10分間
私の彼の記憶は10分しか持たない。
前向性健忘症っていってさ。交通事故の時、衝撃で海馬が壊れちゃったんだ。
でも大丈夫。私がいろいろとお世話してあげるの。
それに新しいエピソード記憶は積みあがらなくても、手続き記憶とか、感情とかは残るから、少しずつ、少しずつでいいから、幸せな思いを重ねていこうね。
っていっても、もう慣れたもの。
一日何十回も同じ時を過ごすから。
「うわああああああ!!」
彼の絶叫。今日で28回目。
記憶がリセットされるたびに、事故の映像がリフレインされるから、こうなるの。これでも良くなった方なんだけどね。
「安心して、そうた」
私はこれまでの経緯を説明する。
事故にあったこと、もう2年が経ったこと、この記憶がリセットされるまであと9分なこと。
「そう……わかった。ありがとう」
「そろそろお昼だから、食事をとりますか?」
「うん。お腹すいた」
あらかじめ作っておいたお昼ご飯を彼は食べた。
「あと5分でこの時間のことも忘れてしまうのか」
「うん。でも、気にしないで。今、この瞬間を噛みしめてください。ご飯だけに」
「はは。そんな冗談もいうんだ」
笑ってくれた。
いい傾向。とにかく、幸せな時間を味わってもらって、事故のショック、障害をもってしまった絶望を少しでも和らげる。実はこれが一刻を争う。ショックが和らがないまま年を重ねすぎると、自己認識と自分の身体の違いにさらにストレスを感じてしまうかもしれないから。
お料理だって腕によりをかけて作った。
好みもすべて把握して、脳の機能を助けるお魚中心のスペシャルメニュー。
「ごちそうさま。おいしかったあ」
「ふふ。食後のデザートと、ハーブティだよ」
「え、まじ!? ケーキじゃん。めっちゃ好き!」
彼はデザートをほおばり、ハーブティーを呑んで、満足そうだ。
でも、あと2分。
「もう、あと少しで記憶がリセットされるのか」
「残念だけど……そう。そんな顔しないで。私がついてるから。とにかくリハビリ。自分を癒すことを考えよう」
「……うん」
寂しげな表情を彼は浮かべる。
どういう気持ちなのかは、推し量るしかないけど、つらいだろうな。
「今の段階が過ぎたら、きっと将来のことも考えられるようになるから頑張ろうね」
「ああ。ありがとう。え……と……きみは?」
「私はあなた専用に作られたメイドアンドロイド。サクラと呼んで」
「サクラか。恩にき――」
目が変わった。記憶が終わった合図だ。
「うわあああああああああ!!」
29回目が始まった。
人間だったら耐え切れないだろうけど、私は大丈夫。
あなたが幸せになるまで、同じ時を過ごそう。
愛するあなたのために、何回でも。




