第49話 ヘルマプロディートス
ファイズはいつものように夜の散歩に出かけた。
色素の薄い彼にとって、あまりに強い日差しは毒となる。よって日中の活動は少なく、陽が沈んでからの活動が多くなるのが自然であった。
その透き通るような白い肢体を包むのは華やかな着流し。夜でもかぶった日よけの菅笠に、その腰に差した刀と合わせればそれはもうサムライと呼ぶことに無理はない。
次に目を引いてしまうのは、着物から覗く義足の右足と義手の左手であろう。木で作られた簡易なもので、ほとんど動かすことは出来そうになく、バランスをとったり支えに使えるくらいだろう。
だが、最後に彼の顔を見た女性はため息をついてしまうことになる。腰が砕けてしまうものすらいる。そのあまりの美貌に、だ。
いや、男性ですら嫉妬で済めばマシな方。本気で惚れてしまうことすらある。
彼の両耳は尖っており、エルフだとわかる。そしてエルフはそろって美男美女である。
しかし、だ。
エルフなど見慣れたこのトウザイトの街の者ですら驚愕するほど、彼の美貌はずばぬけていた。
エルフの特徴である金髪は、色素がないせいか透明に近く、夜においてもなにかしらの光を反射しキラキラと銀色に輝いている。その髪を短く刈り、無造作に尖らせている様はワイルドさも醸し出していた。
人間族で言えば二〇歳前後の青年であるが、エルフの寿命はその他の人族のおよそ二倍近いとされるため、実年齢は四〇前後といったところであろうか。
そんな彼は散歩の途中に、何かの気配を感じていた。
今日は何かが起きそうだ、なんて予感は大概何も起こらず終わるものだが、今回は違った。
暗がりに、一人の子供が倒れているのを見つけたのだ。
ファイズが近づくと、その子供は奇妙な恰好をしていた。
この街によくみられる着物を大胆にアレンジした衣装。ホットパンツから伸びる脚が艶めかしい。
そしてその顔は呆れるほどに整っていた。
「人間族の子か、それにしては美しい……」
ファイズは他のエルフなど、美しい女性など飽きるほど見てきたし、この子供がそれに勝っているというわけではない。
だが、この人間族の子供はエルフとは違った面立ちで、一見して性別が分からない中性的であり、そこに何か惹かれるものを感じていた。
エルフは皆顔だちは整っているが、整い過ぎているとも言えなくもない。あまり感情を表に出さない者が多く表情を変えることも少ないため、他種の人族などには人形のようだと言う者もいた。
一方この子供は、他の人族と同じく不均一ですらあるが、それが逆に見るものを虜にさせる、奇跡のバランスを実現していた。
まさに魔性であった。
ファイズは、このままこの子供をここに放置するとどうなってしまうかを想像し、呻いた。
彼はこの街でそれなりに長く、その子供が最近になってこの街へ来たことを見抜いた。
そして、ならば少しくらい救いの手を伸ばしても罰は当たるまいと思った。この街の現状の責任の一端は彼自身にあると思っていた。
ファイズはこの街の孤児たちをわずかばかりだが援助している。そのことからも、一人子供を助けたところで今更なにも変わるまい。
そうやってファイズはいつものように自分に言い訳をしながら子供を抱きあげた。
「この子は……男か、それとも女――いや、違うな。そうか、ヘルマプロディートスか」
ファイズはシオンの体を間近で見ただけでそれを感じ取った。かなりの慧眼といえるだろう。
彼はシオンを抱えながらも義手義足であることをほとんど感じさせない歩みで元来た道を帰っていった。
翌朝、ファイズが朝餉の支度をしていると、子供が目を覚ましてきた。腕を無くして二年ほどになることもあり、無い腕との付き合い方は分かっているため、簡単な料理なら問題なくこなせる。
ファイズはあの後、子供を担いで自宅兼職場へと戻った。
その後子供を寝床に寝かせ、仕事をしようとしたがあまり没頭できそうになかったので早々に切り上げることにして眠ったのだ。
料理をしているファイズの方を壁に隠れてそっと覗いている子供に声をかける。
「目が覚めたかい、人の子よ。そう怯えることはない。昨晩きみは行き倒れていたんだよ。そのままでは危ないので連れて帰ったのさ」
「かっ……!」
「……か?」
「い、いえなんでも……。ここは……そしてあなたは?」
「俺はファイズ。ファイズ=シュライゼン。見ての通りエルフだ。ここは俺の職場兼自宅。他に何か質問は?」
「えっと……。ありがとうございました。おかげで助かりました。このご恩はどのようにお返しすればよろしいでしょうか」
「いや、礼を期待してのことではないから安心しなさい。……お腹が空いただろう、ちょうど朝食が出来たところだ。腕がこんなだから簡単なものしか用意できないが、いっしょに食べよう」
子供は、そこまで厄介になっては申し訳ないと何度も断ってきたが、強引に座らせ食べさせた。余程お腹が空いていたのか、食べ始めると止まらなかった。腹が満たされると徐々に不安も和らいできたのか、少し話すようになった。
倒れていた経緯を聞くとなかなかに壮絶であった。にわかには信じがたい話ではあったが、とにかく主人とは完全に別々の場所にいるということがわかった。
「それなら暫くはここにいてもいい」
そう言うと子供は、
「でしたら何でもお申し付けください。救っていただいたご恩もお返ししたいですし、ここでしばらく働かせてください。あ、自分の食い扶持はなんとか出来ると思いますのでご安心ください」
などと言ってきた。
たしかに奴隷なら家事などは出来るだろうし、恩など別に返さなくてもよいのだが、本人にしてみればそういうわけにもいかないのだろう。
そうして拾った人の子との共同生活が始まったのであった。




