なんで俺がいきなり90万Gの負債抱えてスタートしてんだよ!!」
「あーっと!!」
少女――見習い女神のリリスは、拓哉の怒声を聞いて露骨に目を泳がせた。
そして、自分の胸のあたりを両手で押さえながら、わざとらしく叫んだ。
「む、胸のカラータイマーがピコンピコン鳴り始めましたーっ! 私、これから怪獣退治に行かなくちゃいけないんです! で、では……サラダバー!!」
片腕を天に突き上げ、シュワッチの体勢で空へ逃げようとするリリス。
「待て! ゴラァッ!!」
ドスッ!!
「ふんぎゃあっ!?」
逃がすわけがない。72時間のワンオペを乗り越えたフリーターの執念を舐めるな。
拓哉の完璧な低空タックルが見事にリリスの腰に決まり、神聖なる見習い女神は泥だらけの地面に顔からダイブした。
「てめぇの不良債権を俺に押し付けて逃げる気か!!」
拓哉が馬乗りになってジャージの襟首を掴むと、リリスは涙目になりながらジタバタと暴れた。
「ふぇぇぇ! だってだって! ルチアナ先輩が『私のカードの支払いヤバいから、適当な転生者にこのカードとスキルごと押し付けてこい』って! 私だけじゃあ無理でぇ、先輩のカンペにそう書かれてたんですぅー!!」
「ルチアナって誰だよ! だからって、出会って3分の奴に命がけの借金を押し付けんな!」
「ごめんなさぁぁい! あ、あの!」
リリスは泥だらけの顔を上げ、すがるような目で拓哉を見つめた。
「じゃ、じゃあ一緒に返してくれる? 奢ってくれる? 養ってくれる!? 私、こう見えても神聖魔法とか使えるし、絶対に役に立つからぁ!」
「……」
異世界に来て最初の仲間が、ポンコツで借金まみれのジャージ女神。
しかも自分の命(マグローザ行き)が、この理不尽なカードの支払いに懸かっている。
拓哉は深く、深くため息をつき、ボサボサの頭をガシガシと掻き毟った。
「……分かったよぉ。この訳の分かんない森を一人で歩くよりはマシだ」
「わあああい! 拓哉さん大好きぃ♡」
リリスが泥だらけの顔で抱きついてくるのを鬱陶しそうに引き剥がしながら、鈴木拓哉の異世界生活は、マイナス90万Gからの最悪なスタートを切ったのだった。




