九話 機械少女の訪問
ミルレアに連れられて一階まで降りると、俺を求めたという人物はテーブルの一角に座っていた。
後ろ姿しか見えないが、嫌に綺麗な純白の長い髪から恐らく女性であると推測できる。
身体の小ささを見ても、女性でほぼ間違いないだろう。
ただ一つ疑問なのが――
「――お待たせしました、スレイトさんをお連れしました」
ミルレアのその声に、女性はカシャンカシャンと金属音を奏でながら、座っていた椅子から綺麗に立ち上がる。
立ち上がりから俺の方へと向くまでの動きに無駄は無く、非常に洗練されていると感じさせる。
そして何より――髪の色と同系色の純白の鎧が、俺の目を引いたのだった。
「……初めまして。私はアイゼ・シュプノリースと言います」
まっすぐと、何にも左右されない一直線な喋り方に、俺はその場で圧倒された。
でもそれはすぐに否定されて。
ただ俺だけを見つめる彼女の碧色の瞳を見た途端。
俺は彼女が"造られた"んじゃないかと錯覚してしまった。
今聴いた彼女の声も、どこか冷たく、まるで機械が発するような起伏の無い喋り方に思えてしまう。
「……スレイト、さん?」
横から、ミルレアの顔が視界に入ってきた。
眉をひそめ、心配しているという意志が感じられる。
「あ、ああ……悪い」
「そう、ですか……?」
俺はミルレアに一言謝ると、目の前の女性――というには些か幼い。少女、と呼ぶのが妥当だろうか――に視線を戻す。
ただ一点をじっと見つめ、その瞳はまったく動く気配がない。
立ったままの姿勢もブレる様子が無く、身体の側面に両手をピッチリと添えて、まさに直立不動という言葉が正しい。
――"造られた"
さっき俺の中に渦巻いた一つの感想が、再び浮かび上がる。
それと同時に、俺の中の何かが彼女は危険だと伝えてくるような気がした。
「……それで、俺に何の用だ? アイゼさん」
俺は暴れる心臓をごまかすように、至って平静を装いながら話を促した。
――彼女との話を、長引かせてはいけない。
俺の直感がそう告げていた。
「本日は、スレイト・グラファース様に一つ提案をさせていただくために伺いました」
「提案……?」
少女は俺の疑問符を聞いたのか聞いていないのか、自分が言い終わると同時にテーブルの下から何かを取り出した。
「――こちらに用意した報酬金、計上2000万Gの所有権を譲渡する代わりに、勇者連盟に加盟することを要求します」
「なぁ…………!?」
テーブルの上に置かれたのは、俺が今日貰った2000Mの袋よりも数十倍巨大な三つの袋だった。
袋から溢れ出た金色の硬貨がテーブルの上に散らばる。
「に、2000万G…………!?」
S、M、そしてG。
一般に流通するのは基本的に前者二つの単位だが、ごく一部の裕福層では、それよりも上のGという単位の硬貨が使われると聞く。
本来なら一生掛けても目にすることすら難しいG単位の硬貨が、今目の前に、それも恐ろしい枚数が存在していた。
「こ、これを……俺に……?」
震える指を抑えながら、俺は自分を指差した。
するとアイゼは首肯する。
「ま……まさか……Gを一生のうちに目にすることが出来るなんて……! この量だと、一生遊んで暮らしてもお釣りどころか底が見えませんよ…………!」
横のミルレアも、目を見開きGの入った袋を凝視している。
金が行き来する商売という職業をやっている以上、この事態の異常さがよく分かっているのだろう。
「――もう一度、提案します。スレイト・グラファース様、勇者連盟に加盟していただけますか?」
こんな状況でも、変わらずアイゼの声は冷たいままだ。
どれだけの雑音が周りに飛び交っていようと、彼女の声だけははっきりと聞こえる気がする。
「俺は……」
俺はもう一度、Gの入った袋を見つめる。
一生遊んで暮らせるだけの資金。それが今、勇者連盟という組織に加盟するだけで獲得できるという。
……だが、踏み出すにはまだ早い。まだ不明瞭な点がある。
「一つ訊きたい。俺はその勇者連盟に入って、何をするんだ?」
俺の問いに、アイゼはほぼ即答といったタイミングでこう答えた。
「スレイト・グラファース様に対する特別な指令はありません。生活水準に関しても向上の一途が約束されます。ただ多少実験の被験体となり、今後の勇者育成に多大な影響を与えるのがスレイト・グラファース様の役目となります」
「な……!?」
実験の被験体?
つまりは、人体実験ということなのか?
しかし、それを聞いたミルレアが間髪入れずに言った。
「ス、スレイトさん! これは受けるべきですよ! だって、2000万Gなんて言う大金が手に入るなら、少しの実験なんて……!」
「ミ、ミルレア……」
ミルレアは、興奮したように言った。
……確かに、何もやましいことなどない普通の人間ならば、この大金を目の前にしてそこまで冷静な判断など出来ずに承諾してしまうかもしれない。
「……スレイト・グラファース様。返答を要求します」
アイゼが、俺を急かすようにして言った。
……でも、俺には実験に参加してはいけない理由がある。
――魔族。俺が、魔族の血を引いていることを誰かにでも知られれば、即座に殺されるだろう。
だから、この提案に乗るわけには行かない。
「…………悪いが、断らせてもらう」
「え……!?」
俺の答えに驚いたのは、ミルレアただ一人だった。
アイゼの方は、俺の言葉を受けても眉一つ動かさずに、
「了解いたしました。拒否の返答を承諾します」
そう言って、大量のGが入った袋を軽々と持つ。
「……では、失礼いたします」
その言葉だけを残し、宿から出て行った。
「――対象の勧誘に失敗しました。任務は達成は不可能です」
「そうか。だがまあ、この程度なら想定内だ」
宿を出たところにある路地裏に、アイゼは身を潜めた。
そこには背の高い歳のいった男性が一人おり、アイゼの手から大量の報酬金が入った袋を受け取る。
「……あの少年は、これを出されても断ったということか」
「アイゼ・シュプノリース。総任務達成率、99.999%。総任務数655。内達成数654。内失敗数1」
「ふふ……アイゼの任務にも失敗はある、ということが分かっただけでも上出来としよう」
男性は髭を蓄えたその顔に笑みをたたえた。
「リカバリーモードを作動させます。マスター、次の指示を」
「ふふ、そう慌てるな」
そして男性はアイゼの頭の上にポン、と手を置いて、
「――スレイト・グラファース。私は諦めないぞ…………?」
少年のいる宿をじっと見つめた。




