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ポーリンの言葉を聞いて、私はしばし沈黙した。そう選んでのことではなく、上手い返しが浮かばなかったからである。
まず、令嬢たちのお茶会でリチャードの話題が出る。それは分かる。王太子の側近で眉目秀麗、物腰は柔らかいけれど実はゴリゴリの武闘派らしい……その上侯爵家の次男とくれば、婿入りの形で結婚することになる令嬢からしたら、この上ないお相手だろう。
しかし、それについてレスリーが「びっくり」するのはなんだか解せない。リチャードの
優良物件っぷりと言ったら、今更驚くようなことでもないのだから。
もしかして、レスリーからすると、令嬢が男性のことをあれこれ品定めするような発言は慣れないものだったのだろうか? あるいは、家同士ではなく相手の人柄重視の結婚にイメージが持てない? ……そうなると、政略結婚ありきの未来しか見えないことに一抹の寂しさを感じてしまったのだろうか。
うーんと唸りつつ、私はお茶を口にした。もぐもぐとお菓子を食するポーリンは、私の前だけでは相変わらず栗鼠のように愛らしい。うっとりと頬を押さえる白魚の手に、少女漫画の主人公の風格を感じずにはいられない。
「レスリー様からすると、家同士の利益を考えないで、リチャード個人の人柄の良さだけで結婚したがることにピンとこなかったのかしら? その話をした方がどうかは分からないけど、領地持ちの家の令嬢だったら、領地を経営できる方と結婚したほうがいいものね」
カップをソーサーに戻しながら返事をすれば、ポーリンは鳩が豆鉄砲を食ったよう……いえいえ、きょとんと漆黒の目を見開いた。
「え? ……そうね、そうかもしれないわ。けどね、もう少し、こう……ね?」
そして、両手を胸の前で握り、拳をぶんぶん振る。
何かを察してほしいようだが、あいにくとあまりピンとこない。しばらくまた首を傾げていると、諦めたようで彼女は「そういえば……」と話題を変えた。
「そういえばね、お父さまに『まだ殿下を慕っているか』と聞かれたの」
かなりの重要事項だと思うのだが、何でもないような調子で言うものだから、かえって私のほうが気遣わしげな顔になってしまう。ポーリンは案外平気そうで、お父さまったら遠慮がないわよね、と唇を尖らせた。
「それで……何て答えたの?」
「はいって答えたよ。でも、それはライアン様がお忍びの王太子殿下だって知らなかったからで、大それたことは考えていないし、安心してって言っておいたわ」
「そう……」
「だから、シンディも心配しなくていいからね!」
身を乗り出して念を押してくるポーリンに、私はどこか呆れつつも笑って頷き返す。何度か私が頷いたところで、あっ、とポーリンは何かを思い出したかのように目を瞬かせた。
「ねえ、そうよ! そういえば、この前はちゃんと聞けなかったけど、シンディったら、いつの間にキール様のことを好きになっていたの?」
……油断していたところに投げ込まれた直球に、彼女を気遣っていた私の余裕は吹っ飛んだ。上目遣いでこちらを窺いつつ、好奇心を隠さないポーリン。実際はそんなことはないのだけれど、フンフンと鼻息荒いようにすら見えてしまう。
「いつの間に……と言われても」
「だって、私の誕生日パーティーの前までは……話を聞く限り、もちろん仲は良さそうって思っていたけど、どっちかというと、キール様がシンディのことを好きで、シンディはちょっと呆れているっていう感じだったじゃない」
「そうね、それは否定しないわ」
キール公爵家とスローン伯爵家の間には、そもそもあまり付き合いがない。それに加え、異性であり、年齢や家格も若干離れていることや、唯一会う機会になりそうなカスター家のイベントでもアレクサンダーを呼ばないせいもあって、彼女と従兄はまだ会ったことがなかった。
「……最初は、貴族にしてはやたらフランクな方だなと思っていたのよ。初対面だったにもかかわらず、あまり遠慮がなかったから。それで戸惑ったけれど、私にとっても、必要以上に気を遣わずに話せる、数少ない相手で……」
初対面の場面を思い出し、私は苦笑した。噂に乗せられ、私がレスリーにすり寄っていると思ってダル絡みしてきたアレクサンダー――今から思うとやたら失礼な話ではあるが、少し微笑ましく思えなくもない。大方、唯一の従妹が、大人しいふりをして腹の内はドス黒い令嬢なのかと思ってゾッとしていたのだろう。
「それで、たくさんお話しするうちに、アレックス様は私によく理解を示してくださっているのを感じるようになって……ありのままの私を受け入れてくれる感じがしたの。それでいて、自分の弱みも隠さず見せてくれて、そういうところが憎めないわ」
強気で俺様。その内面にぴったりの、猫科の肉食動物をイメージさせるような美形。しかし、その内には拭えないトラウマや自信のなさが燻っている、彼はそんな人だ。初めは、単に従妹だから気弱な部分を出してしまっただけかもしれない。しかし、今では、私という個人を信頼してさらけ出してくれている……等身大の弱さだけでなく、その点も含めてひどく胸が高鳴るのだった。
「素敵ね。それで、決定的に恋に落ちたのは、告白されてからなんだっけ?」
「まあ、そんなところかしら……?」
経緯は伏せつつ、アレクサンダーから告白されたことは彼女にも打ち明けていた。
「これは前にも言ったけれど、実は私のことが好きだけど、どうやって距離を詰めたらいいのか悩んでいた、というようなことを言われたの。あ、そうね、ええと、その前に、少し思わせぶりなことを言われて……アレックス様も男性なんだなって思ったの。そこに告白されたから、その時は動転してはっきりわからなかったけれど、振り返って見てみると、告白されてから、私も、アレックス様のことを好きになっていたって気づいたような感じ、かしら……」
「じゃあ、気づかないうちに、いつの間にか恋していたのね!」
ふわっと綻ぶように、ポーリンが笑う。淡く染まった両頬を押さえて照れる彼女の仕草を見ると、私もなんだかやけに気恥ずかしくなってきた。
前世では、正直言って恋愛話のひとつもなくて。
はっきりと「こういう人がタイプ」というものがあったわけではないけれど、理想がやたらと高いとか、二次元しか勝たんとか、そういうわけでもなかったはず……ドラマや映画を見て、「かっこいい」と思う俳優がいても、それはその役がかっこいいと思うだけで、そこからその人を推すようになるようなこともなかったなあ。ましてや現実では、部活の男子とは普通に話すという程度で、特定の親しい相手もいないし、あんまりキュンとくる人もいなかった。幼稚園のときの初恋が最初で最後である……。
「そういうこと、かしら」
釣られて顔が熱くなるのを感じながら、私は誤魔化すようにカップを持ち上げる。
他の人とアレクサンダーの何が違ったの? と聞かれると、正直何と答えればいいのかは分からない。けれど、やっぱり彼を好ましく思っていることは事実。
「一緒にいて、心地がいいの」
彼の微笑を思い出し、ふと漏れたのはそんな言葉だった。
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その後は、終始私を冷やかす……というよりは根掘り葉掘り聞いてくるポーリンにタジタジになりつつ、しかし自分の感情を客観視しながら整理できたので、まあ、感謝なのかしら。照れくさいけど。
あと、そういえば……毒を口にしたとはいえ、公衆の面前で嘔吐した私は社会的に大丈夫そうかも心配だったので、恥を忍んでポーリンに聞いてみたところ。
「命に関わるような事態だったっていう話が広まっているから、とやかく言う人はいないと思うわ。それに、シンディが……その、戻したちゃったっていうことまでは噂になってないよ。だから、安心してね!」
とのこと。セーフだった。
さて、ウィーラスに住んでいたころと違って、お互いにふらっと来てふらっと帰ることもできないので、今日はポーリンがお泊りしていってくれる。その旨は約束の時からわかっていたので、客間の準備もばっちりらしい。そう大きくはない屋敷だが、客間は複数用意してある。もちろん、ポーリンとロイヒリン様が相部屋……なんてことにはならないわけだ。あら、でも晩ご飯は一緒に食べるのかしら?
「じゃあ、また後で」
夕食まではまだ2、3時間ある。お茶とお菓子で満腹になっても困るので、それぞれ自由時間ということにして、私も応接室から自室に戻る。
革張りの1人用ソファーに腰を下ろし、背もたれに体を預けてアレクサンダーのことを考えた。……今も勉強しているのかな。
『試験が終わったらすぐにお前のところに行くから』
手紙に書いてあった文が脳裏を過り、誰に聞かれたわけでもないのに私の頬を染める。
ええと、試験が半年後――厳密には、試験は10月なので5か月後――だから、そうね、そう思うと案外すぐね。彼の学園卒業と私の社交界デビューが同じタイミングになるから、婚約するにはちょうど……いえ、まあまあ、それは先走りすぎか。
……ポーリンのことも心配だしな、と私はちょっぴり反省したのであった。




