吹く風に背を押されて
ミサちゃんは俺達を見て何かむず痒いのか、口をムグムグと動かした後で部屋の隅の茶卓にあるお茶を入れ出した。
夜行は立ち上がり、足元で寝ている大男を見下ろす。
さっき唸ったあとは、寝ているのだろう大きな口を開けて軽くいびきをかいていた。
夜行はその男の横腹を軽く蹴ってから声を掛けた。
「…起きろ武蔵。」
「ううん?」
夜行に小突かれた男は目を擦りながら起き上がり、欠伸をして大きく伸びまでした。
「…ああ。良く寝たよ。」
ミサちゃんがゴンと男の頭を叩く。
夜行は武蔵の顔を少し見てから、やれやれと言う様にソファに座った。
武蔵は自分をグーで殴ったミサちゃんをしみじみと眺めてから、首を傾げる。
「あれ、ミサ姫?何でここに?」
「ここはうちの家だからや!」
「へ?あ…あれ?」
自分のいる部屋の景色をグルグルと見まわしてから、睨んでいる夜行と目があった武蔵はひくついた笑顔を浮かべた。
「…あー。」
「あー、じゃない。…いい加減、自制というものを覚えてくれないか、武蔵。」
苦々しい口調で夜行が言うと、武蔵はがりがりと頭を掻きながら答える。
「けどよ、どうしたって全力を出さないとよう。」
「それで途中で意識を奪われては、対峙している相手にやられるだけだろう。」
「でも、お、お前がいるからよ。」
武蔵の言葉を聞いて、夜行がチッと舌打ちをした。
「…頼るのが癖になるなら、今後お前の所の依頼は受けないが。」
「あ、それは。」
困る、と小さな声でごにょごにょと言うと、武蔵は夜行に手を着いて謝った。いわゆる土下座で。夜行は腕を組んでソファに座ったまま武蔵を見下ろしている。
「すまん。夜行。」
そのまま武蔵は顔を上げない。
壁の時計が何十秒も時を刻んでいるが、夜行も武蔵も動かない。
俺もミサちゃんも事の成り行きを見守っている。
何分か過ぎた後、根負けしたかのように夜行が首を軽く振った。
はあっとかなり大きな溜め息を吐いてから。
「…もういい。」
それだけ言ってミサちゃんの入れたお茶を飲んだ。
ミサちゃんは買ってきたお弁当を俺たちに配って、武蔵の分をじっと見てから武蔵の目の前にぶら下げた。
「…むーちゃん。今度夜行の手を煩わせたら、うちがお仕置きするからね、いいね?」
「お。…おう。」
神妙な顔でお弁当を受け取ってから、武蔵は何処へ座るか悩んでいるようだ。
俺はミサちゃんの隣に座って夜行と武蔵を見る。
武蔵が座らなくても夜行は気にしていない。そして、夜行に気にされていないのがちょっとショックなのが見て取れた。
大人なのに分かりやす過ぎるぞ、武蔵。
そんな風に観察している俺を、武蔵が見返してきた。
大きな体に精悍な顔つきで、正直羨ましい体格の武蔵は、俺をしみじみと眺める。
何だろうか。
「夜行。この男は誰だ?」
はい、そうですね。
普通、見慣れない人物がこんなに傍に居たら疑問に思いますよね。
分かります。
困った顔をして、夜行が呟く。
「…冴羽さん。」
「いや、名前だけ言われても分かんねえよう?」
ですよね。
俺の隣に座ったミサちゃんが、にっこりと笑って武蔵に言った。
「冴羽さんは、夜行のご友人なんよ?」
「えっ!?」
えっ!?
俺って友人なんですか!?
今日初めて口を聞いた気がしますけど!?
武蔵に言ってから俺を見て、俺にもにっこりと笑いかけてくるミサちゃんは嘘を言っていませんみたいな顔をしていて、俺は正直戸惑うばかりだ。
今日会ったばかりなのに。
それでもミサちゃんにも、夜行にも違和感を持たずに友達と言っても普通な感覚は、俺の中にもあって。
それが余計困る。夜行に恋い焦がれてこの一週間を過ごしてきたのに。
逢った途端に、この安心感。
本当に何だろうな、一体。
「夜行の友達?」
武蔵が俺に聞いてくる。
俺はそれに答えることが出来ないから、あいまいに笑ったまま弁当の紙を剥ぐ。
ミサちゃんも弁当を開けて、箸を動かした。
夜行も同じようにするから、武蔵の質問は空中に投げ出されたままどこかへ消えていった。
何だか不満顔のまま弁当を片手に、結局、武蔵は夜行の足元に座った。
肩が夜行の足に接触しているが、夜行は無関心でそのまま弁当をつついている。
近しいのか、夜行はそういうことに疎いのか。
俺がちょっとイラッとすると、隣でミサちゃんがくすくすと笑った。
見るとミサちゃんも俺を見ていて。
「ほんまに冴羽さんは分かり易いわあ。」
……恥ずかしいです。
暫く弁当を食べていたが、武蔵が不意に夜行を見上げた。
黙々と食べていた夜行が目線に気付き、武蔵を見る。
「…何だ?」
「あのよ。お前が今日使ったのは、陰陽じゃねえよな?」
「…俺はあまり陰陽は使わない。…あれは藤原の系譜だ。」
「藤原ぁ?あそこは使えねえだろう?」
夜行が苦笑する。
聞いている俺には分からない話だが、オタクレベルで考えると付いて行けそうな気はする。ただし空想としての物だが。
現実世界で飯を食いながら話す類のものではない。そう思えて困る。
この場に居る俺以外の人物は全員、こんな会話など普通みたいな気配で。
それがさらに困った。
「…藤原の中でも幽世の事に詳しい者がいる。それから教わったんだ。」
「へえ、じゃあ幽世経由の術なのか?」
「…まあ、そうなるな。」
夜行の返事に、武蔵は少し気に入らない様な顔をするが、それ以上その話題を続ける気はないようだった。
術者。
現実世界とは別の世界を垣間見るもの。
俺の生活には居ない類いの人種。
平々凡々な人生を歩んできた俺には、そんな人種と交わった事はなく。あくまでも空想の世界の事として漫画や小説の題材でしかない者。
小説を書いている俺としては、たびたび目にする事はあっても、こんな風に日常の中で普通に会話されるような話では無くて。
弁当を食べ終わっても、居心地の悪さが心の中に残って。
俺は懐に入れた煙草を無意識のうちに探った。
そう言えば今日は美少女と一緒に行動していたから、余り吸っていない。
気付いたら急に吸いたくなった。
俺がムズムズしていると、やはり弁当を食べ終わった夜行が立ち上がって俺の肩をついっと触る。
「ん?」
「一服しないか?」
「おお。って灰皿あるの?ここ?」
「外にだが有る。俺が吸うから。」
あ、そうか。
そう言えば今日、喫煙ルームで夜行に逢ったんだっけ。
夜行に連れられて庭先に出ると、そこに丸くて細長い自立型の灰皿がドドンと置いてあった。公園にでもあるような。
すかさず煙草に火をつける。
煙を吸い込んで吐き出す。
ああ。落ち着く。
俺を少し見上げた体勢の夜行は、俺の顔を見てくすっと笑った。
「我慢していたのか?」
「え?いや、我慢って言うか忘れていたっていうか。」
「…へえ。」
珍しいとでもいうような夜行の台詞。
「なあ?」
「うん?」
「夜行って俺の事知っているのか?」
「…え?」
困ったような声音。
俺はそれでも構わず続ける。
「だって、煙草を吸うことまで知っている。」
「……。」
夜行も煙草に火をつけて吸って。
でも俺の言葉には答えない。
静かな庭先で、薄緑の木々がさわりと揺れる。
そのささやかな風で、夜行の髪も少し揺れた。
白い肌に真黒な髪がゆらりと揺れて、少し頬に触れたのか、邪魔そうに細い指先でそれをかき上げる。
綺麗だな。
俺がそう思って見つめていると、少し怒った様な顔で夜行が見てくる。
「…何だ?」
「え、あ、いや。」
まさか男に綺麗だなんてほめるのは憚られて。
俺がうやむやに笑うと、夜行は小さく首を傾げてからまた煙草を咥える。
普通の顔に戻った彼を見ながら、結構表情が変わって面白いなんて思ったことは秘密だ。
俺達が出ている庭先に、ミサちゃんが顔を出す。
「夜行。むーちゃんが話があるんだって。」
「…ん。」
夜行が中に入るので、俺も煙草を消して続いて入った。
部屋の中では武蔵が幾分神妙な顔で待っていて。
夜行が怪訝な顔つきでソファに座ると、武蔵は絨毯の上に正座をしてから話を切り出した。
「あのなあ夜行。聞きたい事があるんだけど聞いてもいいかあ?」
真剣なのか気楽なのか分からない口調に、夜行は少し眉を顰めたが、武蔵に頷いて見せた。
「…夜行が入っている「大神カンパニー」って何人所属しているんだ?」
「何で急にそんな事を聞く?」
「い、いいじゃんか。俺の所はお前知っているだろう?」
「…お前の所属は寺だからすぐに分かるだろう…。」
寺の所属。
所属というのが分からないが、つまりはお坊さんの肩書なのだろう。
それで坊主頭か、武蔵。
夜行が入っているという事は、夜行もどこかの会社に就職しているって事だろうか。
話が長くなりそうなので、さっきまで座っていたソファに座ると、ミサちゃんがお茶を出してくれた。
それから話し始めた二人の分もテーブルに置くと、俺の隣に座る。
武蔵は部外者の俺をちらりと見るが、気にしない事にしたのか話を続ける。
「なあ。何か秘密があるんなら聞かねえけどよう。」
「…別に秘密は、ない。」
ミサちゃんが夜行をじっと見ていた。俺も何か大事な話のように思えて夜行をじっと見る。
三人の目線を集めているにも関わらず、夜行は冷静だ。
淹れたてのお茶をひと口飲んでから、夜行が話し始める。
「…大神は5人が所属している。」
「はあ?たったの5人か?あんな大会社の術部門があ?」
「…ああ。」
どうやら夜行は大きな会社に勤めているらしい。
ミサちゃんも質問をした。
「下請けもおらんの?」
「…俺以外のそれぞれが一族を抱えている。そこから人が来ることはある。」
「それは人員じゃあないのかあ?」
「…一族の者には報酬が支払われない。だから所属とは言えない。」
「無報酬で使うのか?何でえ?」
「…修行、だそうだ。」
夜行が肩を竦める。
武蔵は少し口をとがらせて、夜行に聞いた。
大男が口をとがらせても可愛くないなあ。
「でもよ。夜行以外はあまり見た事がねえんだけどよう。」
「あ。それはうちも思ったんよ。他の人見かけないなあって。」
二人の言葉に夜行は眉根を寄せる。
「…他の4人は俺の指示待ちだ。それぞれの仕事もありはするが。」
「…へ。」
武蔵がポカンと夜行を見た。
ミサちゃんも瞬きを何度もしてから、夜行を見つめる。
それって、夜行が言うまで待機って事だよなあ?
「お前の、指示待ち?」
「…そうだ。基本的には呼べばすぐに来る。」
「すぐってどれくらいだよ?」
「…直ぐ、だ。」
夜行はそう言ってまたお茶に口を付ける。
武蔵が夜行をグッと見て、何かを頼むような顔をした。
「見てみたい。呼んでくんねえ?」
「…遊びじゃない。」
夜行がすげなく答えても、武蔵は引かなかった。
「何だよ。別に秘密じゃないんだろう?良いじゃねえかよう。」
「…呼ぶ理由がない。」
「じゃあ。何なら呼ぶんだよう?」
「…危機的状態、かな。」
夜行がそう言うと、武蔵は背中に右腕を回して背を低く構えた。
何かの行動を起こすようなそぶりに、ミサちゃんが息を飲む。
けれど当の夜行は普通の顔をして武蔵を見ている。
「攻撃していいか、夜行?」
呆れたように夜行が笑う。
「…しつこいな。…上司に何か言われて来たのか?」
「ううっ!?」
武蔵が呻く。
夜行はやれやれとでもいう様に首を軽く横に振った。
「…まったく、お前の上司は。…あとで請求書を出すからな?」
「う。…すまねえ…。」
構えを解いた武蔵がしょんぼりとうなだれると、夜行は苦笑を浮かべたままソファに凭れかかった。
何か特別な仕草をする訳でもない。
俺達が見守る中、夜行はその場にいるかのように名前を呟いた。
「…鈴華。」
「はい。おりますわ。」
「…大牙。」
「…ここに。」
「…空戯。」
「お呼びですやろか。」
「…蒼使。」
「御側にいます。」
夜行の座っているソファの後ろに、ひざまずいた人達がいた。
それは一瞬でもなく、初めからそこに居たように。
「う。」
武蔵が息をつまらせている。
ミサちゃんも身を竦めていた。
俺はその人物たちが放つ威圧感に身体が震えていて、言葉も出ない。
四人が立ち上がる。
夜行は後ろにいる人物たちを見ないで溜め息を吐いた。
「…悪いな。…佐見寺の大僧正の依頼らしい。」
鈴華という美女が笑った。
「あら。私達は久しぶりにお会いできて嬉しいですわ。」
つられて空戯というチャラい人も笑う。
「せや。マスターはなかなか会ってくれへんから。」
仏頂面の大牙という大男が屈み込んで夜行に言う。
「…お元気そうで何よりです。」
一番若そうな蒼使という青年は夜行を気付かった。
「無理はされていませんか、マスター?」
夜行はくすっと笑ってから、四人を振り向く。
「…やっぱり、全員揃うとかしましいな。」
その言葉に四人が顔を見合わせる。それを見て夜行はニヤッと笑った。
四人とも夜行の表情を見た後で、はあっとそれぞれ溜め息を吐いた。
「…酷いですわね。」
「まあ、マスターのは何時もの事やし。」
「…。」
「ああ。ツンデレってやつですか?」
夜行が体勢を戻して武蔵を見た。
武蔵はずっと緊張している。
夜行の後ろの四人が放っている、気の激流とでも言えるものが部屋全体に満ちていて。
「…これが、お前の?」
「そうだ。…俺の所属している「大神」の術者だ。」
「…こんな、強い…。」
まるで大嵐の時化の海に投げ出されたようだ。
自分のいる場所すら分からなくなる位の、強い力の流れ。
ミサちゃんが自分の身体を抱えて震えている。
俺も震えが止まらない。このまま続いたら気を失いそうだ。
「…押さえろ。」
夜行がそう言うと、サアッと風が吹いたかのように、かかっていたプレッシャーが消え失せる。まるで嘘のように何もなくなった。
気付くと嫌な汗が体中に出ていて、ハアハアと荒く息を吐いていた。
隣のミサちゃんも、ぐったりとソファに寄りかかる。
武蔵はさすがに息を乱してはいないが、それでもじっと固まっていた。
「こんな奴らを、お前が束ねているのか?」
「…たまたまだよ。別に俺じゃなくてもいいんだろうけど。」
肩を竦めて言った夜行の台詞に、後ろの四人がくすくすと小さく笑う。
それは夜行でなければそうしないと言う意味の笑いだろう。
これは、凄すぎる。
何もしていない俺でも分かるほどの威圧感なんて。
術者とは、まさに特別な人種だと体感させられた。
俺は今日会ったばかりの夜行をじっと見ることしか出来ない。
この人物は、いったい何者なんだ?
武蔵は夜行を睨むかのように見ている。
その顔を何の感慨もなく夜行が眺めていた。
「こんな強い奴らなら、<あいつ>ぐらい退治できるんじゃねえかよう?」
夜行は腕を組んで首を横に降る。
「…俺は勝算のない戦いはしないんだ。」
「でもよう!やってみなくちゃわからないだろう!?」
夜行が武蔵を見る。その目線はひどく冷酷だ。
「…相手が何をするのか分からないのに、俺からは仕掛けない。…もしも一瞬でこの国を壊せる相手だったらお前はどうするんだ?」
「そんなバカな事があるかよ!?」
「…<あいつ>に想像の限界はないだろう。俺達は人外を相手にするんだ。勝ち目がなければ挑むべきではない。」
夜行はそう言ってからミサちゃんに湯呑を差し出す。
ミサちゃんは夜行の顔を見てから湯呑を受け取り、暖かいお茶を入れて夜行に返した。
それから大きく深呼吸をして、台所から空の湯飲みを持ってきて新しく注ぎだす。まだ青い顔をしていたのだが、全員分のお茶を注ぎ終わる頃には、ミサちゃんの身体の震えは収まっていた。
それから夜行の後ろの四人の前に立ち、人数分のお茶を乗せたお盆をそっと差し出した。
「…熱いかも知れんけど、どうぞ。」
ミサちゃんの行動に口を出さずに、夜行がじっと見ている。
四人は微笑んでそれを手にした。
それぞれがお茶を口にして、何だか感心した表情になる。
「マスターの秘蔵っ子は、やりますやん。」
空戯という人がそう言うと。
「…当たり前だろう。」
夜行もお茶を飲みながらニヤリと笑った。
ミサちゃんが嬉しそうに微笑む。
そんな状況下でも、武蔵は夜行を見ている。
反して夜行は武蔵を全く見なかった。ぼんやりと壁の時計を見ながら湯呑を啜っている。
武蔵は下を向いてはあっと溜め息を吐いた。
頭を下げたまま声を出す。
「悪い、夜行。無理を言った。」
「…いいさ。たまには会ってみるのも悪くはない。」
夜行の言葉に、また後ろの人物たちが微笑ましいように笑う。
長い時間会わないでも信頼し合えるというのは、どれほどの絆なのだろう。
俺は夜行を見つめる。
いつか俺もそうなれるだろうか、君と。
俺の視線に気付いて夜行が俺を見る。
今の気持ちがばれたのかと思って恥ずかしくなったが、そうではないようだ。
俺は顔の赤いのを誤魔化す様にちょっと頭を掻いてから、夜行に視線を合わせる。
夜行は少し悩んだ顔をして困ったように笑うと、一回咳き込んでから口を開いた。。
「冴羽さん。…あなたには、こちらに来てもらうしかなさそうだ。」
「え?」
「今の状況で耐えられる資質を見逃すわけにはいかない。…勿論、嫌ならそれは仕方がないのだが。」
それは。
「俺に、術者になれ、と?」
「…ああ。そうだ。」
夜行は、はっきりと俺に頷いた。
この場に居る人たちが、興味深そうに話の行方を見守っている。
誰も口出しする人はいない。
「…なると言って、すぐに成れるものなのか?」
俺が聞くと夜行は首を横に振った。
「いや。なりたくてもなれない者の方が多いだろう。ましてや自分が思い描いた術者になれるのは、ほんの一握りだろうし。」
「挫折する奴が多いのか?」
「…諦めてしまう者が多いんだ。自分の可能性を追求する事に疲れてしまうのだろう。」
時間をかけて考えても、結論は同じ気がした。
俺は、夜行と同じ世界に生きてみたい。
もちろん、死ぬまで努力をしても彼に並び立つことは出来ないだろうが。何か一つでも彼の役に立てればいい。
俺が頷くと、夜行は軽く頷いてからソファに寄りかかり、目を閉じた。
ミサちゃんが俺の手を握る。
見ると、瞳を覗き込まれた。
「…あんさんには運命があるんやろうねえ。」
「俺に、運命?」
ミサちゃんが頷く。
お香屋でも聞いた気がする。
…運命、か。
そんな俺達の声を聞いて、夜行が小さく溜め息を吐いた気がした。




