向こう側
ドアの向こうに、怪しい奴がいる。
ドアスコープを覗き込んで外の様子を見てみると、うろうろと挙動不審な男。誰? ストーカー? 変質者? 春だからおかしな奴が涌いてきたのかも……。
もう30分も部屋の前に張り付いてる。もう夜だし、このアパートの廊下を歩いてる人もいない。
ドン!
「――っ」
声が出そうになり、手で口を押さえる。 こいつ、ついにドアを叩き始めた。
「しーちゃん。いるんでしょ? わかってるよ。開けてよ」
気持ち悪い声で話しかけてきた。 ストーカーじゃん……。
ああもう、めんどくさい……せっかくいい時間だったのに台無しだ。でも黙ってやり過ごすしかないな。さっさと諦めて帰ってよ。
「ねえ! しーちゃん! 開けて! ぼくは、き、君のファンなんだ。変な奴じゃない」
執拗に声をかけてくる。次第に語気も荒くなり、何度もドンドンとドアを叩いてくる。
「しーちゃんは今、危険な状態なんだ。ぼくが、しーちゃんを守ってあげる。だから、お願い。開けて」
「……」
私は沈黙を決め込んだ。
「わかった。じゃあ、開けなくてもいい。ぼくは外で見張っておくから。少しでもおかしなことがあったら、遠慮なくぼくを呼んで。一晩中でもここにいる」
一晩中だって? だあーもう。ふざけんなよこいつ。
そんなに居座られたら迷惑だ。こうなったら強硬手段だ。
私は部屋に戻って、カバンから防犯のために持っていた催涙スプレーを取り出した。
そして、再びドアの前に立ち、ドアチェーンがきっちり繋がれているか確認してから、ゆっくりと鍵を開けた。閉ざされた扉が開き、隙間が生まれる。
「え? しーちゃん?」
ストーカーは歓喜と驚きが混じった声を出し、恐る恐るドアに手をかけた。おそらく、中を覗き込んでいるだろう。
「しーちゃん、いるの? 大丈夫?」
今だ。
私は隙間からストーカーの顔の位置を瞬時に確認し、催涙スプレーを目に向けて吹きかけた。
「――いっ!? ぎゃああああああ!!!」
ストーカーは目を押さえ、苦しみながら後ずさりした。
もがき苦しんでいる。
少しして、姿が見えなくなったと思ったら、階段を駆け下りていく音が聞こえた。
……なんとか消えたか。
しーちゃんと私の二人きりの時間を邪魔するなんて、不届きな男だ。
私は、しーちゃんのいる部屋に戻り、彼女の冷たくなった柔らかな手を握った。
ああ、なんて愛おしいの。




