十指との戦い<初戦・追>
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夜行は武蔵の所属する佐見寺を訪れていた。
門の前で待っていた武蔵が、夜行を見て破顔する。
対照的に夜行はしかめ面になった。
「待っていたんだぜ?もっと早く来てくれればいいのによう。」
「…封印を任せてあるところに、そう何度も足を運ぶわけがないだろう。でなければ任せている意味がない。」
「そんなきついこと言うなよう。顔見せるぐらい良いじゃないか。」
溜め息で答えられて、武蔵が少し肩を落とした。
夜行は聞こえてくる絶え間ない読経に耳をすます。それは佐見寺の奥から聞こえていて、寺を訪れた人たちが不思議そうに耳をすますほど、延々と続いていた。
「さすがに人員が多いな、術をずっと続けているのか。」
「うちは人数だけはいるからよう?交代で術を練り込んでいるんだ。」
「…そうか。」
武蔵の案内で寺の奥に立っているお堂へと歩いていく。
その大きなお堂から、男たちの声が静かに響いていた。
「…そう言えば、前から聞こうと思っていたのだが、お前の所に所属の尼さんはいないのか?」
「うちは男だけだ。規律がどうのこうのって話だぞ?尼さんなら三毛ちゃんの所があるしよう?」
「…三毛、か。」
「夜行は苦手だろうけど、三毛ちゃんは可愛いぞう?」
「……好みの問題だな。俺はあんまり派手なのは好きじゃない。」
夜行は少し嫌そうな顔をしたが武蔵は嬉しそうにニコニコしている。
「だいたい三毛ちゃんの本業は、夜の商売だから派手なのはしょうがないだろ?夜行は三毛ちゃんに好かれてるみたいなんだから、嫌うのは可哀想だぞう?」
「……。」
武蔵の言葉に答えずに、夜行はお堂の中に足を踏み入れた。
十数人の白い装束の男達がぐるりと周りを取り囲んでいるその中央に、天井と床に繋がれている縄が幾重にも張り巡らされていて、その縄で丸い縁を作った床の中央に白い紙に包まれた物体が静かに置かれている。
夜行が封じた〈十指〉の一体だ。
縄には何百枚もの札が張り付けられていて、二人が入って来て起こった微風にゆらりゆらりと揺れていた。
夜行は視線を小さな丸い塊から外さないまま、武蔵に語り掛ける。
「…途絶えたことはないな?」
「ん?術なら途絶えたことはないはずだぞ?入れ替わりをしているから、人が変わることはあるけどよう?」
夜行の質問に武蔵が眉を顰める。
しかし武蔵の不満そうな気配に気付いているだろう夜行は、決して視線をその中央から外そうとしない。
「…どうしたよ?夜行?」
「……俺が書いた術式じゃない。」
「は!?」
武蔵は聞き返すが、夜行は強い目線で封じたはずの白い球体を見つめている。
「…見た事がない文言だ。」
「え!?どういう意味だよう!?」
武蔵の大きな声に、術者の何人かが振り返り耳をすます。
夜行は縄で作られた円の縁まで近寄り、屈み込んで触れようとする。
その時、包んでいるはずの札がはらりと解けた。
触れようとしていた夜行は、すっと手を引っ込める。
いまだに術が掛けられている中、はらりはらりと札がはがれていく。
「お、おい、夜行っ!?」
「…慌てるな。……来るぞ!」
「え!?」
突然、甲高い笑い声がお堂に響いた。
「きゃははははは!!」
札は急速に解かれていき、そこを中心として突風が吹き荒れる。
術を唱えていた男たちが不意を突かれたのか、次々と風に飛ばされていく。
夜行は手を着いて姿勢を低くしたまま、その風の中心を睨んだ。
「いつ、夜行が来てくれるのかって、ずっと待っていたんだよ?」
そこには、黒髪を肩で切りそろえたセーラー服姿の少女が立っていた。
「…お前。」
風は少女が顕現した途端に止んでいて、夜行も立ち上がる。
「だって、一瞬でもあたしを封じた男なんて初めてだもん。私の初体験の相手を待ち焦がれていても良いでしょう?」
ちっと夜行が舌打ちをする。
少女はゆっくりと縄の内側から出て来た。
「とっくに封印は解けていた訳、か。」
夜行が呟くと、少女がにんまりと笑う。
後ろで倒れていた僧兵たちも立ち上がり、術式の構えを取った。
武蔵が横で刀を抜く。
「弱っちいのが何人掛かってきても無駄だよ?あたしは夜行と」
少女の姿が黒い靄に融ける。
「やり合いたいんだからね!!」
お堂の壁と言わず床と言わず、あらゆる面から鋭利な靄が付き出してくる。
「わあああ!?」
「うわああ!?」
後ろから聞こえてくる声に武蔵が振り向く。そして夜行は振り向かなかった。
「さすが!」
靄の塊から少女の声が響く。
その中央目掛けて、夜行が札を放った。
札が固い物にぶつかったかのように靄に弾かれる。
すかさず夜行は駆け寄り、靄を掴もうと手を伸ばす。その手をハリネズミのような形で靄が貫き返した。それでも夜行は手を離さない。
しかし。
「遊びたいけど、またあとでね夜行!門限過ぎちゃってるから怒られちゃうの☆」
夜行の背後から、笑いながら言う声が聞こえ。
振り向いた時には薄い靄の塊が、遥か空へと逃げおおせた後だった。
ちっと舌打ちをしてから、夜行はあたりを見渡す。
散々に壊されたお堂の中で、何人もの負傷者がうめき声を上げていた。
「…くそっ…。」
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