ハローマックはここにはない
別に、絶対帰らなきゃいけないかって言ったらそうでもない。
いやまあ、このまま長引いて大学の単位を落としたらちょっとマズい。
せっかく両親に出してもらった学費を、なんか朝起きたら異世界にいて、シスターのお姉さんに甘やかされてる間に無駄にしちゃいました。 というのは些か申し訳が立たないだろう。
帰る方法を探るのは、なんだかんだで最優先だ。 エーアという毒素(?)のことは気になるが、ひとまず対処法は存在しているようだし……
う~ん、なんせジェーネさんもトゥーナも別ベクトルで変人だから、俺の置かれている状況の危険度が把握しづらい気がしてならない……
もっとこう、普通のテンションの人に会えたらその人に自分の状況を話してみてもいいのかも知れないな。
しかしいるのだろうか、このハゼリアとやらに普通の人は……
「ユズルさん、コンビニ入りますか?」
「え?コンビニ?」
俺が顔を上げると、確かにそこにはコンビニがあった。 看板がライトに照らされて、緑色と白と青の3色で彩られている。
「コンビニだ……」
「コンビニですよ?」
「確認するんですけれど、コンビニの正式名称って?」
「コンビニエンスストア」
「コンビニエンスストアです!」
正答率100%だ。 いや、おかしいだろ。やっぱここ、地球……っていうか日本な気がしてきてるけど……
「なんであるんだ……コンビニエンスストア」
「洋服の青山もありますよ?」
洋服の青山もなんであるんだよ。 ていうか、ジェーネさんはなんで洋服の青山推しなんだよ。
「私は寄りたい お腹が空いたから」
トゥーナがぽつりとつぶやく。 さっきトースト食べてたよな…? この中で一番華奢なのに、一番燃費が悪いのか、もしかして。
「じゃあササっと寄りましょう! ユズルさん!」
「あ、はい……」
俺は入っていくトゥーナに続いて、こちらを振り返るジェーネさんに急かされながら店内に入る。
まあ、コンビニの店員さんとかに事情を聞くのもいいかもしれないな…… そう思って、カウンターに視線を向けた。
「こちらの肉まん、入れたてなのだ! 温めまでまだお時間いただきますのだ!」
店員さんがカウンターの奥から身を乗り出すと、どっぷんっと大きな胸がカウンター乗り上げ、持ち主の体重に押し潰されている。
胸以外は小さな少女の容姿をした年齢不詳の赤髪の少女は、何が楽しいのか爛々とした瞳でこちらを見上げて小さな手でホットショーケースを指さしている。
「……」
「というかオマエ……見たことないヤツなのだ!? 名前を言うのだ! プラム様に挨拶するのだ!」
絡まれてしまった…… ツッコミどころの多いやつに。 今情報量が多いやつと会話したくない気分なんだが……
「彼はユズル 都筑結弦と名乗っていた。 外から来て、ジェーネに保護されている」
「外出身か!? プラム様もそうなのだ! わからないことがあれば、なんでも教えてやるぞ!」
「ウス……」
別にいいッス…… マジで。
ていうか、トゥーナって結構俺を助けてくれるな…… 寡黙というか無愛想だけれど、めちゃくちゃ気遣いができるヤツな気がしてきた。
ジェーネさんはスイーツコーナーで爛々と目を輝かせながらデカいクリームいちご大福を眺めているし。
この……プラム?とかいうのはもうなんか、なんかだし……
「ちなみにその……プラムさん?」
「プラム様、なのだ!」
「……プラム様、コンビニの正式名称は?」
「コンビニエンスストアなのだ!」
ぶるんっと重量感のある胸を反り返らせて、ミュージカルじみた大げさな仕草で胸を張る。
やっぱり正答率100%だ。
「あなたはどうやってハゼリアにきたんですか?」
「さっぱりわからないのだ!」
「元の世界のことは?」
「まったく覚えていないのだ!」
元気いっぱいの答え、ありがとう。
とりあえず、さっぱり参考にならないのはわかってよかったよ。
「あの、あの……ユズルさん?」
声に振り返ると、ジェーネさんが両手に抱えるようにその胸の谷間にもコンビニスイーツを置いておずおずと話しかけてきていた。
まるで言いづらいことを言い出すかのように。
「そもそも……ハゼリアに来た人はみんな、元の世界のことをちょっとずつ忘れていくんです ユズルさんが元の世界のことを覚えているのは、まだ来たばかりだからで…… ユズルさんもきっと、元の世界の事を忘れていきますよ」
「え?」
元の世界の記憶を失う……? それってつまり、俺もそのうち帰りたいとすら思わなくなるってことなのか。
「具体的にどのくらいでその……忘れるんですか?」
「それは……私にはよくわかりませんけれど……」
「私の時は多分、3ヶ月くらいだった」
トゥーナは淡々と答える。
3ヶ月……忘れたことは覚えていたとしても、元の記憶……俺が過ごした今までを、その期間で忘れてしまうのか。
背筋がひんやりするような、まだそうとは決まっていないのに、焦りのような感情が芽生え始める。
母と父に育ててもらったこと、中学から高校のなんてことのない友達、まだぼんやりとも決まっていない社会人としての生活。
全部を捨てることになるのは……簡単なことじゃない。
「ユズルさんの元の世界の記憶って……大切なものですか?」
ジェーネさんが覗き込むように俺の目を見る。
俺は今、どんな顔をしているんだろうか。
「はい、大切です。 俺の人生ですから」
俺の独白のような答えを聞くと、ジェーネさんはすごく緩やかに微笑んだ。
まるで、シスターが懺悔を聞くように。
「じゃあ、私に聞かせてくれませんか? ユズルさんのこと……忘れないように、大切にしましょう」
俺は頷いて、一言だけ、はいと答える。 ここに来たばかりの時とは違う息苦しさを感じながら、ジェーネさんに案内されて店を出ていった。
「……プラム様も元の世界のことは大切だと思っていたことは覚えているのだ」
「でもきっと、もう済んでしまったことだったから、思い出せないのだ」
プラムはぽつりとカウンターに一人、頬杖をついてため息を吐くようにボヤいていた。
一人ぼっちは好きじゃない。 それだけは変わらないことを思い出しながら。




