或る風の強い日に
その日は、朝から強い風が吹いていた。
仕事帰りにいつもの路面電車に乗り込み、ほっと一息つく。
同じように乗り込んで来た人達も、風を感じなくてすむ電車内で人心地ついたような表情をしている。
一人掛け用の座席に座って、俺は携帯で小説の更新をする。
パソコンで打つのも携帯で打つのも、どちらでもいいのだが。
仕事の日は、携帯で打つ方が多いかな。便利だし。
更新した後で、何気にメール履歴を見る。
最近気が付いた、受信メール。
何故か名前が空白のアドレスが一つ。
入れた覚えもないし、無名で登録するのもあり得ないし。
入っているのは、たった一行。
「これからも、よろしくお願いします。」
その文面を見るたびに、心がざわつく。
何度、この相手にメールを打とうと思ったか分からない。
けれど、なぜか。
文面を打ち込むところで指先が止まる。
その先に進めない。
そう、まるで。
サイトで消えたファンの名前のように。
探ることも確かめることも出来ない。
ああ、くそ。
すべてがもどかしい。
何で俺は自分の記憶すら、思う様に出来ないのだろう。
電車が何時もの道を通る。
通りすがりの降りた事のない駅で、不意に降りようと思った。
閉まりかけのドアに慌てて駆け寄り、パスをパネルにかざす。
車掌さんが少し迷惑そうな顔をしたから、頭を下げて降りた。
何時もは降りない駅。
同じ市内でも、ほとんど知らない場所。
俺は何で降りたんだろう。
疲れていて、早く帰りたいのに。
けれど最近は、家に帰っても何もない事が酷くつまらなくって。
小説の更新だけしたら、寝てしまうのが常だから。たまには歩いたっていいか。
一人で、とぼとぼと知らない場所を歩く。
当てもなく歩いていると、目の前に稲荷神社が見えた。
赤い前掛けの一対のお狐様。
俺はフラフラとその前に行って、賽銭箱に百円を投げ入れた。
それから二礼と二回の柏手。
どうか。
この気持ちが晴れますように。
一礼をしてから、くるりと踵を返す。
その時、俺の目の前を、風のように走っていった人物がいた。
それは眼鏡を掛けた少年で。
何かを必死に追いかけているようだった。
ほんの一瞬だったのに。
俺には彼の顔まではっきりと見えた。
もうすぐ春なのに。
彼は白い息をはいて。
俺の前を走って消えた。
彼が去った後、俺はしばらくボウッと立っていた。
何かの余韻のように、身体が少し痺れていて。
ようやく足を踏み出して彼の去った方向を見るが、駆け抜けていったのだから勿論その姿が見えることはなかった。
ゆっくりと自分の心臓の上を撫でる。ドキドキしている。
え、と。
ど、どういう事だろう?
この心境の変化は。どうなっている?
何で、今この瞬間。
俺の中の全てのもやもやが無くなってしまっているんだ?
俺は神社を振り返る。
そこには何もなく、少し強めの風が吹いているだけで。
風にあおられたのか、小さな社の上から下げられている鈴が、からりと鳴った。
俺は家に帰ってからも、彼のことが忘れられなかった。
…おかしいだろ?
相手は男なのに。
こんなに、気になるなんて。
これじゃあまるで、まるで。
まるで、一目惚れみたいじゃないか。
そう思った途端。
俺の心臓がどきどきと高鳴った。
ええっ!?
どういう事ですかっ!?
そういう事ですかっ!?
自分の胸を押さえてみる。
ヤバいほど、どっくんどっくん鳴っていて。
彼の顔を思い出すと、それはもうっ。
自分じゃ止められないほど。
…ああ。そうですか。
俺にもついに春が来たんですね。
……どうしたらいいんだよ。
相手は何処の誰とも分からない…男の子なのに。
こ、こんなばかなっ。
俺は女性が好きだと、生まれてからずっと思っていたのに!?
テーブルに両手を着いてがっくりとうなだれる。
しかし、これが現実。
俺は素直に現実を受け入れる主義だけど。
…ああ…嘘だろ…?
あの衝撃の日から数日が過ぎた。
勿論何の手がかりもない。
もう一度あの神社に行ってみたが、待っても彼は現れなかった。
それはそうだ。
彼は前の道を走り去っただけなのだから。
元々この神社に用はない。
何処にも接点はない。それなのに。
日を追うごとに、俺は彼に会いたくて仕方がない。
もうどうしようもないほどに。
ああ。
やばい。
俺、どうかしちゃってる。
家に帰ってベッドに飛び込んでも、最近は夢見までどうかしてて。
あの彼とキスをしている夢を見る。
だけどそれは何時も、楽しくはなくて。
悲しくて。
最後はいつも彼が泣いている場面で終わる。
俺を見て、止まらない涙を拭っている彼に。
何故か俺は声を掛けられない。
どうしてこんな夢を見るのだろう。
起きれば、俺も苦しくて。何時も半泣きだ。
寝ているのが嫌になり、起き上がって煙草を手に取る。
掴むとふかっとした感触で中身がなかった。
いや。いま煙草が無いなんて有り得ないでしょ。
俺はいらつきながらトートバッグの中をごそごそと探る。一つぐらい入ってないかと思って。
お。あった。
よし。
かばんから出して口の開いた包みから一本取り出すと、くわえて点火。
ああ。
やっぱ落ち着くわ。
…ん?
煙草のフィルムの隙間にメモが入っていた。
広げてみると何処の住所なのか、自分の字で走り書きがしてある。
五条?て、京都のか?
それをじっと見ながら煙草を吸った。
いつ書いたかも分からないメモ。
記憶にない住所。
…何だこれは。
京都観光でもしたかったのか?
パソコンを開いてググってみると、そこは誰かの住宅らしい。名前は出ないが。
俺は何で知らない誰かの住所を持っているのか。
ストーカーなのか?
近頃、本当にさっぱりだ。
自分の記憶がちっとも手に入らない。
…行ってみるか。
どうせ明日は休みだし。
休みの度に苛立って潰れるよりは、気晴らしに出た方が良いかも知れない。
どうにもならない彼の事も、自分の曖昧な記憶の事も。忘れて観光でもして来よう。
俺は明日のためにもう一度ベッドに入る。
それが俺を彼に導く標になるとは、この時は思わなかった。
平日の朝早く、京都駅に降りた。
通勤や通学の人並みと共に、修学旅行生の大波が何度も攻撃を仕掛けてくる。
怒涛のような群れ群れをかき分けるように進んで、やっと駅の外に出た。
相変わらず人の数が多すぎる。
一大観光地で言う台詞ではないのだろうが、一人で来ている俺としては賑やかな集団は騒がしくてちょっと懐かしい。
俺の修学旅行の記憶も、同じように騒がしいものだから。
大人になったとはいえ、文句を言える立場でもない。
もっとバカ騒ぎしていたような気もするし、な。
ああ。
煙草が吸いたい。どこかに喫煙場所はないのか。
そう思った俺は、何故か道の先のマックを見ていた。
…え。
あそこに在るのだろうか?
何で俺はそれを知っているんだ?
何だか分からないまま、俺はマックに入る。
ああ。あるよ。喫煙ルーム。
注文してから、店内を見渡す。
おお。
此処にも修学旅行生がいるぞ。まあ、さすがに煙草は吸わないだろうから、中は静かじゃないかな。
注文した物を片手に持って、喫煙ルームの中に入る。
うはあ、煙で前が見えないぐらい皆さん一生懸命吸っていらっしゃる。
今時は喫煙者も肩身が狭いから、こんなところに集まっちゃうんだよなあ。かく言う俺もその内の一人では在る訳だけど。
空いている席は、カウンター席一つだけだった。
隣の人に声を掛けて席に座る。
その帽子の人は軽く頭を下げてから、何故かピシリと固まった。
…どうしたのか。
俺が何かをしたのか。
ゆっくりと俺に身体を背けて煙草を吸いはじめる。
なんかしたかな、俺。
その人からは焦っている気配が濃厚に漂ってくる。
何故だろうと気になるが、煙草が先だ。
カウンターにトレイを置いて、素早く咥えて火をつける。
う~ん。落ち着くなあ、やっぱり。
煙草を半分ほど吸ってから、改めて隣を見る。
上から下まで真黒な恰好をした人は、変わった帽子をかぶっていた。
…何だか、マリオが被っている帽子に似ている?
彼が新しく煙草をくわえた口元が、帽子の影から見えて。
何だか、どきりとした。
……俺、ヤバくね?
男なら誰にでも、ときめいちゃってね?
じんわりと冷汗が流れる。
どうしよう、そうだったら。
まさか、俺。何時の間にか宗旨替えしちゃったのかな。
そっち専門に?
…ああ。嘘だ。誰か助けて欲しい。
両手で顔を覆いたくなったその時、目も覚めるような美少女が俺の横に立った。
え。超、美少女。
こんな煙草の煙まみれになってはいけない気高ささえ感じますよ?
…知り合いじゃないですよね?
そ、それともまさか、前世の。
俺の妄想が暴走する前に、美少女が隣の彼の肩に手を置いて少し揺すった。
あ、そっか。隣の人の横に立ったのか。近いから勘違いしたんだ。
だよなあ。
俺、こんな美少女見たら絶対に忘れ無い自信あるもん。
しかし、美少女は隣の俺を見て目を真ん丸に開くと、可愛らしい口を開いて大声を上げた。
「な、何であんさんが、こんな所に!?」
その美少女の口を帽子の人が、手でパコンと塞いだ。
美少女は俺とその人を交互に見て何かを言っているが、その人は無言で首を振って彼女を外に連れ出そうとする。
え。
いま、俺を見て言ったんだよな?
あんな美少女の知り合いなんて、絶対絶対忘れないけど。
「…あの。俺の事を知っているのか?」
二人の動きが止まった。
美少女が帽子の人を見る。その眼は何故か謝っているように見えた。
帽子の人が、はあっと溜め息を吐いた。
俺はそれでまたドキッとする。
美少女が俺の傍に来て、俺に頭を下げた。
ぺこりと頭を下げた動きにつられて、黒髪がサラリと音を立てる。
「ほんと、かんにんな?うち、人違いしてん。」
そう言ってから、美少女は比類なき笑顔で微笑んだ。
こ、これは攻撃だろうか。HPが削られる気がする。
「あ、そう、ですか。」
そう言われては仕方ない。人違いか。
俺は帽子の人の方が気になるが、彼は何も言わずに立っている。
帽子のせいでほとんど顔が見えないが、その口元から顎先までは見えた。
…彼によく似ている。
そんな気がして仕方が無い。一瞬しか見ていないのに、確信なんてないのに。
ああ。気になる。
気になる、気になる、気になる。…気になり過ぎて我慢が出来ない。
「…ごめんなさい。」
俺は謝ってから、その人の帽子を持ち上げた。
ビックリした顔が俺を見上げている。
間違いなく、この間の彼だった。
…会えた。
「…何をするんだ。」
彼が、まだ帽子のつばを持っている俺の手を払って、帽子をかぶりなおす。
それからそっぽを向いた。
俺が何と声を掛けて良いのか迷う隙も無く、彼は身を翻して外に出る。
「…行くぞ。」
「あ、うん。待って夜行。」
美少女が早足で後を追った。
…「夜行」。
その名前が、俺の心をひどく震わせた。
待ってくれ。二人とも。
俺は慌てて後を追いかける。
道の向こうに二人が見えた。
声を掛けたいがどうやって呼んでいいか分からない。
知り合いじゃないのに。
名前を呼んだとして、その先俺はなんて言えばいいのか。
まさか、真正面から好きとは言えないだろう。
それじゃ変態だ。
だが二人は遠ざかっていく。
どうしたら。
どうしたらいいんだ。
いま声を掛けなければ、多分もう二度と会えないだろう。
これが最初で最後の千載一遇のチャンス。
それなのに、言葉が渦巻いて喉が詰まって、正しい選択なんて出来ない。
ああ!!
もう、どうにでもなりやがれっ!!!
「夜行っ!!」
彼がびくっとして俺を振り向いた。
立ち止まってこっちを見ている。
その顔が見えているのが、嬉しくて。
俺は訳も分からないまま、とんでもない事を叫んでいた。
「今すぐこっちに来ないと、約束を破って言うぞ!!」
彼が脱兎のごとく走ってきた。
全速力で走って来た彼は、俺の口を手でふさぐと俺をじっと見た。
俺も見つめ返す。
彼の眼は黒くてきれいで。夜空のように底が見えない。
「…何で、そんな事を…。」
彼は青い顔をして震える声で、俺にそう聞いて来た。
彼の手から、知らないはずの煙草の匂いがする。
その香りが、俺を心の底から安心させた。
俺の顔を見て彼は、はあっと息を吐く。
「…何を笑っているんだ。」
そう聞かれて、初めて俺は自分が笑っている事に気付く。
まだ彼に口を塞がれているけれど、答えられない訳でもない。
「嬉しいんだ、君に会えて。」
てらいもなく言えた。彼の顔がぱっと赤くなる。
…可愛い。
俺、もう駄目だな。
多分、彼を本気で好きだ。
傍に居るのがとても嬉しい。
彼が俺の傍に居るのが、こんなにも。
じんわりと、安心と落ち着きが自分の心に戻ってくる。
俺は、なんでこんなに彼が好きなんだろう。
理由は分からないけど、今この瞬間は本当に幸福だ。
俺の口から手を離すと、彼は何故かじっと俺を見ている。
彼の後ろから美少女も来た。
俺の前で二人は困った顔をしている。
まあ、それはそうだ。
実際、俺は二人を知らない訳だし、二人だって見知らぬ他人から変な話を振られているだけだろうし。俺だったら、どう思うかな。
…変態?
「どないするの、夜行?」
「…連れて帰る。」
美少女の問いかけに、彼が困ったように答える。
「そう言うと思ったわ。ま、うちの手落ちやからいいよ?」
「…ああ。」
美少女に頷いてから、彼が再び俺を見上げながら聞いてくる。
その上目遣いが可愛い。
「…どこかに行く予定があったならすまないが、俺と一緒に来てくれないか。話がある。」
「ああ。」
俺は即答した。
どうせ知らない住所を確認に来ただけの、小旅行のつもりだったんだ。
それが君に会えるなんて、嬉しい限りだよ。
彼が、ついて来るように顎先で俺を促す。
言葉にすれば「いそいそ」といった具合で俺は付いて行く。
男にしては幾分と小柄な彼の後ろを歩いていると、俺の横に美少女が並んで歩きだした。
何だかデジャブな気がするけど、気のせいだよなあ。
ちらりと見てくるから、何だろうと見返すと。
「…あんさん、頑固やね…。」
そんな言葉を掛けてきた。
え?何で知っているんですか?
少し歩いた先で、二人ともバス停に並ぶ。
タクシーでも使うかと思ったのに、何だか庶民的な感じがする。
美少女はどこかのお嬢様って感じだし、彼も普通の交通機関なんて使わないイメージなんだけど。
三人分の整理券を引き抜いて、彼が中に入るから、美少女を先に乗せてから俺が最後に入る。
彼の名前を呼びたくて、さっきからうずうずしていたから、思い切って話しかけてみる。
「夜行。」
「…何だ?」
「何処に行くの?」
彼は、ちょっと困った顔をしつつも答えてくれた。
「ミサの家だ。」
「え?」
ミサって、誰?
俺は困って座っている美少女を見ると、にっこりと笑って自分を指さした。
「うちの家に行くんよ。」
「ああ。なるほど。」
美少女が、ミサちゃんか。
可愛い名前だなあ。どんな字を書くんだろう。
五つぐらいバス停を過ぎてから、夜行が昇降ボタンを押した。
二人について降りると、目の前に大きな屋敷がある。
近くの電信柱の住所がふと目に入った。
…あれ?もしやここが目指していた住所だろうか。
何でこの住所を持っていたんだ?
長い壁に付いている押し開く木の扉の片方を、事もなげに開けて夜行が中に入る。
え。
もしやこのお屋敷ですか?
ミサちゃんが手招きをするので、俺も恐る恐る扉の中に入った。
でかい。
そして、大正時代風の造りの建築物に住んでいる住人と初めて知り合いになったぞ。すげえ。
綺麗な絨毯の上を三人で歩いて行くと、広い居間に通された。
そこに座るように促されたので、革張りのソファに座る。
向かい側に二人が座った。
年配の女中さんがお茶とお菓子を持ってきてくれる。
俺は遠慮なくそれを口に入れると、黙ったままの夜行を見た。
夜行はじっと何かを考えているようで、なかなか口を開かない。
ミサちゃんも夜行を見ていたけれど、黙っているのを見ながら一つ溜め息。それから俺を見て、大きく頷いた。
「ねえ、自己紹介からしよか。うちは、賢上院 ミサ。あんさんは?」
何故か夜行が、うっと呻いた。
それから落ち着かない様子で俺を伺い見る。どうした?
「俺?俺は、冴羽 慎太郎。」
俺が名前を言うと、じわっと夜行の顔が真っ赤になって。
握った手を口元に持って行って、顔を伏せてしまった。
少しプルプルしている。
…何かしましたか?
「ほら、夜行も言って。…はよ。」
「…う。…御神楽 夜行、だ。」
夜行がまだ少し赤い顔のまま名前を告げた。
何だか慌てたようにお茶を飲んで何故か深呼吸を二、三回したあとに、夜行は俺を見直して話を始める。
「…あなたを此処へ連れて来たのは、俺に言った言葉の意味を聞きたかったからだ。」
ああ。
あの訳の分からない叫びね。
自分でも意味が分からないが、夜行は走って来たのだから俺が夜行の秘密を知っていると思っている訳だろう?
ここで素直に言ったら、それで終わりだよな。
「そのままだけど。」
「…何を知っている?」
すっとぼけて答える俺に、少し怒った顔で夜行が聞いてきたけど。
「それは言えないな。」
ニヤリと笑ってから俺がお茶を飲むと、夜行は少し悩んだ顔をした。
「あきらめれば?夜行。」
「…ミサ。」
悩んでいる夜行に、ミサちゃんが声を掛ける。
うそぶいている気配なんて微塵も外に出していない俺に向かって、ミサちゃんがにっこりと笑いかけた。
「あんさん頑固やもんね。こうなったら仕方ないやないの。」
「…………。」
夜行はじっと考えていたが、やがて頭をがりがりと掻いてソファにぐったりと背中を預けた。
「…くそっ。…何が悪かったのかさっぱり分からない。分かるまでは保留にする。」
夜行は溜め息を吐いてから、お茶をぐいっと飲んだ。
「良かったねえ、冴羽さん。」
ミサちゃんがにこにこと笑う。
俺はその美少女アタックにはかない抵抗を試みる。
頑張って微笑み返してみた。…まあ、多分顔は真っ赤だけどね。
「…何が何やら。」
喜ばれているのは分かったけど、何がそんなに喜ばしいんですか?
俺にも教えていただけませんか?ニコニコされているだけでは分からないのですが。
「さて。話が済んだところで、冴羽さんはどないするの?何かしたい事があって京都に来たのと違うん?」
聞かれて俺は、改めてここの住所を聞いてみる。
ミサちゃんが教えてくれたのは、間違いなくメモと同じ住所で。俺が探していたのはミサちゃんの家と分かったのだが、何故に俺は見ず知らずの美少女の家を書き留めていたのか。
まさか本当にストーカー?
いやいや。
…いやいやいや。
それはないでしょう。うん。ないと信じたい。
最近は自分の記憶に自信がないから、はっきりと言い切れない自分が恨めしい。
それにしても。
この二人の態度には何だか不自然さを感じる。
夜行は分からないが、ミサちゃんは俺を知っているような口振りで。
何処かですれ違った事でもあるのか?
あるいは、見失っている記憶のどこかで会っていたのだろうか。
「…何か用事があったのだろう?」
夜行も俺にそう聞いてきた。
用事と言えばそうだったのだが。君に会えたことの方が大事で、他はどうでも良くなってしまった…なんて。まさか、言えないけれど。
俺が黙っていると、夜行は溜め息を吐いて立ち上がった。
「何処に行くん?」
「…武蔵が待っている。」
夜行がそう言った。
誰だよ、それ。男の名前だよな。
「むーちゃん?また危ない事やないやろね?」
ミサちゃんがそう言って夜行を睨む。
夜行は肩を竦めた。
「…俺が危険を回避してどうする。兎に角俺は行って来る。…冴羽、さんは、ミサとここに居てくれ。ああ。出かけても良いが。」
「ずっとここに居るのはつまらんから、うちらも出かけるわ。」
俺の名前を呼ぶ時に少しつかえた夜行を見上げて、ミサちゃんが答える。
まだ何も言っていない俺の意見は聞かれていない。
まあ確かに、初対面の美少女と二人きりでこんな立派な家の中に居ても、手持無沙汰になるのは目に見えているので、出かける方が良いだろうな。
「…そうか。気を付けて。」
夜行はそう言ってから上着を着て出かけてしまった。




