左の小夜子
俺は夜行に言われて通っているジムの帰りに、甘いものが食べたくなって寄り道をしていた。
ああ。
ソフトクリームって何でこんなにおいしいんだろう。
特に疲れた体とへこんだ心には沁み渡るなあ。
うまうまとアイスを食べている俺を、通りすがりの少女がじっと見上げてきた。
う。そんなに変な顔しているかな。
俺は一人で苦く笑う。
なにせあの後、全く術が発動しなかったからだ。
最初に感じた手の平のチリチリも、全く感じなくなってしまった。
夜行曰く「雑になってきている」らしい。
俺としては一生懸命やっているつもりなんだけど、何百回、何千回と繰り返すうちに惰性に陥っているのかも知れない。
はじめて修練場に行ってから一週間。
ただの素人ががむしゃらにやってみたところで、成果なんて出る訳がない。
相変わらず夜行はなんの指導も指摘もせず、時間がある間中じっと俺の動きを見つめているだけだ。
なにかしら言ってもらえればいいのだが。
「それ、おいしい?」
ソフトクリームのワッフルコーンをめりめりと食べきった俺に、さっきから見ていた少女が声を掛けてきた。
え。
ずっと見ていたんですか?
「うん。美味いよ?」
「へえ、いいなあ。」
肩で切りそろえた黒髪の、ちょっと悪戯っ子のような幼い顔をしているセーラー服姿の少女はそう言って、喉を小さくこくりと鳴らした。
まあ、確かに今日は暑いし、喉は乾くよなあ。
「どれか買えば?」
俺が言うと。
「え?…へへへ。お小遣いがピンチで買えないんだ。」
そう言ってぺろりと舌を出した。
中学生かな?確かにその時期の小遣いなんて、たかが知れている。
俺だって、大した額は貰ってなかったし。
……俺が食べるのを見て、誤魔化したのかな。食べたい気持ちを。
ううん。
…ま、いっか。
「何回も奢らないぞ?これっきりだからな?」
「え?本当?奢ってくれるの!?やったあ!」
少女はぴょんと飛び上がって、嬉しそうに笑った。
うお。
ロリな人たちには激しい攻撃の笑顔だろうな。
お、俺には通じないがな。って誰に言い訳してんだ俺。
少女はカウンターのお兄さんに注文をして、ソフトクリームを両手で受け取ると、大きな口を開けてエイヤッとでもいう様にほおばった。
「おいし~~!!」
おお。目がキラキラと輝いている。
よく見ればちょっと汗をかいていて、いくら食べたかったとはいえ俺をじっと見ているだけでも暑かったろう。
「うまい?」
「おいひい!」
本当に美味しそうに食べて貰うと、奢ったかいもあるというものだ。
少女はぺろりとソフトをたいらげて、それから恥ずかしそうに、えへへと笑った。
「ありがとう、おじさん☆」
「う。…おお。」
お、おじさんって。
いや、中学生にはおじさんでも仕方ないか。
俺の顔を見て少女がケラッと笑う。
「だって、あなたの名前知らないんだもん。怒ったらごめんね?」
「冴羽だ。」
「そっか、冴羽さん。あたし、左近小夜子。」
「小夜子ちゃん。そろそろ暗くなって来たから、家に帰った方が良いよ?」
「う~ん…。」
俺の言葉に小夜子ちゃんが腕を組む。
どうした?
「あのね、冴羽さん。あたし、道に迷ったんだ。」
にっこりと笑って、そんな事を言われた。
え?迷子ですか?
それは困ったな。
俺が京都に引っ越してきてまだ一か月ぐらいだし、修行ばかりで観光なんてあまりしてないから道案内なんて出来ないだろうし。
「あのさ、家まで送ってくれる?」
「ええと。まだ引っ越してきたばっかりで土地に不慣れなんだよ、俺。」
「一緒に来てくれるだけでいいの。本当に駄目だったら警察に行くけど、うちの人が心配しちゃうから、出来る所まで探したいの。」
そうか。
どうしようかな。
「よろしく!冴羽さん☆」
「ええっ!?」
小夜子ちゃんに右手をギュッと掴まれた。それから俺の返事を待たずにぐいぐいと歩いていく。
…仕方ないなあ。中学生を放り出すのも後味が悪い。
「まあ、これも何かのご縁だろう。付き合うよ。」
「やった!」
これまた嬉しそうに笑うから、俺は肩を竦めて大人しくついて行く事にした。
道が分からないと言うのは本当の様で、小夜子ちゃんは京都の格子状の小道を何度も行ったり来たりする。さっき通った道を交差したり、ぐるぐると渦巻き状に回ったり。
ちょっと眩暈がしそうだった。
三十分も歩いたろうか。
不意にひどく薄暗い路地に入った。
陽の光も射さないような、暗い路地。此処は違うんじゃないか危ないよって止めようと思ったら、小夜子ちゃんが足を速めだした。
「小夜子ちゃん?」
「この先なの。良かったあ。」
そう言って小走りになる。
自然、手を繋がれている俺も走る形になり。二、三分も走ったろうか。
目の前が明るくなったと思ったら、大きな洋館の前に辿り着いた。
え。
京都市街にこんな大きな洋館ってありましたっけ?
俺が観光してないだけで、建っているのかな。それにしたってミサちゃんの家に匹敵するほど大きいぞ。
俺がそんな感想を思っていると、突如として手を離した小夜子ちゃんは、門から出て来た少女に走り寄って抱き付いた。
「お姉ちゃん!」
「小夜子!?一人で帰って来れたの?いま、皆が探しに行ったんだよ?」
「あ、ごめん。」
「もう、戻るように連絡するわね?…そちらの方は?」
姉妹の再会をぼんやり見ていた俺を、小夜子ちゃんのお姉さんが見る。
高校生だろう、長い髪のブレザーの制服姿の少女は、前髪を止めたピンをいじりながら俺に頭を下げた。
「有難うございました。小夜子がお世話になったみたいで。」
「いや、俺は何も。」
改まって言われると、少し恥ずかしい。
ただ手を繋いで歩いて来ただけなのに。
「あのね、ソフトクリーム奢ってもらっちゃった。」
「え。」
お姉さんの眉がきゅっと絞られる。
「ごめんなさい、妹が。」
「あああ、いやいや、本当にいいんだって。」
そんな会話をしている俺の手を、小夜子ちゃんがまた掴む。
「冴羽さん、中に入ってお茶飲んで行ってよ。」
「え、でも。」
ちらりと見ると、お姉さんまでもが近づいて来て、俺の肩を押した。
「ええと。」
「兄たちも帰って来ますから、それまでいて下さいな。」
「いや、でも。」
渋る俺を小夜子ちゃんが見上げて、にっこりと笑う。
「あのね、冴羽さん。あと一時間ぐらいしないと、今の道は使えないんだ。だから寄って行ってよ。」
「へ?…道路工事か何か?」
俺が間抜けな質問をすると、姉妹は顔を見合わせてくすくすと笑った。
「そんな所です。帰れるようになるまで、お茶でもどうぞ?」
振り返ると、薄暗闇の道が一本あるきりで。
確かにその道が通行止めになっているのなら、帰れないだろうなあと思った。
仕方ない。
「じゃあ、お邪魔しようかな。」
「うん!」
小夜子ちゃんが俺の腕にぶら下がるように飛びついて来た。
お姉さんが先に立って大きな洋館の扉を開けてくれる。
夜行に怒られないように、なるべく早く帰れればいいのだけど。
これまた大きな鉄製の門をくぐって、開けてくれた扉もくぐりながら、不機嫌な夜行の顔をぼんやりと思いだした。
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ごめんなさい。主役の名前誤字でした。
直ぐに訂正いたしました。
別の完全BL版で羽柴名で書いているので、混同しました。
本当にすみませんでした。
やっぱり慌てて書くものじゃないなあ。
2016.11.16 誤字修正




