八話 自問自答
「あ、お帰りなさい、スレイトさん!」
俺が宿のドアを開けると、テーブルを拭いていたミルレアが声を掛けてきた。
「もう、心配したんですよ? お母さんからスレイトさんが急に出ていったって聞いて……」
「――ミルレア。仕事中は"お母さん"と呼ぶなと言っただろう?」
「あ……ごめんなさい、店長」
ミルレアが謝った先にいたのは、昼間も見た恰幅のよい女性だった。
「もしかして、二人は親子なのか?」
「ええ、そうですよ」
ミルレアはにっこりと笑ってそう言った。
「それよりもあんた」
「え?」
恰幅のよい女性は俺の懐に手を伸ばし、
「いいもん持ってるじゃないか、一体何で稼いだんだい?」
腰にぶら下げていた報酬金の袋を取り上げた。
「おい、それは俺の報酬金だぞ」
「へぇ、あんた勇者なのか。……よく見れば立派にプレートまで付いてるじゃないか」
女性はそう言うと、袋の中へ手をまさぐり入れた。
そして1M分取り出すと、
「ウチは一泊55Sっていう良心的な宿なんだ。……ほれ」
女性は服のポケットから何枚かの硬貨を取り出して、袋と一緒に俺に投げつけてきた。
「今回だけはあんたがミルレアが目に掛けたってことで40Sにまけといてやったさ。ミルレアに感謝するんだね」
それだけ言うと、女性は奥の部屋へと引っ込んでしまった。
「スレイトさん、今日はどうしますか?」
「一応今日もここに泊まるつもりだったんだが……」
「それでしたら、後で私が渡しておきます。お金を預かってもよろしいですか?」
俺は袋の中から55Sだけ取り出し、ミルレアに手渡した。
「それでは、夕飯までゆっくりくつろいでくださいね」
「ああ」
ミルレアの笑顔を背にして、俺は部屋へと向かった。
俺は部屋の窓から夜空を眺めていた。
漆黒に染まる空に浮かぶ月は、俺にあの時のことを思い出させる。
――俺の判断は、正しかったのだろうか?
情けない話、今になってそんな事を思う。
家を出て、家族や知り合いとの繋がりも断ち切ってまでやって来たこの人間の住む街。
俺はそうまでしてここに来たかったのか?
そんな問いを、俺は何度も自分にしていた。
俺の正体を知れば、誰も俺に手を貸す者などいないというのに。
一人では到底成すことのできない目的を、俺は掲げてしまった。
「……ん?」
そんなことを考えていると、部屋のドアがノックされた。
入るよう促すと控えめにドアが開けられて、未だ仕事着姿のミルレアが入ってきた。
そして、俺の表情を窺うようにしてこれまた控えめにこう言った。
「……夜分遅くにごめんなさい。実は、スレイトさんに会いたいっていう方が下にいらっしゃってて……」